壊れたラルスが生きている世界

22話

「ラルスはお前に何を言ったんだ。」
 ラルスが運ばれていくのを横目で見ながら、シーネラルは武夫へ言った。
「えお、なたまわるーの、うちょらって(訳=僕の頭が悪いのが、嘘だって)。」
「……それなら、お前の怒りは正しい……と言いたい所だが、下手すればラルスは死んでいた。」
「ぶ。てかげーちた(訳=手加減した)。」
「殺すのは別に構わない。ギンライや第一者は悲しむだろうが。ただ、人間であるお前は、殺しの重みに耐えられるのか?」
「うー。ろろす、ちてなーって(訳=殺そうとしていないってば)。」
「殺すのは容易い。人間相手ならもっと。ただな、怒りのままに殺して、その後、お前の心がその行為に耐えられるか? 耐えられるならやりたいだけやればいい。ここにいる限り、殺しは罪じゃない。」
「ぶー。えお、人間よ。にとろろち、れない(訳=人殺しじゃない)。」
 武夫が怒り出した。
「殺人鬼じゃないといいたいのか。」
「ちょう。」
「そうか。なら、怒りのまま暴れるのはやめろ。お前は自分が無力な子供だと思っているのかもしれんが、実際は絶大な力を持っている。だから、お前が思いのままにその力を振るえば、殺すつもりがなかったとしても、命を簡単に握りつぶすことになる。
 妖怪は長寿だから、人間には不死身に見えるのかもしれない。が、妖怪だって人間より丈夫なだけで、命は有限。激しく損傷すれば死ぬ。
 ラルスが平気そうに見えたから、お前はさっきの自分の攻撃が、大したことないと思っているんだろう。でも、あれはラルスなりの配慮なんだ。お前があんなに怒ったから、ラルスはやりすぎたと反省したんだろう。だからせめてもの償いに、痛みを感じないように妖気を痛み止めに回した。そうすれば、お前が苦しむことがないと。」
「あう。」
 武夫が俯いた。「あうす、ちぬ(訳=死ぬ)?」
「俺もラルスもある程度は治療したし、医者が5人も来たんだ。多分、大丈夫だろう。」
「えおも、ちたほうがにい(訳=僕もしたほうがいい)?」
「医者の邪魔はしないほうがいい。」
「ちょう。」
 武夫が泣き出した。シーネラルはそれを黙って眺めていた。

 数日後。ラルスはまだ病室のベッドの上にいた。6人部屋で、他に2人の患者がいた。ラルスの心とは裏腹に、体は順調に回復していた。
「えおってば、なんで切れたの?」
 武夫達が見舞いに来たので、ラルスは訊いてみた。
「タルートリーは、天才であるあたしと、優秀な自分の子供である武夫ちゃんが、障碍者なのが許せないのよ。で、いつも武夫ちゃんに、そのことを言ってた。」
「……。」
「親心としてさ、子供に期待しちゃうじゃない。」
「まあ、分かる。」
「で、武夫ちゃんはその期待に何とかこたえたかったのよ。それで、自分の不思議な力を使ってなんとか出来ないか、いつも模索してた。でも、人間界では力をあんまり使えないじゃない。だから諦めていたの。だけど、妖魔界に来たら力が増幅されることが分かったわけ。あんたらが知っている通りにさ。それからは、自分なりに訓練したのよ。それで、今は色々やれるの。」
「じゃあ……。」
「そう。普段は使い道がないからぽやーんとしてるんだけど、あんたのいうところのダークサイドに堕ちた時は、研究成果をフルに発揮するわけよ。」
 ラルスは武夫を無言で見た。彼は無言で武夫の頭を撫でた。
「そっか。頭が良く思えたのは、力を使っていたからなんだ。ということは、僕の言葉はあまりにも無神経だったんだね。」
「ぶ。」
「ごめんねー。」
 ラルスは深く頭を下げた。



08年10月8日
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