少女ザン番外1 シィーとトゥー

3 唯一の友達

 ガリッ、ガリッ。シーネラルが食事をしていると、トコトコとトゥーリナが歩いてきた。

「お父さん、何を食べているの?」

「トゥーリナ!!」

 ぺんっ。シーネラルは、トゥーリナのお尻を叩いた。「お父さんと呼ぶな。俺はシィーだ。」

「ごめんなさい…。シィー。」

「分かればいい。…骨を食べていた。」

「それって、美味しい?」

「まあまあ。」

「ふーん。」

 シーネラルがもう怒っていないらしいと判断したトゥーリナは、彼にぴたっとくっつくと、彼を見上げた。シーネラルが頭を撫でてくれたので、にっこり微笑んだ。

「後で、公園に行こう。」

「うん!」

 トゥーリナは、顔を輝かせた。

 赤ちゃんのトゥーリナは美味しそうだったが、既に3人の人間を食べていたので、暫くは必要ない。育ててみるのも面白いかもしれないと、ベビー・シッターの絵実を雇った。

 今、トゥーリナは4歳。幼稚園に通わせようか、迷っている所だ。

 元は、言われるままに名前で呼んでいたのに、絵実に連れられて外の世界を知った途端、シーネラルをお父さん、パパなどと呼び出した。寂しいのかとも思ったが、父親になるつもりはないので、呼ぶ度に叱ると決めた。この時点では、シーネラルにとって、トゥーリナは玩具だった。

 

 人間界の日の光を浴びても、妖怪に大した影響はない。しかし、辛くは感じるので、つばの大きな麦藁帽子をかぶって、トゥーリナと外へ出た。

「…。」

 門まで向かった。シーネラルは、立ち止まってしまった。何故かそのまま動かない。不思議に思ったトゥーリナは、彼に訊いてみた。

「シィー、どうしたの?」

「鍵を忘れた。」

 シーネラルが家の中に戻ったので、彼が戻ってくるまでと、トゥーリナは庭をうろうろと歩きはじめた。ふと、空間が揺らめくのを感じて、彼は止まった。

「…?」

 トゥーリナは、妖怪のシーネラルと暮らしているので霊感が強くなり、それを眩暈とは感じなかった。

 穴が開いて、茶猫が出てきた。ラークである。シーネラルがトゥーリナを育て始めてから、元は面識があっただけのラークと、彼は仲良くなった。父であろうとするラークと、楽しい玩具を手に入れたと思っているだけの彼とは、心構えが違う。しかし、軽い付き合いなので、問題はない。

「あ、ラークさん。」

「おっ、トゥーリナ。また一人寂しく遊んでいるのか?」

「シィーと公園に行く。」

「公園か…面白そうだな、ケルを連れて行くかな。」

 ラークはにこっと笑うと、トゥーリナを見た。「いいか?」

「ケルラ君、来るの?遊ぶ♪遊ぶ♪」

 飛び跳ねているトゥーリナを、優しげな瞳で見た後、ラークは言う。

「じゃ、連れて来るから、シーネラルに待っててって、言ってくれよ!」

 彼はトゥーリナが頷くのを見た後、呪文を唱えて、妖魔界へ戻った。

 シーネラルが戻って来た。トゥーリナは、彼の側に駆け寄ると、ぎゅうっと抱きついた。

「あのね、ラークさんが来た。」

「今、居ないが。」

 見回すまでもない。気配が感じられないのだ。

「ケルラ君、連れて来るの。公園行くから。」

 トゥーリナが何を伝えたいのか分からなくて、シーネラルはしばし考えた。

「つまり、一度ここに来たが、俺達が公園に行くと知ったラークは、ケルラを連れてくるのに妖魔界へ戻ったのか。」

 子供の言葉は難しい。

「僕、ケルラ君と遊ぶ。」

「好きにすればいい。」

 シーネラルは、暇つぶしに尻尾を振った。案の定、トゥーリナが飛びついてきた。普段は触らせないが、今日は好きにさせた。シーネラルは猫。猫は気まぐれなのだ。

 

「子供が幼いと、何を話しているか、解読が必要で大変だ。シィーはそう思わないか?」

 砂場ではしゃいでいる二人を、微笑みながら見ているラーク。彼は、公園のベンチに腰掛けているシーネラルに問い掛けた。眼は子供達に注がれている。

「お前がケルラを連れて来る時、味わったばかりの感情だ。」

「トゥーリナにも、状況説明は難しいんだな。」

「人間の子供は未熟な状態で生まれる。妖怪の子とは訳が違う。」

「ケルラ程度なら、人間の子供と変わらないさ。」

 シーネラルは、心持ちの違いを感じながら、ラークの顔を見た。ラークは愛情溢れる表情をしている。自分がトゥーリナを見る時はどうか。小動物を見る時と、何ら変わらない。猫にとっての餌である鼠。人食い妖怪にとっての餌である人間。どちらの立場で見ても、トゥーリナは食欲をそそる存在だ。…トゥーリナは鼠ではないが、ちょこまか動く所が、シーネラルには似て見えている。

 ラークは疑わないのだろうか?トゥーリナを冷めた目で見ているシーネラルを。

 思考の世界から戻って、辺りを見回すと、ラークは、ケルラ達と砂場でお城を作りに、二人の側へ行ってしまっていた。

 再び、考えに耽ろうとしたシーネラルへ、ママさん連中の一人が、シーネラルに恐る恐る訊いてきた。

「あの人、シーネラルさんのお友達?」

 彼女はラークとケルラを見ている。

「そうだが、何か問題でも?」

「どうして娘さんに、着ぐるみなんて着せるのかしら?」

 ケルラは体中が毛で覆われているし、手足が猫なのだ。それと髪が長いので、女の子と思われてしまったようだ。

「あれは息子だ。あいつ等に、この地は寒い。」

「麦藁帽子をかぶって、日光に当たらないように、しているみたいですけど…。」

「直射日光は体に悪い。」

 それだけ言って黙ってしまった彼に、ママさん達は鼻白んだ。

 シーネラルは必要なことしか話さないので、とっつきにくい印象がある。彼はわざとそうしているので、何処でも評判が悪い。ジオルクにさえ、もうちょっと、何とか出来ないのかとお尻を叩かれたこともあるくらいだ。でも、変えるつもりはない。深入りするのが嫌いだからだ。

 これ以上、関わりたくなくて、シーネラルは、ラーク達の側へ行った。

 

 家への帰り道。トゥーリナとケルラは、遊び疲れて寝てしまっていたので、それぞれ、シーネラルは抱き、ラークはおぶっていた。

「シィーは人間界に住んでいるのに、人間と仲良くする気がないんだな。」

 ラークが笑いながら言う。彼は、子供達と遊びながらも、シーネラルとママさん達の会話が聞こえていた。

「人間観察が目的で、ここに居る。馴れ合う気はない。」

「トゥーリナを拾わなかったら、またすぐに別の国へ行くつもりだったっけか。」

 シーネラルのにべもない言い方に、ラークは苦笑した。

「ああ。人間界は、住む場所によって文化の違いがある。それを全て見るつもりでいる。」

「それって、楽しいのか?」

「人間は1種類しかない。それなのに、どうして様々な言葉を話し、それぞれの文化を持てるのか、不思議なんだ。」

「それはあるなあ…。同じ国でさえ、言葉が違うからな。」

「それが顕著なのは日本だ。南北に長いから、食文化の差は理解出来る。しかし、方言がな…。アイヌと和人の2種類で、二つで足りるのに。」

「そうだ。色々あるから、聞いてると面白いよな。…そう言われると、シィーのやってることが良く分かるぜ。ジオルク様に教えてやろうっと。」

「何故Gに言う?」

「シィーが分からないって、悩んでいるからさ。」

「…。」

「第一者様には、仕事に専念してもらわないとな。」

「そうだな。」

 シーネラルは納得した。

 

 家に着き、ラークとケルラの二人は帰っていった。わざわざシーネラルの家へ行かなくても、公園でそのまま妖魔界へ帰っても良かったのだが、人間に見られると面倒だからだ。

 トゥーリナをベッドに寝かせた後、シーネラルは居間に戻ってきて、夕ご飯が出来るまで、床に横になった。疲れたわけではなく、暇な時はいつもそうしているのだ。

「Gはいつになったら、俺を諦めるんだろうな…。」

 こっちにその気はまるでないので、早くその日が来て欲しかった。

 

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