遊園地
3 楽しいクリスマス1
「明日はクリスマスだね。」
姉は友達へ言った後、ぽつっと呟いた。「あいつ等に何か、買っていってあげよう。」
「今日、折角のイブなんだし、遊ばない?」
「うーん…。でもねー…。弟達のご飯支度が。」
「彼も居ない寂しいわたし達だけど、楽しく過ごしたっていいじゃない!」
「ま・まあ、そうなんだけど。」
「夕ご飯の支度が終わったら、電話を頂戴。それならいいでしょ。」
「…そうねぇ。」
「決まりね。」
強引に約束させられてしまった姉だった。
夕飯の買い物に歩きながら、確かに、やる事をやったのなら、遊んだっていい筈だ、と思えた。クラスメイトは、恋に遊びにと楽しそう。でも、自分は…。今の生活が不満だとは思っていない。母が生きていた頃より、家族の絆は強まった気さえする。それでも、たまに息抜きもしたくなる。別に悪い事をするんじゃないし、門限の8時さえ守れば…。
心は決まった。今日は遊ぼう!
夕飯の支度。弟達も積極的に手伝う。と言っても、下の弟は大して役に立たない。それでも気持ちは買わないとと思い、姉はとても助かっている顔をする。
ほぼ完成した。後は、お父さんが帰ってきたら、暖めるだけとなった。
「美味そうだな。父ちゃんも喜ぶぞ。」
「そうだね。」
弟の言葉に、少年も満足げに言う。普通の日なら、父が帰ってきてから、一緒に作るのだけど、今日、父は遅くなると言っていた。明日のクリスマスを皆で楽しむ為に、今日はちょっと無理をするのだそうだ。
満足げな二人を微笑んでみていた姉だったが、時計を見てはっとした。余りゆっくりしていると、楽しめないうちに帰って来る事になる。
「ね、わたしさ、ちょっと行く所があるの。」
「姉ちゃん、こんな時間に何処へ行くつもりだよ?」
「お父さんが帰ってくるまで、そんなに時間もない筈だし、留守番くらい出来るでしょ?」
「出来るけどさ、こんな暗くなってから、外に行くなんて、お父さんに怒られない?」
弟達は口々に言う。心配してくれているのは嬉しいけど、ちょっと鬱陶しい。
「お父さんには言ってあるの。黙ってこんな時間に出掛ける訳ないよ。」
弟達は顔を見合わせた。今日の姉は少しおかしい。でも、はっきり言えるほどではない。「じゃ、ちゃんと、いい子にしててよ。明日のプレゼントも買ってくるからさ。」
プレゼント!その言葉の輝きに弟達の疑念は吹き飛んでしまった。
準備を済ませ、友達に電話をした。彼女はケータイを持っていない。欲しいが、厳しいお父さんが許してくれない。バイトして料金を払うから、迷惑をかけないと言ったら、お尻を叩かれた。あれは、子供の持つ物じゃないときつく叱られた。
その時辛かったのは、お仕置きやケータイ禁止令より、子供扱いされた事だった。母代わりをしている分、同級生より大人のつもりだったから。
「うんうん、大丈夫。じゃ…でね。」
誘った時の態度と違って、充分乗り気らしい彼女に、友達はちょっと面食らったみたいだ。けど、お互いに楽しい方がいいに決まってる。すぐに受け入れて、二人は楽しく電話を終えた。
久しぶりの開放感。街がいつもより輝いて見える。目一杯楽しんだ。男の子と歩く自慢げな女の子なんか目に入らないくらいに。そりゃ、ちょっぴり、羨ましいけど。
夢のような時間が過ぎて、ふと腕時計に目をやった。途端に目の前が真っ暗になった。何回見直しても、10時だった。
「どうしたの?」
「嘘…。もう10時…。門限、8時なのに!」
「えーっ、ヤバイじゃん。じゃ、帰ろう。」
「う・うん…。」
帰りたくなかった。それは、今、楽しかったからもある。でも、勿論、お父さんがどれだけ怒るかを考えると…。平手では許してもらえないだろう…。
「帰らないと、どんどん遅くなるよ?」
友達の言う事は、正論なのだけれど…。「わたしは帰らなくてもいいけどさ。どうする?」
友達は、彼女が黙っているのは、迷っているからと思ったらしい。そうではないのだ。今更楽しい気分になんて戻れっこない。
「一緒に帰ってくれるの?」
「当たり前でしょ。」
「ありがと。」
優しい友達に、精一杯微笑んで見せた。
友達と途中で別れ、玄関の前に立つ姉は、恐る恐る玄関の扉に手を伸ばした。触れるか触れないかの内に、扉が開いた。思わず後ずさる。
「お姉ちゃん、お帰りなさい。」
少年だった。「お父さん、かんかんだよ。」
「どうして起きてるの?今何時だと思ってる?」
「明日から、冬休みなんだけど。」
「そうだったね…。」
少年に手を取られ、姉は家に入って行く。
お父さんの前に、姉は正座して叫んだ。
「ごめんなさい!!ちゃんと間に合うように帰ってくるつもりだったんだけど、気付いたら、もう10時過ぎてて…。これでも、急いで帰って来たの。…本当にごめんなさい!!」
お父さんが立ち上がり、姉は縮み上がる。
「ついて来なさい。」
姉は震えながら、お父さんの後についていった。
子供部屋の戸を後ろ手で閉めて、姉はお父さんと向き合った。お父さんは床に胡座をかいて座っている。少しの間、お父さんは何も言わなかった。
体が震えているのが分かる。顔から目をそらしそうになるけど、かろうじてお父さんの目を見ていた。お父さんがやっと口を開いた。
「俺が、一番何に腹を立てているか、分かるか?」
「えっ、何って…?門限に遅れた以外に何かあった…?」
姉は一所懸命に考えた。「あ、あいつ等ほっといて、遊びに行った事?」
お父さんは首を振る。
「二人とも小学生なんだ。留守番くらいさせてもいい。」
「ご飯は作ったし…。…えー、分からないよ、お父さん。」
お父さんがふぅとため息をついた。
「嘘をついただろう。」
「…え?」
「俺は、お前が遊びに行くなんて、一言も聞いていない。」
「あっ!…そう言えば、あいつ等にそう言ったんだった…。」
「遊びに行きたいのなら、普通に言えばいいんだ。俺もあの子達も、お前を家に縛り付けるつもりはない。」
「うん…。」
「お前の態度が変だったと、あの子達は、とても心配していたんだぞ。先にあの子達に謝ってこい。」
「分かったよ、お父さん。」
姉は部屋を出て、弟達の待つ、居間へ行った。
「心配してくれてたんだってね。ごめんね。」
姉は弟達にぺこっと頭を下げ、素直に謝った。
「姉ちゃん、何ともないのか?」
弟は不思議そうに言う。いつもなら、お父さんが許してくれるまで、部屋を出られない筈だから。
「先にあんた達に謝れって言われた。」
「そうなんだ。ねえ、お姉ちゃん、何処へ行っていた?」
「友達と遊びに。あ、そうだ、クリスマスプレゼントを買って来たよ。」
姉の言葉に弟達は顔を輝かせた。でも、ならと不満が出てくる。
「ただ遊びに行くだけなら、普通に言えば良かったのに。」
「そうだよな、俺、姉ちゃん、変な事でもするのかと思ったぞ。」
「うん、お父さんにも、嘘をついたのが一番良くないって言われた。」
姉の言葉から思いついて、少年は訊いてみた。
「お姉ちゃん、もしかして、ただ遊びに行くって言うと、僕達がついて来たがると思ったの?」
「…それはちょっと思ったかも。でも、わたしだけ楽しむなんて、ずるいかなと思った方が多いかな。」
「別にずるくないだろ。俺と兄ちゃんなんか、好きな時に遊んでるぞ。」
「そうなんだけどね。」
姉はちょっと笑う。「ま、そんな事より、はい、プレゼント。クリスマスは明日だから、本当に楽しみたかったら、明日開けるといいかもね。」
少年はにこにこしていたが、渡されてから、すぐに開けようとした弟は、慌てて手を止めた。
「へへへ…。姉ちゃん、有難う。」
「お姉ちゃん、有難う。僕、何にもお返し出来ないや…。」
「俺も…。」
「誕生日にちゃんとくれたでしょ。それだけで充分。」
三人は笑いあった。
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