兎の少年ラルスの物語
7話
神父としては、ご飯が済んですぐ、説明を聞くつもりだったが、村人が礼拝に来たり、少年もやりかけの仕事を片付けたりで、実際に話を再開したのは、夜になってからだった。
「で、わたしに昼の説明をお願いします。」
「まあ、話は簡単っすよ。この少年の名前はラルス。父親は第一者ギンライ様ってだけで。」
シースヴァスの言葉に、神父は目を丸くした。
「じゃあ…あれは噂通りの…。」
「何だ、あの布がギンライ様が子供を捨てるときに持たせるものだって、知ってたんすか。」
シースヴァスの言葉に、神父はかぶりを振った。
「信じたくなかったんですよ。第一者様がそんなことをしているなんて…。」
「…え?何を今更。ああ、…まあ、こんな田舎じゃ噂程度にしか伝わっていないか…。」
「そういう風に言うってことは…。」
「もう事実なんですよ。」
シースヴァスははっきりと言った。神父は顔をしかめる。
「なんて罰当たりなことを…。今に天罰が下りますよ…。」
「時間の問題でしょうね。そろそろ神様が光臨する時期だし…。」
少年は不貞腐れながら、神父様とシースヴァスを眺めていた。自分についての話しの筈なのに、二人とも、第一者とは何なのか、ギンライ様って誰なのか、教えてくれない。
『僕って、何の為にここにいるのかな。』
「どうした、ラルス?何、むくれてるんだ。」
拗ねている少年へ、シースヴァスが声をかけてくれた。
「だって…。第一者様っていうのが何なのか、ギンライ様って人のこととか、教えてくれないんだもん。」
「ああ、そうだった。」
シースヴァスは、ショックを受けている神父をチラッと眺めたが、彼は何の反応も示さないので、自分で説明することにした。「第一者というのはな…。」
第一者。支配すべきものと言われる、この世界の支配者。妖魔界の行く末はその者の手にかかっている。弱肉強食のこの世界ならではのやり方らしく、実力・知性ともに一番に抜きん出た者がその座につけるのだ。
「と、言っても、広い妖魔界全てを一人で治めるってのは無理な話だから、補佐役として第二者ってのがいる。今はザン様だな。こちらも鬼で相当に綺麗な女って話だ。」
「えーっ、女の人なの。強いの?」
少年はびっくりして声を上げる。
「第一者だろうが、第二者だろうが、強くないとなれない。」
「すんごい女の人なんだね。」
「女性は家にいるべきですけどね。」
少年の大声で我に返ったらしい神父が口を挟んできた。「荒事は男に任せて、家事にいそしむのが女の仕事なのに…。親はなぜ好きにさせておくのか…。結婚できないですよ。」
「並の女なら、そうですけどね。第二者になるほどの女が、家にこもっているなんて、勿体無いですよ。」
シースヴァスの言葉に、神父はまた顔をしかめた。
「これだから戦いに生きてる人は…。どうしてそれしか頭にないんでしょうね。」
「それを言うなら、神父様だって、なんで結婚していないんですかね。神様は産めよ増やせよと仰るのに、神の僕の貴方が実践しないのは変だと思いますが?」
シースヴァスと神父は一瞬、睨み合った。
「わたしには、この子が…ラルスでしたっけ、本名は。…こほん。ラルスがいるから、この子を立派な成人にするまではと思っているんですよ。別に神の教えに背くつもりはありません。気になっている女性だっています。」
「俺だって、別に戦いのことばかり考えているわけじゃ、ありませんけどね。いつか腰を落ち着けて、可愛い娘さんと結婚して、ガキ沢山作って、こういった村で暮らすつもりっすよ。」
とりあえず、二人は落ち着いたようだ。少年は…神父に認定されたので…、ラルスはほっとした。
数週間後。シースヴァスは完全に治った。彼は今までのお礼として、暫く教会に留まって、畑仕事などを手伝うことにした。将来、引退した時に、畑仕事の知識が役に立つとも考えた。
『下心つきじゃお礼とは言わないかな。』と彼は考えたが、神父はその方が自然だと思ったようだ。シースヴァスのような男は、受けた恩は忘れるのに、借りだけは倍に返してもらいたがると考えているらしい。そんな風に見られたのは気に食わないが、命を助けてもらったので、特に何も言わなかった。
「それは助かります。薪も大分減ってきたし、これからは収穫で忙しいんですよ。力のあるあなたがいてくれれば、村の皆も喜びますよ。」
神父は微笑みながら言った。
『思ったよりもこき使われそうだな…。まあ、いいか。寝てばかりいたから体力も落ちてるし、リハビリだと思えば。』
と、いうわけでシースヴァスは、また教会にお世話になることになった。
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