兎の少年ラルスの物語

20話

 そんなある日。お父さんの強さは限界にきているし、自分はまだまだ戦闘経験の少ない未熟なひよっこなのだと思い知らされる時がきた。
 父が膝をついた。何処も失ってはいないが、酷い怪我だ。ラルスは動けるには動けるけれど、もう剣を振るう力がない。
「僕達ここで死ぬのかな…。」
 本当のお父さんにも会えず、神父様と再会することもなく…。重い気分でいるラルスの言葉を聞きつけた相手が、ちょっと笑った。
「おいおい、随分な言葉じゃないか。最初から殺すなんて言ってないだろ?」
「そうだったっけ…?」
「それに、お前はほんとまだ幼いんだな。俺が余裕たっぷりに見えるのか?」
「笑ってるし…。その槍、僕とお父さんを一緒に串刺しに出来そうだよ?」
 ラルスが言うと、相手はいかにも楽しそうに笑った。
「そうできたら、そうしてもいいけどな。俺も限界だ。ま、金は諦めるさ。」
 ラルスの目には、どこが限界なのかちっとも分からない相手は、何故か楽しそうにしながら、ラルス達の前から去っていった。
「よ・良かった…。生きてる…。」
 ラルスはがっくりと膝をついた。「お父さん…、大丈夫?」
「ああ、なんとかな…。」
 父の声が聞こえてきて、ラルスは安心した。
 それからそこで暫く休んだ後、ラルスはお父さんを助けながら、近くの町へ向かった。

「金貨20枚…。」
 ラルスが財布の中をじっと見ていると、医者が言った。
「二人でね。」
「僕は疲れているだけで、何ともないんですけど…。」
「お父さんを治療するのに、妖気を随分と使っているだろう?宿屋で寝転がっているだけだと、回復するのに時間がかかるよ?」
「…分かりました、お願いします…。」
 ラルスは溜息をついた。「お金は今すぐに払うんですか?」
「10枚だけ先に貰う。残りは退院してから。お父さんはともかく、君は早く退院できる可能性もあるしね。」
「分かりました。」
 ラルスは金貨を10枚数えると、医者に渡した。

 病院のベッドに横になる。ラルスの怪我の治療はすぐに済んだが、父の手術は暫くかかりそうだ。医者が何気ない様子で、君のお父さんの左手はもう動かないよと言った。
「お金だったら何とかしますから、動くようにして下さい!」
 ラルスの怒鳴り声に顔をしかめた医者は、
「君が、王様くらいのお金を持ってきても無理だね。」
 にべもなかった。
 医者があまりにも素っ気無いので、ラルスはいらいらしていた。今は仕方ないが、二人が回復したら別の町を探して、そこで診てもらおうと決めた。そう考えると、少し落ち着いた。

 次の日、ラルスは退院した。医者は、後三日はいるべきだと言ったが、体の調子が普通になったので、退院すると言い張った結果だった。そのお蔭で、金貨を5枚減らせた。
「金貨5枚って、ぼったくりすぎだよ。」
 父は思っていたよりも重い怪我で、集中治療室という所にいるから、金貨15枚でも惜しくないが、自分はただ寝ていただけ。最初から財布を気にしていたので、足元を見られたという感で一杯になった。「世の中って大変だな…。盗賊と戦ってる方が楽かも…。」
 その盗賊と戦ったせいで、今こんな思いをしているわけなんだけれども。ラルスは思い出してちょっと笑った。戦うのがあんなに嫌だった筈なのに…。嫌な気持ちを振り払い、ラルスは宿屋を探し始めた。

 父が退院した。リハビリの為に、通院する必要はあったが、それでも退院したのだ。ラルスはほっとしていた。財布がだいぶ軽くなっていたので、病院にかかるお金が減ったのが嬉しかった。勿論、退院自体の喜びはあるし、その気持ちの方が大きい。けれど、それだけを喜んでいられるほど、彼は子供ではなかったのだ。
 それでも、退院祝いに、食堂で少し贅沢をした。ラルスは常連になっていたので、お店側が気を使ってくれ、頼んだ物の他に、おまけがついた。
「ねえ、お父さん。覚えてる?神父様の結婚式で、お父さんがピンクのお酒を飲んでいて、僕にそれをくれようとしたのに、僕がそれを飲めなかったこと。」
「ああ。お前は、お酒臭くて駄目だって言ったんだよな。確か、よくそんな臭いものを飲めるなあとも言った気がする。」
 ラルスは暫く考えていたが、それは思い出せなかった。
「僕、それは覚えていない。でも、大人になるって不思議だね。今は美味しく感じるよ。」
 お店がくれたお祝いは、一番の安物ではあったけれど、お酒だった。
「そうか…。そうだな。お前ももう立派な大人か…。」
 父は感慨深げに呟いた。ラルスが大人になったからこそ、戦闘訓練を施してきたわけだが、そういうことと、酒が飲めるようになり、なおかつそれを楽しめるということは、また違うのだ。
 父が自分を誇らしげに見ているのに気づき、ラルスは、どうしてかは分からないものの嬉しくなった。
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