遊園地
2
「お父さんは何で乗らないのー?」
子供達だけで乗らされて、不満な少年は、姉に文句を言った。
「こんな子供の乗り物なんて、男の人は嫌いなのよ。」
「嘘だー。コーヒーカップは乗ってたよ。」
お父さんがハンドルを一杯回したので、姉は酔いかけたけど、少年と弟は嬉しくて騒ぎまくった。「お父さんの方が子供だったよ。」
「そんな事を言われたって、知らないわよ。」
「だんだん高くなってきたぞ。ちょっと怖いな。」
弟の言葉に、二人は外を見た。下の人が豆粒みたいだった。
「もうすぐね。満足?」
「うん。これくらい高かったら、お母さんから見えるよね。」
「えっ?」
「空の上って高いから、あんまり僕達が見えないんじゃないかと思ったんだ。」
少年は顔を輝かせながら、二人を見た。「でも、これくらい高かったら、僕達の顔が見えるよ。」
「だから、観覧車に乗りたいって我が侭を言ったの…。」
「そうだよ。僕達はちゃんと大きくなってるよって、お母さんに見てもらいたかったんだ。」
「ほんとか、兄ちゃん。母ちゃん、俺も分かるかな?」
弟が興奮して言った。
「分かるよ、きっと。さ、もう少しで、一番高いとこだから、お母さんに手を振ろう。」
「姉ちゃんも、やろうぜ。」
「…うん。」
姉は泣きそうになっていたが、慌てて答えた。少年達の乗った観覧車が一番高い所へ着こうとしている。
「一番上に着いたわ。窓は開かないけど、手を振りましょ。」
姉の言葉へ弟二人は返事をした。三人は空に向かって、お母さんに気付いてもらえるように思いきり手を振った。
観覧車はゆっくりと下り始める。それでも、皆はまだ手を振っていた。
「お母さん、分かったかな?」
「きっと気付いてくれたわよ。」
「そうだよな。皆で手を振ったし、分かったに決まってる。」
そろそろ着く頃になって、三人は話し始めた。
「お父さんも来てくれれば良かったのに。」
「そうね。でも、あんたがちゃんと理由を言えば、来てくれたと思うけど。」
「そうだよなー。兄ちゃんが教えてくれないから、分からなかったんだぞー。」
「折角のいい思い付きだったもんね。勿体無いわー。」
「誰も訊かないから、言わなかったんだよ。」
「言わないから、分からないんじゃない。」
少年と姉の言葉が漫才みたいになってきた所で、三人は、空からお父さんの所へ戻って来た。
「楽しかったか?」
お父さんが笑顔で迎えた。三人は明るく返事をした。
「そうだったのか…。」
理由を知ったお父さんも、姉と同じく感動したようだった。西洋の人みたいに、少年をぎゅうっと抱きしめた。「お前はいい子だな…。きっとお母さんも喜んでるぞ。」
「お父さん、苦しいよ!」
少年は叫んだ。お父さんは、慌てて少年を離した。
「ごめん、ごめん。」
お父さんは微笑みながら、少年の頭をぽんぽんと叩く。「でもな、それとさっきの事は別だぞ。お仕置きはちゃんとするからな。」
「…うん。」
折角忘れていたお尻の痛みが戻って来たような気がした。
「はー、着いた、着いた。」
遊園地から家へ着いた家族は、とりあえず一休みした。それから、後片付け、夕ご飯と忙しく動く。
母がお星様になってから数年、お父さんと姉は、大分主婦になってきている。少年と弟もお手伝いが上手くなった。お母さんは甘々で万能だったので、家事なんて誰も出来なかったけど、今では皆が協力して、何とかやっていた。
夕ご飯の片付けも終わり、とうとう少年には嫌な時間がやって来た。お父さんに連れられて、子供部屋へ入る。お父さんの部屋がないので、お仕置きはそこか居間で行われる。姉と弟は、近所迷惑にはならない程度でTVの音量を上げた。
「お姉ちゃんも言ってたし、車の中で考えたけど、ちゃんと言えば良かった。」
「そうだぞ。そうすれば、我が侭を言ったなんて思わなかったし、皆楽しく観覧車に乗れた。」
「お父さんもね。」
「ま・まあ、それはいい。」
「何で?」
「いいから。…今度は自分でしなさい。」
「うん。」
少年は、自分でお尻を出すと、お父さんの膝に寝た。すごくどきどきした。目をぎゅっと瞑って、手を握って、痛みに耐える準備をした。
ぱあんっ、ぱあんっ。今度は最初から強い平手が飛んできた。
「いたあいっ。」
我慢しようと思っていたのに、とても無理な痛さだ。「痛い、痛いっ。」
「悪い子だから、痛い思いをするんだぞ。ちゃんと反省しろ。」
お父さんは一旦手を止めて、厳しく言った。
「うん…。」
何とか返事をした。
「よし、続きだ。」
打たれるっと、体が自然に硬くなる。ぱあんっ、ぱあんっ…。痛みに耐え切れず、涙が溢れてきた。泣いたら怒られるなんて事はないけれど、我慢できないのが悔しい。でも、何回も打たれているうちに、そんな意地も何もなくなって、少年は泣き叫んでいた。
「大分赤くなったな。よし、もう良いぞ。」
お父さんがそう言って、少年を立たせてくれた。
「ごめんなさい…。」
少年はそう言ったつもりだけど、お父さんには何を言っているのか、分からなかった。でも、謝ったのだろうと見当をつけて、少年の頭と背中を何度も撫でた。弟なら、お仕置きの後は抱っこだけど、少年は恥ずかしいので、いいよと言っていたからだ。少年が泣き止んだ後、父は、
「今日は、寝るまでここで反省してろ。」
と言い残すと、返事も聞かずに部屋を出て行った。
「うー、痛いよぉ…。」
少年は、張れ上がったお尻を撫でて、ため息をついた。
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