3 M/M平手
「ご飯が出来ましたよー。」
舞が皆に言った。絵実がせっせと食器を並べ、明美は盛り付けている。トゥーリナの乳母をしていた絵実は、彼が大きくなった後もそのまま働いていた。二人では家事が大変になってきたので、明美が雇われていた。
「腹減った。遅い。」
うろうろしていたシーネラルが、動きを止めて不満そうに呟いた。舞は、
「仕方ないでしょう?旦那様ったら、ご飯の支度をする直前に、今日は、4人多く食べるなんて言うんですから。これでも大慌てで用意したんですよ。」
非難されたシーネラルは不満そうだったが、文句を言うより、お腹に入れる方がいいと思ったらしく、無言で食卓について、一人でさっさと食べ始めた。その様子を見たトゥーリナはターランへ、
「お腹が減ると、猫化するんだよ。」
と、囁いた。お腹が減った猫は五月蝿いのだ。人間からすると、動くと余計にお腹が空くだろうと思えるが。「さ、俺達も食べよう。」
トゥーリナ、ターラン、ドルダーが、当たり前のように席につくのを見て、ザンは戸惑ったまま、立っていた。明らかに自分の分も数に入っているけれど、食べていいのか…。自分も行こうとした暢久は、そんな彼女の様子に気付き、優しく手を引いた。
「君も食べていいんだよ。言いたいことは、色々あると思うけど、とりあえずお腹を一杯にした方がいいと思うんだ。ね?」
部活の後で、お腹がとっても空いているのは事実。目の前にある湯気を立てている美味しそうな料理は、お母さんが作ってくれたのとはちょっと違うけど、ザンの大好物。これでは、遠慮がどこかへ飛んでしまって、両親に叱られそうな勢いで料理が消えて行くのは仕方ない気がする。
静かな時間が流れる。お腹が一杯で、なーんにも考えられない静かな時間。ご馳走様だけはちゃんと言ったけど、後はどうでもいいやって感じの。味付けがちょっと違っていて、それが新鮮。家事を完璧にこなすお母さんは、滅多に外食や店屋物を摂らせてくれないから、余計に。だから、当然の事なのに、作る人が違うと味付けが違うなんて、思いつかなかった。
ま、要するに、舌もお腹も満足したザンは、不満も文句も何処かに行ってしまって、落ち着いたシーネラルが猫耳やひげや尻尾を出しているのにも気付かないくらい、ぽーっとしていた、のだ。
「やり方は間違ってたけど、それは認めるけど、…いいかな?」
暢久が真っ赤になって言った。一瞬、何を言ってるのかなと思ったザンは、はっとした。そうだった。その為に怖い思いをしたのだった。黒ぶち眼鏡から覗く瞳は、こんな大胆なことをした人とは思えないくらい、誠実だった。『あ、違った。この人がもどかしいから、皆がお節介をしたんだっけ。』
ふと気付くと、メイドさんを含めた皆が、ニヤニヤしながらこっちを見てる。ドルダーだけは、応援しているようだ。ザンは、シーネラルの外見に気付いたけど、後で訊けばいいから、とりあえずは気にしない。暢久の顔は不安で一杯で、ザンが返事をしないから、諦めモードに入ってきたのか、なんだかさらに放っておいたら、泣き出しそうに歪んでいる。
彼の気持ちは純粋なのだ。好き過ぎて告白が出来ないくらい純情。きっと怖くないよ。多分、大丈夫。この計画を立てたのは、彼じゃないみたいなんだから。ためらわなくても。
「うん。いいよ。」
「そうだよね、駄目に決まってるよね。誘拐みたいなことして、君を怖がらせて…。…え?」
暢久が信じられない言葉を聞いた顔をした。「なんか耳がおかしくてさ、いいよって聞こえた気がするんだ。変だね。」
ザンは笑い出すと、暢久が震えた。皆が笑っているのに気付かない彼。
「いいって言ったのよ。耳、おかしくない。それで合ってるの。」
苦しい程に抱きしめられた。『ほんと、変わってる。平気で体に触れるのにね。なんか可愛いかも。』
「めでたし、めでたし。さ、俺はもう帰らなきゃな。」
「えっ、ターラン、帰っちゃうの?」
「ごめん。お父さんが、外泊なんてとんでもないってって言ったんだ。」
「そんなーっ。今日はずっと一緒にいられると思ったのにっ。」
トゥーリナはターランにぎゅうっとしがみついた。
「とっても嬉しいけど、前の鞭痕がまだ消えてなくて、我が侭を言えないんだ。」
「お前の親父は、まだ諦めていないのか?」
シーネラルが口を挟むと、ターランは切なそうな顔になる。
「多分、一生無理かと。」
「日本人は面倒だ。」
「銃で撃たれるアメリカ人よりはマシかなあ…。冷たい目で見られるだけだから。」
「宗教が絡むと意味も無く複雑になる。」
二人の会話にザンはぽかんとした。
「あの人達、何の話をしてるの?」
「ターランさんはゲイだから。」
ドルダーが答えた。「ちなみにシーネラルさんも。」
「ふ・ふーん…。ホモとゲイってよく分からない。」
「ホモは同性愛で、ゲイは、それが差別的な意味合いで使われるって、嫌った人たちがつけた男同士の愛。なんか陽気な奴とかいう意味だったような。」
暢久が言う。
「じゃあ、レズもホモなの?」
「そうなると思うよ。」
「ふーん。」
なんか難しいな、とザンは思った。
「絶対に嫌だっ!」
トゥーリナの叫び声にザン達は彼を見た。「ターランは俺と一緒に寝るんだっ。」
「僕だって、そうしたいのはやまやまなんだよ?君に抱かれるつもりで期待してたのに。でも、お父さんが駄目って言ったら、俺は逆らえないんだ。」
ターランはトゥーリナを抱き締めてキスをした。「また、明日学校が終わったら、ここに来るからさ。ね?」
「シィーの恋人が教えてくれた技、試したかったのに…。」
「そういうことを言わないでおくれよ。帰れなくなっちゃうじゃないか…。」
ターランは溜息をついた。それから真顔で、「…にしても技って何?」
「え、それは…。」
ターランが興味を示したので、色めき立つトゥーリナ。
「はいはい、そこまで。坊ちゃま、いい加減にして下さいな。」
後片付けの手を止めて、絵美が二人の間に割って入った。「旦那様も注意して下さいよ。」
シーネラルはと言えば、二人の会話が危ないので、他の子供達を車に乗せていた。
「ターラン、乗れ。」
「はい。」
ターランはトゥーリナの頬にキスをすると、玄関へ向かおうとした。が、トゥーリナがしがみついて離れない。シーネラルはトゥーリナの側へ行くと、手を彼のお尻へ振り下ろした。トゥーリナがうめいて手を離した。彼は、シーネラルを睨んだ。
「お前は自分の為なら、ターランが傷ついてもいいというのか?」
「どうしてそうなるんだよ!」
「ターランは家へ帰らないと、父親から鞭を受けると言ってる。それなのにお前はターランを帰そうとしない。」
トゥーリナが泣き出した。
「だって、俺、今日、ターランへ泊まって言ったのに…。」
「ターランは泊まりたくないと言ったか?」
「言ってない…。じゃあ、俺がターランの家に…。」
シーネラルはトゥーリナの手を引っ張ると、ソファに座り、彼を膝へうつ伏せにした。喚いて暴れるトゥーリナを無視して、ズボンと下着を引き下ろすと、平手を振り下ろし始めた。「痛いっ、痛いっ、なんで叩くんだよぉっ。」
「ターランの父親は、お前が息子と一緒にいなければ、息子はゲイから足が洗えると思い込んでいる。お前は泊まりにいけない。我が侭を言うな。」
「俺の所為じゃない。俺がターランに誘われたんだ。痛いっ。」
「知ってる俺に言うな。」
シーネラルは叩く手を止めずに続けた。「ターランは、まだ子供だから親に従うしかない。どうしようもない。お前のは愛じゃない。本当に愛していたら、自分の気持ちだけを押し付けたりしない。人の気持ちも立場も分かるようになれ。」
トゥーリナを叱りながら、これはGにも言えることだなとシーネラルは思った。
「分かった…。許して…。もう我が侭言わない…。」
トゥーリナは、痛みに耐えながら、立ち尽くしていたターランの方を向いた。「ご免、ターラン。」
「うん、いいよ…。」
ターランは微笑んだ。「シーネラルさん、もう許してあげても…。トゥーリナ、反省してるよ。」
「簡単に許したら、罰にならない。」
うんと真っ赤になるまで、トゥーリナは許してもらえなかった。シーネラルは泣いているトゥーリナへコーナーを命じた。
「我が侭の罰だ。俺が帰ってくるまで立ってろ。その後、鞭で仕上げだ。」
「鞭、使うの…。」
シーネラルは青ざめているトゥーリナへ頷くと、何か言いたそうなターランを強引に引っ張って、車へ乗せた。