兎の少年ラルスの物語
25話
テレビがついた。ギンライの寝室ではなく、番組の司会者が写っていた。
「ザン様の言葉を正しく理解できず、皆様にショッキングな映像を見せてしまい、真に申し訳ありませんでした。」
司会者は、謝罪の仕草をした。「しかし、ギンライ様の今のお姿を正しく伝えたとも言えるわけでして、このことについては…。」
司会者はまだ喋っていたが、ラルスは宿屋へ向かい始めた。
『もう、いいや…。』
「ふぅ。」
もう一度お風呂へ入る気分にもなれず、ラルスはベッドにひっくり返った。「発作ってあんなに暴れるほど、苦しいんだ…。」
ザンが激しい苦痛と言うのを聞いて、ラルスが想像したのは、体を丸めてじっと耐えている姿だった。彼が想像出来る一番強い痛みは、父に思い切り鞭でお尻を打たれた時のもので、血が出ることもあるとはいえ、あんなに暴れる痛みではなかった。あれは、どんなに辛く苦しいのだろうと思うと、ラルスは怖くて仕方なかった。
彼は目を閉じた。
そこへ、父が入ってきた。お尻をぱんっと叩かれる。ラルスは、痛いのと吃驚したので目を開けた。
「黙っていなくなっちまったから、何処へ行ったか探したぞ。」
「あ、ごめんなさい。」
父がなおも叩こうとするので、慌ててラルスは体を起こした。「なんか…辛くなっちゃって。」
起きたラルスをひっくり返して叩こうとしていた父が、手を止めた。
「…まあ、確かにちょっと…。精神的に辛いものがあるよな、あれは。」
父はラルスにお仕置きしようとするのを止めて、自分のベッドに座った。「地獄の責め苦もあんな感じなのか…?俺、死にたくなくなってきた。」
「え?」
ラルスは吃驚した。「何言ってるの?」
「ラルス、俺はな、天国に行かせてもらえるようなことをなーんにもしてきてねえ。地獄に落とされても仕方ねえことばかりならやってきたが。俺が死んだら、絶対に地獄の使いが迎えに来ると確信してんだ。」
「そうなの?…でも、僕を育ててくれてるよ。」
「そんなんで帳消しにはならないな。」
父はふっと溜息をついた。
「えー?お父さんって、実は極悪人なの?」
「ラルス、お前なぁ!…やっぱり、いなくなって、俺を心配させた罰の尻叩きしてやるかな。」
父が立ち上がったので、ラルスは慌てた。
「わー、冗談だよ、冗談。ぶたないで!心配させてごめんなさい。」
「本当に悪いと思ってんのか?」
「思ってまーす。ほんと、ほんと。」
「あんま反省しているように見えないな…。」
父は疑っているような表情をしたが、座り込んだ。「まあ、いいやもう。大人のお前を右手だけで叩くのって疲れるし…。」
「…。」
ラルスはほっとすると同時に、そうなったのは自分のせいなのだと思うと、喜んで良いのかどうか分からなくなり、複雑な気分になった。
「そんなことより、ラルス。」
「何?」
「今日のテレビで、とりあえず、ギンライ様は無事だって分かった。治安も良くなると思う。だから、旅に出よう。」
「えっ!?」
ラルスは憂鬱な気分が吹っ飛んだ。
「確か、家を借りるとか言って資金を貯めてたな。その金で旅支度を調えよう。」
「で・でも…。」
「ギンライ様のあんな姿を見せられたら、こんなとこでくすぶってる暇はねえってお前も分かったろ。確かに、俺はもうただの足手まといでしかねぇ。でも、治安が良くなりゃ、俺でもまだ戦えるさ。戦闘経験は、お前よかよっぽどあるしな。お前も、きつい仕事で体力が増えてるし、どんどん強くなってる。何も不安になることはねえさ。」
「そうかなあ…。」
「…そりゃ、正直俺だって不安さ。でも、時間がねえ。たった200年の間に、ギンライ様はあんなに弱ったんだ。後、100年も時間があるように見えるか?」
「見えない…。」
「だったら行くしかねえ。何、もしものことがあっても、若くて元気なお前は生き残れるさ。その時、お前にやる気がなければ、神父様の所へ帰ればいい。当初の目的はもう果たしてるんだしな。」
「変なこと言わないでっ!!」
ラルスは怒鳴った。「お父さんと僕は、ずっと一緒だよ。」
「俺だって勿論そのつもりだ。無駄死にするつもりなんてねえ。ただ、可能性を言っただけさ。」
「…うん。ごめんなさい。怒鳴ったりして…。」
「親に怒鳴るなんて、いつもならお仕置きものだな。でも、今日はいい。色々あった。とりあえず、風呂入ってこい。枕が汚れた。」
「げっ、女将さんに怒られちゃう。」
ラルスは枕を持つと、こっそりお風呂で洗うことにした。
「じゃ、行ってくるね。」
「ああ。見つかるなよ!」
父の声を背に、ラルスは急いでお風呂に向かった。
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