妖魔界
1 フェルとエッセル M/M
「もうしないよー。そんなに怒らなくてもいいじゃないかー。」
息子フェルが走って逃げるのを父エッセルが、
「大の大人がガキみたいに逃げてんじゃねえ!さっさと尻を出せ、尻を!」
と、追いかける。息子の方が強いので、彼が本気で逃げる気になれば、父は追いつけない。が、本気で逃げているようではなさそうだ。エッセルは速度を上げ、息子の襟を掴んだ。
「捕まえたぞ。…馬鹿かおめえは。ガキどもが見てんだぞ。恥ずかしくねえのか。」
「だって、お尻叩かれるのが嫌なんだからしょうがないよ。お父さんはすぐ怒るんだから。」
「何だと。お前、親父にそんな口をきいていいと思ってるのか?お前の子供がお前にそんな口きいたら、許すってのか?」
「だってぇ。そんなのずるいよぉ。」
「何がずるいんだ。言ってみろ。」
「またやってる。あの子がうちへ帰ってきてから、毎日ああしておっかけっこをしては、お尻を叩く、叩かないってやってるんだから。良く飽きないわね。エッセルもフェルも。…カタエル、後悔していない?あんな女の子みたいな喋り方をして、情けないあの子と結婚して。」
「お義母さん、自分の息子なのに悪く言うんですね。…わたし後悔なんてしてませんよ。それに、結婚して何百年も経ってるんです。…色んなフェルを見てきました。皆の憧れの的だった、第二者ザン様の部下だった時から…。」
カタエルは思い出す。あの時の事を。
「絶対わたしよ。わたしがフェル様に告白するんだから。」
「図々しい。わたしに決まってるでしょ。この前、洗濯物を運んで下さったもの。」
「あんた何言ってるのよ。フェル様は誰に対してもそうでしょ。」
「人の事をあんただなんて言う人をフェル様が気に入る訳ないわ。」
休み時間。休憩室で、召し使いの女の子達は、声高に自分こそがフェルに相応しいのだと騒いでいた。父親を含む男性にはとても見せられない。すぐさまお尻を叩かれてしまうだろう。話し方、そしてその内容。はしたないと言われそうだ。いくら、生涯寄り沿う相手を選ぶ時だけ、女性に選択権があるにしても。
「皆凄いわねぇ。自分が、一番だって。」
カタエルの友達が言う。そう言う彼女は付き合っている相手がいる。夫がもう決まっているのだ。それゆえとても冷静だったが、相手がいなかったらどうだろう。輪の中で騒いでいたはずだ。彼女はそういう積極的なタイプだ。まあ、だからカタエルより若いのに彼がいるのかもしれないが。
「ところであなたはどうなのよ。話に加わった事ないじゃない。他に好きな人でもいるの?」
友達にそう迫られたが、彼女は笑ってごまかした。『そりゃあ、わたしだって素敵だと思うわ。でも、皆狙っているのよ。わたしなんか無理だって思うわ。皆素敵な人ばかりだし…。』口には出さなかったが、そう思っていた。
しかし。
「あのぉ、後でね、仕事が終わったら、お城の裏に来てくれない?大事な話があるんだ。…いいよねぇ?」
フェルが、廊下でそう話し掛けてきた。皆が、カタエルとフェルに注目した。フェルの顔が真っ赤なので、男達まで興味津々という様子を見せた。幸か不幸か、まるで今日そこで何かあるように人が沢山いた。
「分かりました。…あのでも、裏のどこらへんですか?」
「え、あ・あのねぇ…。」
フェルが急に迫ってきたのでカタエルは、思わず後ずさりした。怒ったのかと思った。
「あ、ご免ね。あの、皆が聞き耳立ててるから、耳に話そうかと思っただけなの。怖がらないで。」
カタエルは真っ赤になって、フェルが頭の上にある猫耳にささやく言葉を聞いた…。
「皆、“フェル様の奥さんになりた〜い。”って凄かったんですよ。わたしが選ばれて、とっても驚きましたけれど。」
「そこも、頭に来るのよね。決まりを無視して。カタエルを何だと思っているのかしら。」
「そんなことないです。わたし、嬉しかったんですから。」
「ねぇ…。フェルってそんなにもてていたの?あの子、あんなふうだもの。想像つかないんだけど。」
「フェルは、部下としての身分がとても高かったので、性格を知るほど仲良くなるのは難しかったんです。だから、それだけで憧れている人がいたのも事実です。でも、重い荷物を運んでくれたりと、とても優しい人なので、それでという人もいました。」
「優しいかもしれないけど、我が侭よね。あなた今日もぶたれたでしょ。何にもしてないのに。」
「夫がお尻を出しなさいと言ったら出す。たとえ何も悪い事はしていなくても。ちっとも変じゃないですよ。」
「やり過ぎだと思うのよ。でも、あなたはちっとも気にしていないみたいね。」
エッセルの妻であり、フェルの母、ルティーは苦笑いを浮かべた。この子は本当に可愛い。
初めて会った時は、久しぶりに感じられる都会の雰囲気に少し浮かれた。息子は歩いて何日もかかる遠い所で働いていて、この村一番の出世を果たしていたが、忙しいと言う理由で何年かに一度しか会えなかった。夫のエッセルは、元盗賊なので野宿が出来、フェルに会えたが、彼女は、夫に負担をかけること、自分が出かけたら、畑仕事と子供達の世話に困るなどの理由で行けなかった。
だから、フェルが部下をやめて帰って来た時、初めて彼女に会えた。都会生まれの都会育ち。身に着けているものも流行の最先端だった。そして、沢山の女の子達。フェルは、娘だけが7人もいた。一人はすでに夫と子供がいて、お城に残った。それでも6人。
フェルはいつも型破りである。妖怪の寿命は種族によっても違うが、最高8000年と言われている。老化現象が起こるのは死ぬ三日前。そして100歳で成人と認められる。若い時代がとても長いゆえに、子育てを何回も行う。1回に生み育てるのは3人がいいとされていた。それなのに6人。
フェルに良く会いに行っていたエッセル以外の村人があきれた。エッセルも叱ったが、
「え〜? 子供は可愛いもん。一杯いた方がいいじゃない。」
と取り合わなかった。エッセルが、村人から何と言われるかと言った時、ルティーは頭を抱えた。
「カタエルが可哀想でしょ。いつもおっぱいを吸う赤ちゃんがいるのは、とても気を使うわ。特に狐の血を引く子は。…猫の血が入っても20年は動物なんだから。」
純粋な妖狐は、30歳になるまで、人間界の狐と同じ姿をしている。30歳を過ぎると体は人間の姿になり、場合によっては毛も抜ける。そして、人の姿になるまでは、年はとっても中身は赤ちゃんのままで、言葉も話せない。だから、世話が大変なのだ。
「あー、痛かったよぉ。お父さん、力いっぱい僕の事をぶつんだもの。カタエル〜、お尻撫でてー。」
フェルが、妻に抱きつく。甘えた声を出して、涙まで零して見せる。カタエルは、夫を慰めた。こんな情けない父親でも、子供達は馬鹿にしないから、不思議だ。
第二者の部下として戦っていた凛々しい姿は、今は見る影もないように見える。その時。
「フェル!馬鹿をやっている場合じゃねぇ。盗賊どもが攻めてきやがった。数が多くて、エッセルさんもてこずっているみてぇだ。早く行ってくれ。」
お向かいさんが家へ飛び込んできた。
「嘘ぉ。やったぁ。久しぶりにお肉が食べられる。そりゃあ、急がなきゃ。」
フェルはお尻をしまうと、疾風のような速さで外へ走り出した。
「フェルの奴、何やってやがんだ。…やべぇ。何匹か、村の方へ行きやがった!」
エッセルは青ざめた。村で盗賊と互角に戦えるのは、彼とフェルしかいない。一人でも村へ行ったら…!全て滅ぼされてしまう。かといってここを離れたら、もっと悪くなる。
どおん。ばあん。
凄い轟音がした。エッセルの体から少し力が抜ける。やっと、フェルが来たのだ。音の正体は、爆発物を含む植物の種。エッセルが息子に教えたものだ。
「ご免ねー。遅くなっちゃって。カタエルにお尻を撫でてもらっててさぁ。」
フェルの間の抜けた声に、盗賊たちがいきり立ってフェルを襲う。どかっ。ばきっ。
「お尻を撫でてもらったからって、またお仕置き!ってことないよねぇ。お父さん。」
どごっ。どすっ。ぎゅうううう。
「ぎゃあああぁぁ…。」
「ねぇ、どうして返事をしてくれないの?」
「うるせえ。おめえは、悪趣味なんだよ。笑いながら、首しめるな。」
「何でー? だって今日は久しぶりに肉料理が食べられるのにー。兎いるよ。あ、鼠だぁ、カタエル喜ぶよー。」
フェルは大声をあげる。狐だから、兎は大好物だ。どんなの作ってもらおうか。夕飯を楽しみにする無邪気な子供みたいな事を考えながら、次々と盗賊たちを倒していく。フェルには、盗賊たちが料理に見えた。
「おじさん、これ大好きでしょー。はいどうぞ。」
「ああ、いつも済まないな。あんた達親子がいなかったら、この村なんか何千年も前に、滅んでいたよ。」
「またまたぁ。おだてたって、他の人にもあげないといけないんだからぁ。」
フェルがにこにこ笑って言う。手に持っているのは肉。もっとも戦いに慣れていない人でも何ともないように、処理してある。人間界のスーパーでパック入りの肉を売っているように。
「神父様もどうぞ。」
「有り難う、フェル。あなた達の活躍で、またこの村が救われました。」
フェルは、へへっと笑った。そして、じゃあね、と笑いながら、家へ帰っていった。
「ただいまぁ。皆に肉を配ってきたよー。皆、お礼を言ってくれたあ。」
「それは良かった。さあ、こっちへ来て尻を出しな。さっき言ってたやつの仕置きをしてやる。」
「えええ〜。そんなぁー。」
「さっさとこい!今度逆らってみろ。鞭を使うぞ。」
エッセルは、息子の体をぐいと引き寄せた。膝へうつぶせにして、ズボンと下着を下ろし、まだ赤いままのお尻へ平手を振りおろし始めた。
「さっき、頑張ったのに〜。痛いよぉ。」
フェルは、また、情けない姿に戻っていた。
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