兎の少年ラルスの物語

15話

「早くそうなるといいね。」
 ラルスも微笑み返した。
「そうだな。…さて、と。」
 シーネラルが置いていた荷物を背負うと、立ち上がる。「そろそろ行くか。ラルス、生きてギンライ様へ会えるといいな。」
「うん。有難う、シーネラルさん。じゃあね。」
 ラルスも立ち上がると、手を振った。
「ああ。またいつか何処かで会えたらいいな。」
 シーネラルはラルスの頭を撫でると、お父さんの方を向いた。「…シースヴァス、謝って済むことじゃないが、ほんと、済まなかったな。」
「いいさ。」
 お父さんは気にするなというように首を振った。シーネラルは妖魔界式の謝罪と感謝の仕草をすると、またラルスに手を振って、歩いて行った。出て来た時は大きな音を立てていたのに、去る時は殆ど音を立てなかった。
「あれ?帰る時は静かだね。」
「ああ、あれは俺達に今からそこへ行くぞと教えようとして、わざとやったからさ。普通は静かに歩くもんだ。」
「ふーん。そうなんだ。」
 ラルスは歩き方にも色々あるんだなあと感心した。それから、お父さんの手をぎゅっと掴んだ。「…ねえ。お父さん。」
「何だ?ラルス。」
「あのね、神父様もシーネラルさんも“生きて”って言ったんだけど、旅してて生きているのって、そんなに大変なの?」
「…うーん。まあ、そうだな…。今だって、あのシーネラルがただの盗賊だったら、少なくても俺は死んでた。あいつは凄く強そうだったからな。…でも、大抵はあいつくらいに強くなると、壊れない限りは人を襲っても殺さない。前の俺みたいに、ぼろぼろにはされるけど、命までは取らないもんなんだ。」
「ふーん…。どうして?」
「殺すことに何の感慨もなくなるから。…うんとな、初めて殺した時は吐きそうになったりする。でも、慣れてきてからは…その…面白くなったりもするんだ。何故かって言うと、段々自分が強くなっていくのが分かるから、楽しくてしょうがない。その…なんだ。人の命を自分の好きに出来ると思うと、なんとなく、王様かなんかみたいに、偉くなったような気分になる。いつ自分が殺されるかも分からないのに、そんなことは忘れてしまうんだな。
 でも、そのうちにそんなのは夢みたいなもので、本当の自分はただの人殺しの馬鹿だって気づくのさ。それからは、無意味に殺したりはしなくなるんだ。」
「そうなんだ…。」
 ラルスはちょっと怖いような気がした。お父さんも、シーネラルさんもそういう時があったのかななんて考えると…。ちょっとぞっとした。それで、何か別のことを考えることにした。お父さんが分からないことを言っていたのを思い出したので、訊いてみた。「壊れるって何?」
「それは、うーんとな、俺達妖怪は、太陽が駄目なように、魔の生き物だろ。で、今言ったけど、殺すのが楽しくなる時期がある。その時期に、闇に捕まってしまうことを言うんだ。」
 ラルスは顔をしかめた。
「全然意味が分かんない…。」
「普通の奴は、殺して楽しむのが、馬鹿馬鹿しいって気づくと言ったろ。でも、一部、気づかないで、そのことだけが生き甲斐になってしまうのがいるんだ。優しい気持ちとか、可笑しい気持ちとかを感じる部分が壊れちまうのさ。シーネラルは、心の傷が出来る話と治る話をしたけど、そうなるともう治らない。普通の奴らとは違う風になって、人を見かけたら、何の意味もないのに殺すようになるのさ。
 それまでは生きる為に戦っていたのに、殺すことが目的で戦うようになるってことだ。」
「それって、すっごく怖いね…。」
 ラルスは震えた。余計に怖くなってしまった。「僕も戦ったら、そんな風になるの?」
 お父さんが優しく抱いてくれた。
「悪かった。お前にはまだ早い話だったな。もうちょっと、考えてから話せば良かった。」
 お父さんがいかにも済まなそうな顔をしたので、ラルスは慌てる。
「ううん、いいよ、僕が訊いたんだから。」
「それにしても、もっと怖くない言い方があった気がするんだよなあ…。ほんと、ご免な、ラルス。馬鹿なお父さんで。」
 お父さんの言い方が面白かったので、ラルスは笑った。
「いいよ。許してあげる。」
「そりゃ、嬉しい。」
 お父さんがラルスをおぶってくれた。「お詫びに、ラルスが好きなおんぶしてやる。」
「わーい、やったあ。」
 ラルスはお父さんの背に、頭を持たせかけて、その広くて温かい背中の感触を楽しんだ。ぽかぽかしてきて、怖かったことなんて忘れて、つい眠り込んでしまったラルスであった。
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