兎の少年ラルスの物語

3話

 殺されて、喰われると思ったが…。盗賊どもは男と違って、腹が空いていたり、保存食が尽きたりはしていなかったらしい。男が金目の物を何も持っていないと分かると、盗賊どもは彼に構わずさっさと姿を消してしまった。
 『助かった…。』男は体の力が抜けていくのを感じた。それから、ふと『…俺の方が盗賊だな。』槍は高く売れそうだったし、大槌使いは旨そうだった。二人を倒したら、生かしておくつもりなど、毛頭なかった。それなのに…。男は複雑な気分になりながら、横になっていた。
 暫くすると、動けそうなくらいに回復したので、男は村を探すことにした。腹は減っているし、なけなしの金は奪われてしまった。教会か親切そうな村人を探して、体力を元に戻さなければと考えたのだ。村で雑用などをこなして、旅費や食料を蓄える必要もある。
「さて、慎重に進まなきゃな…。」

 少年が台所へ入っていくと、メイドが食事をしていた。神父は結婚していないので、村娘がメイドをしている。ちなみに、妖魔界では神父は結婚してもかまわない。
「あら、随分と遅いお昼なのね。」
「うん。疲れて寝ちゃったから…。」
「ご飯より眠気だなんて、よっぽど大変だったのね。…そういえば、かめは空っぽだったわね…。そりゃ、疲れるわ。」
 メイドは少年に同情しながら、彼のお昼を用意してくれた。
「ありがと。もうお腹が減って、眩暈がしてきちゃった。」
「じゃ、倒れる前に急いで食べなきゃ。」
 メイドが笑った。少年は笑い返すと、椅子に座った。
 …が。
「痛いっ。」
 少年は飛び上がった。
「えっ!?どうしたの?」
 メイドはびっくりしたが、すぐに思い当たった。「また神父様にお仕置きされたのね。」
「うん…。」
 少年は照れ笑いをしながら、今度は慎重に座った。そしてやっと待ちに待ったご飯を食べ始めた。

 食事が済んだ後、少年は礼拝堂へ向かう。村人が来ているのか、声が漏れている。戸を開けると、村人と神父がこちらを向いた。
「今日は。よくいらっしゃいました。」
 少年は神父に躾けられたとおりに言った。
「やあ。」
 村人が手を上げて答えてくれた。少年は妖魔界式の礼をした後、お祈りを始めた。特に用事がない場合、午後は、お祈りの時間なのだ。
 村人は、外で子供達と遊びもしない、この変わった少年を眺めていたが、神父に声をかけられて、慌てて元の用件に戻った。

 村人の用事が済み、神父と二人お祈りをする。そうやって暫くお祈りをしていたら、体がこわばってきた。
 『疲れちゃったなー。神父様、もういいよって言ってくれないかな…。』許可が出ていないのに勝手にお祈りをやめたら、また叱られてしまうし…と少年が困っていると、
「そろそろ夕飯の支度をする頃でしょう。薪が無くなっていた筈だから、メイドに持っていってやりなさい。」
「分かりました、神父様。」
 仕事を言いつけられた。これは、結構な重労働になるけれど、メイドが呼びに来るまで黙って微動だにせずお祈りをしているよりはずっといい。少年は嬉々として、礼拝堂から外へ出て、神父が割って積んでおいた薪置き場へ向かう。

「薪、沢山いるよねー。今日はとっても疲れる日だ…。」
 話し相手がいないせいなのか、少年は独り言が多い。「でも、夕ご飯が沢山食べられるからいいや。」
 のんきな事を考えながら、少年は歩く。裏口からならすぐだけど、礼拝堂から出ると、薪置き場まではぐるっと回らないと着かない。別に急がなくてもいいので、のんびりと歩く。裏口を通り過ぎて、角を曲がって…。
 少年は凍りついた。
「え…。」
 血まみれの死体が転がっていた。「…死んでるの…?」
 暫く動けないでいた少年は、我に返った。じりじりと後ずさり、悲鳴を上げながら、礼拝堂へ向かって走り出した。
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