壊れたラルスが生きている世界
21話
ほうっておいたら永遠に止まらない。ラルスは息をついた。そのうち飽きるだろうと思ったのに、武夫はリピート再生を止めない。口に笑みを浮かべながら、繰り返している。自身の力が減ってきたら、大気中に漂う魔力を吸い込み、力に変換。その時だけは再生が止まる。変換が終了したら、また再生と巻き戻しを続ける。
武夫は子供っぽいが、だからといって飽きやすいわけではないのだ。ラルスや他の妖怪達にとって、15歳という武夫の年齢は、本人の言動もあいまって、幼児を卒業するかしないか程度に過ぎない。しかし、人間で言えば時代によって違うが大人とさほど変わらない。ラルスはそのことを思い直した。そう、武夫は大人と子供の狭間なのだ。本来ならば。
メーターが低い時の武夫は、まさに幼子。優しく頭を撫でられたいし、抱きしめられてキスされたい。楽しく遊んで笑っていられればそれでいい。父に会いたいと思っても皆が駄目というから我慢する。それ以上に何かしようなんて考えられない。諦めて泣くだけだ。しかし、高い時の武夫は、本来の年齢に近づくようだ。駆け引きをし、欲求を満たそうする。父に会うという欲求自体は可愛らしいが、やることがえげつないのは……。
そうやって考えてみると、ペテルを吹っ飛ばすのも計算のうちだと分かる。本当に感情が高まって爆発させているのなら、何故飛ばされるのがペテルだけなのか。リトゥナや百合恵がいる時は、決してやらないのは何故なのか。シーネラルやトゥーリナ、そしてターランがあんなものではびくともしないと分かっていても、それでも計算なしに気の拳を飛ばすのではないか? 感情が凄く高ぶっている時には、後で怒られるかもなんて考えられないはずなのだから。
「君って実は二重人格? 障碍者の振りをしているだけ?」
記憶の再生が止まった。心の世界すら消えた。二人は現実の世界に帰ってきた。視界の端にシーネラルが警戒しつつ座り込んでいるのが見えた。
「ぶ。」
武夫はラルスをじっと見ている。
「ラルスっ、バリアを張って後ろへ飛べっ!」
シーネラルが叫んだ。どうしてとは訊かず、ラルスは言われたとおりにした。武夫の体から、先の尖った細い紐のような物が飛び出してきた。シーネラルが武夫へ向かって走るのが見えた。ラルスは慌ててバリアを強化する。
『駄目かも……。僕のバリアじゃ、貫かれそう。』
気を使って何かをするのに武夫は長けている。自分は上手くないどころか下手だ。蛇のようにくねるそれは、ラルスの思ったとおり、バリアを壊して彼のお腹に刺さった。
「うえー、武夫ちゃん、それはやりすぎでしょ……。」
ラルスに刺さった物が太くなったのを見て、ザンはうめいた。「内臓が潰れたんじゃ……。」
ザンは城内放送のボタンを念力で押した。
「トゥーリナ、ターランでも良いけど、すぐに居間へ来て。あと、医者も連れてきて。武夫がラルスの内臓潰したっぽい。」
『何言ってんだ、お前。』
「うわっ、何これ。双方なの?」
トゥーリナの声が聞こえてきたので、ザンは吃驚した。
『電話みたいなもんだ。で、何だって?』
「武夫がいつもみたいにヤバくなったから、三人で監視室に逃げてラルスと二人きりにしてみたんだ。あいつがいつもみたいにふざけて、武夫ちゃんの気分をそらしてくれるんじゃないかって期待してたんだけど……。あの馬鹿、武夫ちゃんを挑発しまくってさあ……。」
『つまり、怒ったえおが兄貴に瀕死の重傷を与えた、と。』
「今、シーネラルが武夫ちゃんをなだめて、落ち着かせてる。……あ、ラルスの治療に行った。」
『兄貴も馬鹿だけど、お前らも勝手だな……。』
トゥーリナが深い溜息をついた。
「だってさー、手に負えないんだもん。ペテルだって、毎回吹っ飛ばされるのは嫌だって言うし。」
ザンは口を尖らせた。そのペテルは部屋の隅で震えている。
『まあ……、いいネタ仕入れたから、えおの方はもう我が侭を言わないだろうが……。兄貴も困ったもんだな。……はあ。』
「そんな溜息ばっかついてないで、ラルスを助けないと……。いくら妖怪だからって、内臓がいかれたらヤバいんじゃないの?」
『医者には連絡した。もう少ししたら着くだろ。俺も行く。』
ぶつっ。
「切れた。ほんと電話みたい。……にしても、いいネタって何さ? お笑い芸人や寿司屋じゃないんだから……。悪魔がルトーちゃんから離れたのかなあ……?」
ザンは頭をかしげた。
武夫を説得し終えたシーネラルが側へ来たので、ラルスは彼に微笑みかけた。
「死ねそうかも。」
のんきに言うと、シーネラルに睨まれた。
「馬鹿を言うな。第一者を悲しませる気か。」
彼は屈みこみ、癒しの気をラルスへ放ち始めた。
「あー、それを言われると辛いなあ。僕的には死にたいのに。」
「さっきからなんだ、その日本語は。ちゃんと話せ。……それに、話す元気があるなら、妖気を治療に回せ。俺ばっかりにやらせるな。」
「シーネラルさんってば、親父くさいなあ。説教ばっか。」
ラルスは愚痴りながらも、言われた通りにした。「死にたいわけじゃないよ? 本当は。でもさ、トゥーリナ達とそれなりに幸せな生活を営んではいるけど、だからといって、殺しの衝動からは逃れられない。で、皆が僕が死んだ方がいいと思っているし。僕自身も、殺しを楽しんでない部分があるし。」
「俺はお前が死ねばいいとは思っていない。殺したきゃ勝手に殺せばいい。ここは人間界じゃないんだ。殺される方が悪い。……ただ、ただでさえ未熟な第一者に、皆は不安を抱いている。それなのに、お前がいると……。」
「なんか今さらりと衝撃的な発言が……。」
「何を言ってるんだ。お前まで人間界思考に毒されているのか? 壊れているのに、殺しが悪いと思っているのか?」
「いや、だって……。かつて正義の味方を目指してたのに、その発言はないと思うけど。」
「子供は守らなきゃ駄目だ。いくら強くなったって、大人を倒せるわけじゃないんだ。だが、女はともかく大人は自分の身は自分で守るべきだ。俺達は魔の生き物。殺し、殺され生きている。少なくとも神は妖怪をそう作ったんだから、そう生きるべきじゃないか。」
「なーんか、シーネラルさんのイメージが激しく変わっていくんだけど。僕にあんなに優しかったのは、僕が子供だからだったんだ……。」
ラルスはショックを受けた顔になる。
「その前提がおかしい。俺はお前を可愛がった覚えはない。お前は神父に冷たく育てられたから、何気ない仕草に愛情を感じたんだ。あんなの子供嫌いでもなければ、誰でもやる。」
「そ・そうなのかなあ……。知りたくなかった真実が明かされちゃって、えおに思わぬ攻撃を受けたことよりも、僕は激しく傷ついた……がく。」
ラルスは気を失ったように頭をのけぞらせた。
「遊んでいる暇があるなら……。」
シーネラルが怒り出したので、ラルスは慌てて治療を再開した。その時、トゥーリナから連絡を受けた医者がやってきた。
「お願いしまーす。」
ラルスは医者に微笑みかけた。お腹に大きな穴が開いているのに、他人事のようなラルスに医者達は戸惑いの表情を浮かべた。
08年10月7日
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