兎の少年ラルスの物語
5話
数日たった後。男はだいぶ体力が回復してきて、ベッドの上に起きられるようになった。
「ねえ、おじさん。朝ご飯を持ってきたよ。」
メイドが見知らぬ男の世話をするのを怖がるので、少年がその役を引き受けていた。
「ああ、有難う。」
男は、少年から器を受け取った。「なあ、坊主。俺はまだ若いんだから、おじさんは止めろ。お兄さんと呼んでくれ。別にシースヴァスでもいいけど。」
「おじさん…じゃなかった。お兄さんは、シースヴァスっていう名前なの?」
「ああ、そうだ。ついでだ。坊主の名前も教えろ。」
男、いやシースヴァスに言われると、少年はちょっと困ったような顔をした。
「僕の名前はないよ。」
「ああ、だから少年って呼ばれて…って、名前がないわけねえだろ。」
「そんなこと言われたってないものはないの。シースヴァスさんだって、さっきまで男だったくせに。」
「作者が名前を考えていなかったから、仕方ないだろ。…冗談はともかく、名前を言いたくない理由でもあるのか?」
シースヴァスは兎の少年をじっと見た。
「だって…、神父様が、お前に名前なんていらないっていうんだ。だから、仕方ないよ。」
少年は何でもなさそうに言った。
シースヴァスは呆れた。
「神父様は何を考えているんだろうな。」
「別に今のところ困ってないし…。ほんと、どうでもいいよ。」
少年は、扉に向かって歩き出した。
「何だ、もう行っちまうのか?」
「僕ね、まだ朝ご飯を食べていないの。もうお腹が空いちゃったよ。」
少年の言葉に、シースヴァスははっとした。
「そりゃ、悪かったな。」
「えっ、謝らなくていいよ。じゃ、また後で来るから、寂しくても我慢しててね。」
少年はシースヴァスが何か言う前に、出て行ってしまった。
『別に寂しくねえって…。』シースヴァスは苦笑した。『お前が構って欲しいだけだろ。』
少年が持ってきてくれた朝食を彼は食べ始めた。
お昼。少年は、シースヴァスと一緒に、お昼ご飯を食べようと考えた。
「神父様。あのお兄さんと一緒に、お昼を食べてもいいですか?いつも一人っきりでご飯を食べるのは、寂しいと思うんです。」
「そう言われてみれば、そうかもしれませんね。まだ外に出られないし、たまには気分転換もしたいでしょうから、そうしなさい。ただし、迷惑をかけてはいけませんよ。」
「お昼ご飯を食べるだけなんだから、大丈夫です!」
少年はにっこり微笑んだ。
という訳で、二人分の昼ご飯を持ってきた少年はシースヴァスと二人で昼食を摂っていた。シースヴァスは食べながら、彼の腰を指差し、言う。
「なあ、坊主。前から気になっていたんだけどよ、そのいつも腰からぶら下げている、布は何なんだ?」
少年はいつも、ワンピースのような一枚布で出来た簡素な服を着ている。裾が広がり過ぎないように、腰のあたりを紐で結んでいて、布はそこに挟んである。手拭いを腰からぶら下げるような感覚だ。
「ご飯を食べながら喋ったら、神父様にぶたれちゃうよ。」
「今、いないからいいだろ。」
「あー、お兄さん、悪いんだ。」
少年はどこか楽しそうに言った。やっぱりこの人は、なんか面白い。
「それより教えろよ。飾り布か?…にしては、ボロっちーな。」
「これはね。」
少年は布を手に取ると、シースヴァスに広げて見せながら言った。「僕がここに捨てられていた時に、一緒に置いてあったんだって。神父様は、親を探す手がかりになるかもしれないから、肌身離さず持っていなさいって言うんだよ。」
「これは…、もしかして…。なあ、坊主。俺が手にとってそれを見てもいいか?」
シースヴァスの酷く真剣な表情に、少年は戸惑った。
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