兎の少年ラルスの物語
32話
第一者の城。ギンライが引退し、現・第一者はトゥーリナという蛇蝙蝠の男になっていた。まだ年若い彼は、格下である筈の第二者ザンにこき使われていた。そんな忙しい彼の部屋へ、幼馴染で親友で部下でもあるターランが入ってきた。
「トゥー、君にお客さんだよ。」
「この忙しいのに、なんだっつーんだよ。」
トゥーリナへ、ターランは首を振って見せた。
「第一者様がそんな態度は駄目でしょ。皆に敬われてこそなんだからね。」
「はいはい。で、何の用なんだ、そいつは。」
「部下志望ではないみたい。だから、面接室じゃなくて、応接室に通しておいたよ。」
「ふーん。」
「凄い人だから、話し次第では、部下になってくれるかもね。」
「どう凄いんだ?」
「見てのお楽しみ。」
ターランはにやりと笑って見せた。
「何だよ、それ。教えろよ。」
「いいから、早く行って。お客さんを待たせちゃ駄目だよ。」
ターランはトゥーリナに手を振って見せた。
「けちくせぇな。」
トゥーリナは立ち上がると、仕事部屋を出て、応接室へ向かった。
『凄い奴か…。』
応接室の前でトゥーリナは、第一者らしい貫禄を作るべく、立ち止まった。どんな凄い奴だか知らないが、第一者になったばかりの小僧っ子となめられないようにしなければ…。
戸を開けた。いかめしい顔を作って見せたのに、座っている男の様子に驚いた彼は、目を見開いてぽかんとしてしまった。
そんな彼の様子に気づかないのか、座っている男はにっこりと微笑んで見せた。
「お忙しい所を邪魔して済みません。第一者トゥーリナ様。僕、ラルスって言います。初めまして。」
立ち上がって妖魔界式の最敬礼をした男は、そう、辺境の小国の兵隊達に殺されたはずのラルスであった。
「宜しく。」
我に返ったトゥーリナは、男の前のソファに座った。 彼は、ラルスと名乗った兎の体を眺めた。片耳は半分しかなく、片目はまぶたが窪んでいることから目玉がないことを想像させ、顔は傷だらけ、首には真一文字の傷が走り、両手の指が数本なかった(壊れてから、城を襲うまでの戦いで失った)。「しっかし、ずけー傷だな…。百戦錬磨って、あんたみたいのを言うんだろうな…。」
はー、と感心したトゥーリナは、ふと何か違和感を覚えた。
『ん?何だ、この変な感覚…。』
何か不思議なものを目の前の男から感じるのだが…。それが何なのか探ろうとしたトゥーリナだったが、
「えへへ、僕、そんな凄くないですよぉ。第一者様。」
ラルスの返事を聞いて、彼は引っくり返りそうになった。傷だらけで威圧感たっぷりなのに、子供っぽい口調と声…。ショックで、違和感については忘れてしまった。
「何だよ、その甲高い声と喋り方は。ギャップあり過ぎだぞ。…いや、声はしょうがねえけど、喋り方が外見に合ってねぇ。もっと男らしい喋り方にしてくれよ。」
ラルスの目が点になった。「…あ、いやー。だってよ、ラルスさんだっけ?あんた、もうちょっと自分の見た目ってもんをよ、気にした方がいい。」
「うわあ、第一者様にまで、喋り方で怒られちゃった…。…えへへ。凄いかも、僕。」
くすくす笑っているラルスに、トゥーリナが怒鳴る。
「せめて、俺!!」
「えー、やだ。…ねえ、第一者様。僕ね、実はあんまし時間が無くて、そろそろ、用件について話したいんだけど、いいですか?」
トゥーリナは顔をしかめたが、自分も時間が無いのは同じなので、諦めることにした。
「はいはい、どうぞ。」
「わ、有難う御座います。…えーと、あの、つかぬことをお聞きしますが、前の第一者様、ギンライ様ってどうなったんですか?」
「どうなったって…。親父は引退しただけだから、普通に生きてるぞ?や、まあ、あんま元気はねーけど。」
トゥーリナはぽかんとした。ギンライの引退は、テレビでちゃんと放送してるし、テレビの無い地域にも知らせたはずなのだが…。「…妖魔界は広いからなあ…。連絡漏れの所があったかな…。」
「え、親父?今、第一者様、ギンライ様のことを親父って言った?」
「あ?それも知らないのか?親父の引退よりも、大きいニュースになったんだがな。」
トゥーリナは息をつく。「そんな、何にも知らないなんてよ。なあ、あんた、どれだけ妖魔界の端っこに居たんだよ?」
ラルスは全くトゥーリナの話を聞いていなかった。
「そうなんだ…。生きている人居たんだ…。」
「え?誰が生きているって?親父が死んだら、それこそ大ニュースだろ。」
『こいつ、一体何なんだ…?』トゥーリナは、目の前の男は少し頭がおかしいのかもしれないと思いはじめた。
「いや、あのぉ…、僕以外にもギンライ様の子供がいたなんて、知らなかったから、僕、吃驚しちゃって…しちゃいました。」
「別に、無理して敬語にしなくてもいいぜ。…え?あんたも親父の息子なのか?…俺の兄弟?」
『こんな変なのが俺の兄弟…。』ちょっと嫌だなあと思っているトゥーリナに向けて、ラルスはバッグから、ぼろ布を取り出した。
「これが証拠だよ。」
ぼろ布の真ん中には、赤いギンライの名前の頭文字。そして、下の端に小さくラルスの文字。
「あ、それが、親父が子供を捨てる時に、持たせる奴か…。初めて見た。」
「え?第一者様は持ってないの?」
「俺を拾った奴は、それを捨ててしまったみてぇだ。…そんなことよりよ、ラルス、あんた俺の兄弟なんだから、第一者様はやめようぜ。トゥーリナって呼んでくれ。」
「いいの?やったあ。じゃあ、トゥーリナって呼ぶね。」
ラルスはにこにこ微笑んだ後、「あ、ねえ、トゥーリナって、いくつ?」
「俺は800と少しだけど…。」
「じゃ、僕がお兄ちゃんだ。」
「…あんたは兄貴なのか。」
トゥーリナは、こんな子供っぽいのが、兄貴かよ…と、少しだけ落ち込んだが、
『どんな奴でも兄貴は兄貴だ。初めて会った兄弟なんだし…。優しくしておこう。』
トゥーリナは立ち上がると、ラルスを見た。
「な、兄貴。生きてるって分かったら、親父に会いたいだろ?今なら、発作も落ち着いているはずだし、会いに行こうぜ。」
「有難う。」
布を仕舞っていたラルスも立ち上がったので、トゥーリナは先に部屋を出た。
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