妖魔界

2 人間と妖怪

 第二者のお城の一室。豪奢なその部屋に、鳥の母と蛇こうもりの息子の母子がいた。蛇こうもりとは、こうもりの羽と蛇の尾を持つ妖怪である。
 「何度言ったら、分かるの!あなたは、もう30歳なのよ。子供みたいな悪戯は、とっくに卒業してるはずでしょ。…大人にお仕置きするなんておかしいけれど、分からないなら仕方ないわ。」
 元人間の日本人女性、百合恵は、息子のリトゥナへ怒鳴った。『30歳で、悪戯ってどういう事なのよ。この子は、少しおかしいのかしら…。どうして、直らないの。』深いため息。『何だか、落ち込みそうだわ。』
 気を取り直し、泣きじゃくってごめんなさいを連発している息子の腕を引き、膝の上にその体を横たえる。腰に巻いている布を捲くり、ズボンを下ろす。やっと、パンツだ。それをおろすと、少し赤いお尻が出た。
「何で赤いの? お父さんにぶたれたの? …あの人、偉くなってから、急に考え方が変わっちゃって。」
「違うよ。ターランさんに怒られたの。お父さんに会いたいって言ったら。」
「お父さんは、今ザン様とお話中でしょ。ターランさんはすぐ叩くけど、今回は、あなたが悪いわね。」
「ごめんなさぁい。いい子にするから、ぶたないでー。」
「“いい子”じゃないでしょ!あなたは大人なのよ!いい年してぶたれる方が、おかしいのに。」
 百合恵がまた怒鳴り、リトゥナは身を竦めた。そして彼の薄桃色のお尻に母の平手が振り下ろされた。

 第二者トゥーリナの仕事部屋。鬼のザンと、蛇こうもりのトゥーリナが話をしている。
「百合恵の奴、慣れたか?あいついつまで経っても理解しようとしねぇよな。人間の感覚は、そう簡単に抜けねぇってことか。リトゥナも可哀想だな。」
 第一者ザンは言った。彼女が言っているのは、百合恵の年齢の感覚。前にも書いた通り、妖怪は、100歳を迎えないと大人にならない。リトゥナは30歳だから、まだまだ子供なのだ。人間に当てはめれば、大体小学一年生くらい。6歳児に大人になれと言っても、無理な相談である。
「確かにな。ケツ叩いて怒っても駄目なんだ。叩くのを嫌がる始末だ。子供じゃねえって。」
「それは、お前が悪い。一緒になった頃は、顔を叩いたから妖怪もこうだって思っちまってる。」
「あの頃は、夫婦間の事は知らなかった。第一者になって余裕が出来てはじめて、周りが見えるようになった。俺は、まともに育てられていないから、普通の家庭を知らねぇ。不可抗力ってやつだ。」
 トゥーリナは答える。彼と、ザンの関係は、二転三転している。最初は、彼女の部下。次は、彼女の上。今は下。追いつき、追い越されではない。彼女に勝った事は一度もない。彼女は、第一者になれる実力を持ちながら、仕事が多くて面倒だと言う理由で、bQの地位に甘んじていたのだ。
 ザンが本来の地位に上がった理由は、トゥーリナが、支配者の夢と現実の落差に疲れ、権力争いから退き、田舎にでも引っ込むと言い出したからだ。彼がいなくなったら、彼女が繰り上がって、一番になってしまう。仕事が増える。それが嫌で、「俺が第一者をやってやるから、留まって仕事をしろ。」と脅したのだ。
「そうだったな。妖怪は、そういうもんだって言ったのか?」
「言ったし、お前の城にいた頃、女どもから聞いている。俺にそう言ってた。聞いたのと、実際にやられるのとは、違うんだろ。ケツ叩かれんのは、ガキだと思ってるから、馬鹿にされていると感じるらしい。」
「クク…。馬鹿にね。大変だな。躾をし直さなきゃならんのか。リトゥナの為にも急げよ。」
「分かってる。…それよりよ、学校はどうなんだ?今年中に出来そうか?」
「もう仕事の話しをすんのかよ…。あと、2・30年くらい待ってくれ。建物も建てなきゃなんねーんだ。そんなすぐには無理だぜ。」
「建物のせいにして、逃げてんなよ。ほっとくといつまでもサボりやがる。ジャディナーに言うぞ。」
「ザハラン、てめー汚ねぇぞ。分かったよ。急ぐから、あいつには言うなよ?」
 ザンは慌てて言った。ジャディナーとはザンの夫である。小人なので、彼女のお尻を叩けないが、怒ると怖いのだ。ザンは、夫にだけは逆らえない。
 ザハランとは、トゥーリナのもう一つの名前だ。彼は、自分の名前が嫌いで、ザンにはじめてあった頃、自分には名などないと言ったので、彼女が名のない男という意味のザハランと名づけた。今は、嫌いではなくなったので、トゥーリナを名乗っている。
 二人は、全ての子供の為の小学校を作ろうと考えている。今は、お金のある子しか行けない。二人は、その話をはじめた。

「ごめんなさい。もうしないよー。大人になるからぁ。」
 リトゥナは、泣きじゃくっていた。いくつお尻をぶたれたか、もう分からない。そこへ一人の堕天使の男が入ってきた。堕天使とは、天使の羽を生やした妖怪だ。
「また、大人になれってお仕置きをしてるのかい? 無駄な努力だね。」
「ターランさん…。無駄じゃありません。この子の為です。」
「お前、馬鹿じゃない? トゥー(トゥーリナ)に、いつも怒られてるのに分からないんだから。何度も言っただろう?妖怪と人間じゃ成長のスピードが違うって。そいつ、人間にすりゃ15歳くらいに見えるけど、中身は赤ん坊と同じなんだよ。さっきだって、あんまり言うこと聞かないから、お尻をぶってやったくらいなんだから。」
 ターランの言葉に敵意があるのは、彼が同性愛者で、ずっと好きだったトゥーリナを百合恵にとられたからだ。と言っても、トゥーリナにはその気はなかった。彼の片思いなのだ。
 ターランは、息子を庇うように抱きしめている百合恵を傷つける言葉を捜す。
「…ターラン、そう百合恵を睨むな。百合恵に罪はねぇ。そうだろ?」
「トゥー! 話は終わったのかい? 少しは進んだの?」
「ああ、なんとかな。…それより、百合恵やリトゥナの事をあまり苛めるなよ。」
「…分かってるよ。でも、僕の気持ちだって少しは分かってくれるだろ?」
 トゥーリナがうなずくと、ターランは納得した顔をして、部屋を出て行った。トゥーリナは、彼を見送ると、リトゥナに言った。
「リトゥナ、父さんは、母さんと話がしたいから、部屋へ行ってくれ。」
「くすん。はい…。」
 お尻が痛くてまだ泣いている息子が出て行くと、トゥーリナは、百合恵と向き合った。
「何度言ったら、分かる!? いい加減、人間の感覚は捨てろと言ったじゃないか! あいつは人間の血が半分入っているから、普通より成長が早いが、それでも人間より遅いと言っただろ!」
「でも…。でも、あんなに大きいわ。なのに、ちっちゃい子みたいな事をするのよ。」
「くどい! 同じことを何度も言わせるな。口が腐っちまう。…口で駄目なら、体に教えるしかねぇな。」
「嫌よ。また、お尻を叩くって言うんでしょう。こっちこそ、いい加減にしてって思うわ。」
 トゥーリナは問答無用とばかりに、百合恵の体を引っ掴む。そして、さっきまで彼女が息子を叩く為に座っていたソファに腰掛け、妻の体を膝の上に横たえた。
「嫌だってば。やめてよ。前はこんな事しなかったのに。」
「前がおかしかった。これが、妖魔界の普通の夫婦だ。お前は過去にこだわり過ぎる。過去は過去。今は今だ。現実を受け入れろ。この事も、リトゥナの事もな。」
 トゥーリナはそれだけ言うと、百合恵のスカートを捲くり、下着を下ろした。鳥の尻尾を押さえて、お尻を叩きやすくする。それから、暴れる妻のお尻を叩き始めた。
「分かったわ! 考えを変えるわ。だ・だから、そんなに強く叩かないで!」
 百合恵は、痛みのあまり泣き叫んだ。

 数日後。
「わざと壊したんじゃないなら、何で隠すの! 素直に言えば怒らないわ。大きい子のする事じゃないでしょ。」
「ごめんなさぁい。あーん。痛いよー。」
「だから、大きい子じゃないって言ってるだろ。まだちいせぇんだ。」
「痛い。だって、小さい子に見えないんだもの。…ぶたないで!」
 その光景をターランは、呆れた顔で見ていた。「永遠に続くのかな。これは…。」
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