兎の少年ラルスの物語

31話

 数十年後。ラルスは、切り立った崖の上にいた。彼の視線の先には、城と城下町があった。辺境の小国。
「ここの兵士達なら、手応えがありそう。楽しみだなあ…。」
 ラルスはくすくす笑った。壊れてから、色んな町や村を襲っていた。その理由は、いつ出会えるか分からない旅人を狙うよりも、沢山の人達を好きにできるからだ。しかし、最近はそういうのにも飽きてきた。それで城を次の目標にしたのだ。といっても、いきなり大きな城を狙っては、殺してくれと言っているようなもの。まずは小さな国からということで、ここを選んだ。
 『でも、平和に慣れて大きくなった城よりも、こういう所の方が兵士達は強いんだよね…。だって、僕と同じ考えを持つ人なんて、沢山いるだろうし。』
 そう、助けを期待できない辺境の小国ゆえに、強くなるというわけだ。しかし、今まで命の危険にさらされてこなかったラルスは、今回も、多少の怪我はするかもしれないが、無事なはずだという根拠のない自信があった。

「陛下。最近、町で賊が出現するそうです。」
「うむ…。」
 王は深く息を吐き出した。「またか…。」
「いえ、今回の賊は金銭ではなく、殺戮が目的のようなのです。」
 一瞬静かになった後、会議室にいた他の者達がざわめく。
「壊れた者に狙われたと言うことですか?」
「多分…。」
 騒ぎが大きくなった。
「なんということ…。」「壊れた者って、命を玩具にする奴…?」「盗賊ごときなら何も問題はないが…。」「そんな奴が何故我が国を…。」
「そんな不届き者は、僕の部隊で簡単に始末いたします。明日にでもその者の首を陛下の御前に…。」
 成人したばかりというような若者が名乗り上げた。騒ぎが収まる。
「そのような者を片付けるのに、貴方様の手を煩わせる必要はございません。」
 別の男が言った。若者とは違って、常に前線で戦ってきた貫禄がその男にはあった。
「僕に逆らおうっていうの?平民出が。」
 若者は男を睨んだ。
「口を慎め。彼がこの国のために尽くしてきた功績の前では、平民出など些細なこと。」
 王が言った。「しかし、お前の気持ちも分からなくはない。今回はお前が出向き、賊を討ち取ってみせよ。」
「有り難き幸せ。」
 若者は意気揚々と出て行った。
「陛下…。壊れた者を侮ってはいけません。彼らは、自分の死すら恐れずに楽しむのです。あの方の実力では返り討ちにあう可能性も…。」
 若者に異議を唱えた男が言った。
「戦わねば強くもならない。このままくすぶらせておくより、ずっと自分のためになるのだ。」
 王は、もうこの話は終わりだというように、男から視線をそらした。

「そろそろ来ると思うんだけどなー。」
 ラルスは呟いた。いきなり城の中に攻め入るほど、彼は馬鹿ではない。彼は城下町の住民を襲った。殺し方を残酷にしておいたので、国民を大事にしている国なら、犯人を捕らえに来るだろうと思ったのだ。「ん…?」
 沢山の人達が歩いている音がする。
「やった、来たよ。さあて、どれくらいの力があるのかな…?」
 ラルスは心から笑った。

「なんだ、全然強くないよ…。僕が弱いって思われたのか、この人達が弱いのか?どっちだろ。…うーん、多分、僕が弱いって思われたんだよね。兵隊が弱かったら、この国なんてとっくに滅んでるでしょ。うん。きっとそうだ。」
 ラルスは、自分が殺した兵隊達の間を歩いた。「えっと、この人が偉そうだった気がする。」
 遺体の中から、指揮官らしくみえた男の首を持ち上げた。
 『この人が死んだのを、お城の人に分かるようにすれば、今度こそ強い人達が来るよね。』

「大変です!!」
 王の間に伝令役が飛び込んできた。
「何だ、騒がしい。」
「城の前に、この…。」
 伝令役は、布をかぶせた小さな台を持っていた。それを見た王が目を見開く。
「それはまさか…。」
「はい…。」
 伝令役の返事に、王は目を閉じた。
「お前の言う通りになってしまったようだ…。…行ってくれるな?」
 あの男が王の側に立っていた。
「はい。必ずや、壊れた者の首を御前に。」
 男は部屋を出た。若者の両親が血相を変えて歩いてくるのが見えた。外へ出ると、若者が指揮していた部隊の隊員の両親達も絶望的な表情で、呆然と立っているのが見えた。
 男に怒りはなかった。無力感が体を支配する。壊れるというのは、戦いに生きる者なら誰もが通りがかる道。その道に入り込むか、手前で踏みとどまれるかどうかは、運の要素も強いのだ。壊れかかったことがないせいで、甘く見てしまった若者、王が哀れだった。

「うん、今度こそ強い人が来るよね。」
 ラルスは楽しげに笑った。「楽しみー。」

「居たぞっ!! いいか、回り込んで逃げられなくしろっ。」
 男達の怒号がラルスの耳に届く。彼はくすくす笑った。
「別にそんなことしなくても、僕は逃げないのになあ…。戦いたくてあんなことしたって、分かってくれなかったみたい…。残念だけど、しょうがないのかな。」
 ラルスが大人しく待っていると、男達が彼を囲んだ。隊長らしい男が、前に進み出た。ラルスは知らないが、読者は知っている、若者の代わりにラルスを倒そうとしたあの男だ。
「念の為に訊く。町の人達を殺めたり、先発隊を全滅させたのは、兎、お前か?」
「そうだよ。僕ね、壊れちゃったの。でね、色々殺してきたけど、最近飽きちゃったんだ。だからね、今度は強い人と戦いたくて、ここに来たの。」
 ラルスはにっこり微笑んだ。
「…。」
「最初に来た人達は弱くてがっかりだったよ。小父さん達は強いのかな…?僕を楽しませて欲しいなあ…。」
 くすくす。ラルスは、背中の剣を引き抜いた。「じゃ、遊ぼっか。」
 ラルスは剣を構えると、隊長らしき男を見た。
「見た目はともかく、まだ子供か。可哀想に。誰も助けてくれなかったのか。」
 切りかかろうとしたラルスは、剣を下ろした。
「うん。お父さんは、僕を置いて死んじゃった。生きていてくれたら、壊れなかったかもね。でも、可哀想じゃないよ。僕は楽しいもの。」
「それは、お前が壊れたしまった後だからだ。最中は苦しかったろうな。」
「そうかも。でも、もうそんなのどうでも良いよ。そんなことより、早く戦おうよ、ね。」
「…分かった。」
 言い終わるや否や、男が剣を振るう。慌てたラルスのこてに剣が当たった。
「小父さん、強いね!僕、楽しめそう。」
 ラルスの笑みが、先ほどまでの純粋さを捨てて、歪んだものに変わった。「あなたの血の色が楽しみだよ。」
 ラルスは下ろしていた剣を振り上げた。男の頬に傷が走る。

 『この兎…。なめてかかると痛い目に合うな…。』
自信たっぷりに喋るだけあって、兎は強そうだった。子供っぽい表情と話し方に騙される所だった。この様子だと、本人には騙すつもりはなさそうだが…。
 気を引き締めて、男は兎と対峙した。

 部下達は壁を作っているだけで、ラルスと男の戦いを邪魔しなかった。ラルスと男では、男に分がありそうで、嬉しいと思いつつも、ラルスは少しだけ焦っていた。
 『もしかして、僕は負けちゃうのかな…?』
 しかし、男が一瞬の隙を見せた。ラルスは嬉々として、剣を槍のように突き出した。剣が男の胸に吸い込まれる。『やった。』
「今だっ!!」
 心臓を貫かれた男が叫ぶ。
「え?」
 どすっ、どすっ、どすっ。壁と化していた男の部下達が、槍や剣をラルスの体に突き立てた。「…っ。」
 何が起こったのか分かっていないラルスの頭が飛んだ。頭が転がったので、ラルスは目が回った。
 ラルスは、自分の体に沢山の槍や剣やが刺さっているのを見た。
「ああ…。僕、死んじゃう…。」
 体に頭を拾えと命令してみたが、体は少し動いたところで、男の部下達に取り押さえられた。傷を癒した男がラルスの側にやってきた。男は、神父様のように耳ではなく、ラルスの髪の毛を掴んで頭を持ち上げた。
「終わりだ。陛下の御前にお前を差し出す…。安らかに眠れ。」
 男が何かをしたのか、それとも、首を元に戻せなかったせいなのかは分からないが、ラルスの意識が遠のいていく…。意識を失う少し前、父、シースヴァスが人を殺したのを初めて見たときも、頭が転がったんだったと思った。父を思い出し、ラルスは少し幸せになった。
 『お父さんの所へ逝けるのかな…。』
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