遊園地とふわふわ君

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  1  

「眠いなあ…。」
 少年は大欠伸をする。弟は今にも寝てしまいそうだ。
「だから、もう寝なさいって言ったのよ。それなのに、大丈夫とか言って…。」
 姉が二人を睨みつける。
「目が覚めるように、お尻を叩いてやろうか?」
 素振りをしながらのお父さんの言葉に、少年と弟は目を大きく開け、同時に叫んだ。
「起きてるよ!!」「寝てないぞ!」
 お父さんと姉が笑い出した。
 クリスマスの時に、また遊園地に行こうねと決めた家族。今日がその日だった。家からあの遊園地まではかなり遠い。いつもなら寝ている時間に起きないと、充分に楽しめない。昨日の夜、姉は二人の弟に早く寝なさいと言った。それなのに、大丈夫だよと言うことを聞かず、夜更かしした二人は、寝不足で眠いのだった。
 軽に4人が乗り込んで、いざ出発。車に乗ってしまえば、後は着くまで寝てもいい。早速寝てしまった弟達を、姉は苦笑して見ていた。車の中で朝ご飯を食べる予定だったのに、今の二人には食い気より眠気らしい。弟達の分を分けておいて、姉と父はサンドイッチを食べ始めた。

 場面は変わって、ふわふわ君の世界。
「行ってらっしゃい。」
 にこやかにケルラを送り出そうとするラーク。…偽善者臭い笑顔が変だ。
「お父にゃんもー。」
 ケルラはラークのズボンを引っ張る。
「ケル、皆が待っているんじゃないか?」
 まだ怪しい笑顔を浮かべるラーク。ケルラのお尻を軽く叩き、一人で行かせようとする。
「一緒ー。」
「俺は行かない。」
 ラークがやっと仮面を脱いだ。不機嫌な表情になり、ケルラの背中を押して、無理矢理玄関から外へ出した。ケルラが中に入ろうとする前に、戸を閉めてしまう。
「お父にゃん…。」
 ケルラは諦めて一人で歩き出す。と、ひょいっと抱き上げられた。元・偉い人だ。
「ラークは?」
「行かにゃい。言う。」
 寂しそうなケルラの頭を彼は撫でた。
「俺が説得してやるから、先に行ってろ。な?」
「はい。」
 ケルラは顔を輝かせると、4つんばいで走って行った。彼はそれを見送ると、戸に手をかけた。…開かない。村に鍵のある家なんて無い。安全の為、野菜の保管庫だけは鍵がついているけど。つまり、ラークが戸を押さえて入って来られないようにしているのだ。
「ラーク。子供みたいなことをするなよ。」
「俺はあんたと一緒に居たくない!」
 ラークが叫んだ。元・偉い人には感謝しきれないと思っている。彼のお陰でクリュケの死を乗り越えて、ケルラと向き合えた。ケルラの笑顔がクリュケに重なっても、嬉しいと感じられるようになった。でも、だからと言って、ラークは彼と友達になった覚えは無い。それなのに、この我が侭な自己中男は、俺達は友達だろと言って、彼を振り回す。ケルラにはそれが分からなくて、彼の家に遊びに行く時は、ラークを誘うのだった。
「つれないことを言うなよな。」
 ラークより元・偉い人の方が強いので、扉はあっさりと開いてしまった。逃げる間もなく、ラークは彼の肩に担ぎ上げられた。「さ、ケルラも待ってるから、行こうな。」
「降ろせえぇぇぇっ!!」
 ラークの悲痛な叫びが村に響いたが、元・偉い人はまるで気にしなかった。

 やっと目が覚めた弟二人は、サンドイッチを喉に詰まらせそうな勢いで食べていた。
「ゆっくり食べないと体に悪いわよぉ。」
 姉は優しく注意したが、二人の耳には入っていない。食べる時間が遅くなったので、お腹がとても空いているらしい。やっと二人が落ち着いたのは、残りが少なくなってからだった。景色を楽しむ余裕も出て来て、姉を入れた三人で運転しているお父さんの邪魔にならない程度に、あれこれ喋った。少しすると、お腹も一杯になり、見るべき景色ではなくなり、車内は静かになった。
 その時。全員が激しい眩暈を感じた。地震かと思ったがそれにしては様子が違う。
「き・気持ち悪いよ…。」
 少年は呟いた。激しく車が揺れた。皆の意識が遠くなった。

 ラークは無言で座っていた。帰ってしまうのは大人気無いと思ったので、諦めて、子供達が遊んでいるのを眺めていた。
「トゥーリナが我が侭で、ごめんなさいね。」
 百合恵が、ラークの前にあるカップに、飲み物を注ぎながら言った。「あの人ったら、村の人達が仲良くしてくれなくて、寂しいの。貴方は唯一対等に口をきくから…。」
「…まあ、あいつの気持ちは分からなくもない。」
 ラークはため息をついた。その元・偉い人は子供達と遊んでいる。
 村の人は彼が怖い。何故ならこの世界で偉くなるには、強くないといけないから。下手に彼の機嫌を損ねたら、この村は壊滅するかもしれない。ラークは彼と話していて、彼は皆が思っているほど、恐ろしくも凄くもない、それどころかまだまだ子供だと分かったので、気軽に振舞っているが、村人は遠巻きに見ているだけなのだ…。
「ラーク、お前も皆と遊んでやれよ!」
 子供達より自分が一番楽しそうな元・偉い人の声に、ラークは仕方ないなと言う顔で立ち上がり、歩いて行く。
 その時。
「ん?」
 異変を感じた元・偉い人の表情が変わった。彼はラークを見た。ラークも彼を見た。
「空間が揺らめいてる…。」

 ブレーキを踏んだ記憶は無かったが、車は勝手に止まっていた。
「ここ、何処だ…?」
 お父さんが呟いた。彼ははっとすると、皆を見た。「皆、無事か?」
 全員が気持ち悪さも無くなり、怪我もせず、何ともなかった。
「ねえ、お父さん、ここ何処?」
 姉が不安げに言った。高速道路を走っていた筈なのに、辺りは草原で、民家が近くにあった。
「分からん。」
 そう答えるしか、なかった。
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