兎の少年ラルスの物語

4話

「何事ですか、一体!?」
 少年が叫びながら飛び込んできたので、神父は仰天したようだ。
「人が死んでるの!!血だらけで、気持ち悪かった…。」
 少年は神父に抱きつくと、ぶるぶる震えた。吐き気がするし、体が冷たいし、気が遠くなりそうだった。
「…何処に、その遺体はあるのですか?」
 神父が静かに訊いた。忘れようとした死体の映像がよみがえってきて、少年は恐ろしさに倒れそうになった。神父が慌てて屈み込み、優しく少年を抱いてくれた。普段の神父は滅多に優しさを示してくれないので、少年は少し元気を取り戻して、彼に抱きついた。
「薪置き場にいます…。」
 場所を言うと、神父様は自分を抱くのを止めて、すぐにそこへ行ってしまうかも知れない。そう思ったけれど、言わないと嫌われてしまう気がして、少年は正直に答えた。
「分かりました。」
 神父は少年をぎゅっと抱きしめた後、彼を離して出て行った。もっと抱っこをされていたかったけれど、抱きしめられたのが嬉しかったので、少年は満足して微笑んだ。

 薪置き場にあったのは、死体ではなかった。そう、盗賊に襲われて大怪我をしたあの男である。男は、村を見つけたまでは良かったが、空腹と怪我が重なり、教会の中へ入る前に、力尽きて気を失ってしまったのだ。
「ああ、良かった。まだ息がある。…まあ、大怪我の上に血だらけでは、あの子が死んでいると思ってしまったとしても、仕方がないですね。」
 神父は男の傍へ屈み込んだ。彼は男の診察を始めた。「このまま連れて行くより、ここで少しでも癒した方が良さそうですね…。」
 神父は目を閉じると、体の周りに流れている妖気(人間にも気孔師という気を操る人がいるように、妖怪もそれができる人がいる)を癒しの気に変えて、男に送った。気はうっすらと男の体全体を覆うと、一番酷い傷を探して蠢いた。傷を発見した気は、凝縮してそこを覆った。気に覆われた傷は、ゆっくりと癒えていく。

 村の神父は何でも屋だ。本業の神父の他に、食べていく為に畑仕事はするし、複式学級か寺子屋のように、子供達を集めて勉強を教えるし、今回のように医者もする。村長をする場合もある。だから、真の神父を目指すものは、まず、そんなに沢山の役割を求められない町で修行をしてから、村の神父になるのだ。

 神父の気はあまり強い方ではないので、全ての傷を癒すのは無理だったが、それでも放置すると致命傷になりそうなものだけは、治せた。神父はそれだけで疲れてしまった。どうしようかと思っていると、少年の悲鳴を聞き、吃驚してやって来た村人達が、恐る恐るこちらを見ているのに気がついた。
「わたしはこの人の治療で疲れてしまったので、済みませんが、この人を教会の客用寝室に運んで下さいませんか?」
 駄目かなと思いつつ頼んだ神父だったが、数人の男達が側に来てくれた。「ああ、有難うございます。」
 村の男達は、怪我人だけではなく、疲れ果ててしまった神父も支えて教会へと連れて行ってくれた。

村の男達が死体を運んで入ってきたので、少年は仰天して悲鳴を上げた。
「この人は生きてるから、そんなに怖がらなくてもいいんだぞ。」
 怯えている少年へ、村人の一人が苦笑しながら教えてくれた。
「そうなの?僕、死んでると思った…。」
「確かに血だらけで凄いもんな…。」
 男達が客用寝室へ消えていくのを眺めていた少年は、男達についていった。男達の一人が、少年へ言う。
「あー、メイドさんにお湯を沸かすように言ってくれないか?後、包帯になる布や、体を拭く布を持ってきて欲しい。」
「うん、分かった。」
 少年はメイドのいる台所へ向かった。

 数時間後。
「う…。」
 男は目を覚ました。いつもは野宿ばかりで、滅多に宿屋に泊まらないのに、今日はベッドに寝ている。
 『金がなかった筈なのにな…。』そこまで考えてから、自分に何があったか思い出した。
「ああ、そうだ…。俺は盗賊に襲われて…。村に辿り着いたところで気が遠くなったんだ…。」
 傷にひびかないように、ゆっくり頭をめぐらせる。質素で清潔な室内には、誰もいなかった。男は、腹が減りすぎて気分が悪かった。「誰か、飯を持ってきてくんねーかな…。」
 そこへ、タイミングよく、男の子が入ってきた。
「あっ、おじさん、目を覚ましてる。」
 男の子は、男の傍へ寄ってきた。「ねえ、何でそんなに怪我したの?」
「盗賊に襲われたんだ…。」
「へえ。怖いね。」
 少年はじっとこちらを見ている。男は、この男の子が誰かを呼んできてくれそうにないので、自分で言うことにした。
「なあ、坊主。俺さ、実はすげー腹が減ってるんだ。悪いけど、なんか食いもんを持ってきてくれねえかな。」
「そうなの!怪我しててもお腹がすくんだ。じゃあ、何か持ってきてあげる。」
 男の子は、とことこ歩いて出て行った。
「…。」
 男は目を閉じて食べ物のことを考えた。
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