妖魔界村

| | 目次へ

 再び、教会。
「なあなあ、村長。」
 傷が酷いので、ザンは聖水を飲まない方がいいとの診断が出た。ジオルクが薬を調合している間、暇なザンはタルートリーに問い掛けた。
「何だ?」
「どうしてトゥーリナを追い出さないんだ?」
「姫君らしかぬ発言だの。」
「俺はトゥーリナと好きで喧嘩してるんじゃないぞ。あいつが百合恵達に暴力を振るうのが許せなくて殴るんだ。それに今日はあいつから手を出したんだぞ。」
「わたしはそんな事を言っているのではない。」
「じゃ、何て言ってるんだよ。分かるように言え。」
「トゥーリナ一家を追い出したら、家族はどうなる? 姫君や王といった押さえのない場所であの者はどう振舞う?」
「あ……。」
 ザンだけでなく、聞いていたジャディナーもはっとした。
「トゥーリナは、姫君がジャディナーと結婚してから大分大人しくなった。家族にも、村の者にも。」
「だから、村長は……。」
「そなた達のように冷酷に考える事も出来る。トゥーリナ一家が出ていけば、村は安泰する。家族達や、あの者が住んだ外の町や村の者がどうなろうと、わたし達さえ良ければ……とな。」
 タルートリーは言う。「しかし、わたしにはそこまでの無責任さはない。この村には、トゥーリナを制する姫君が居て、あの家族を支えるネスクリが居る。だからわたしは、トゥーリナを出しはせぬ。」
「村長って、やっぱり村長なんだな……。人の上に立つ者の重みが分かってるんだ。」
 ザンは感心した。ジャディナーが俯く。
「わたしは自分が恥ずかしいです。妻や子供に暴力を振るい、村人に迷惑をかけるトゥーリナを非難しながら、彼が出ていけばいいんだと思っていた。彼さえ出ていけば、わたしたちは安心して暮らせると……。あの男と暮らす家族のことは、何も考えていなかった……。」
「人は大抵自分が可愛い。許容範囲も狭く、全ての生きとし生ける物を愛するなど出来ない。出来るのは大切な者だけ。それでいいと思う。」
 タルートリーが言った。「ただ、わたしは民が大切だと思っておる。だから、広い目で考える。百合恵の考えも分かる。無理に離婚させるなどもってのほか。今の環境が最良だと思う。だから、今のままでいく。」
「それは皆に言おうぜ。そうすれば、陰口叩く奴も、俺等みたいに狭い考えの奴も、村長の深い考えが分かる。」
 ザンが言った。「言わなきゃ分からないことだってあるぜ、村長。」
「言わずとも皆が分かっておるとは、わたしは思っておらぬぞ。」
「じゃあ、何で言わないんだよ?」
「わざわざ言うことだとは思えぬからだ。それよりも、陰口とは何だ? 初めて聞いたぞ。誰ぞ、わたしの悪口を言う者がおるのかの?」
「えっ、村長、知らなかったのか?」
 ザンは吃驚した。「もう少し村人の声に耳を傾けろよ。高みにいるのは良くないぞ。俺みたいに降りて来い。世間知らずのままじゃ、ドルダーとネスクリにいいように利用されて終わるぞ。」
「二人は良い者達である。」
「別に悪人とは言ってないぜ。」
 ザンは苦笑した。
「姫君の言い方では、そうとしか聞こえぬが。」
「いや……。まあ、そうかもな。……それはともかく、もうちょっと皆と交流しようぜ。折角、ペテルを息子にしたんだ。子育ての悩みなんかも話せば、皆、村長を理解する。」
「わたしは理解されていないのか。村長の器ではないと思われておるのだな?」
「ネスクリさんが立派過ぎるんですよ。村長さんに問題があるのではなく、皆の目はネスクリさんに行くので、村長さんが何もしていないように思えてしまうのです。」
 ジャディナーの言葉に、タルートリーは考え込んだ。
「今のままではいかんのか。」
「まあ、皆の理解が足りないのが問題だけど、村長の努力も必要だよな。だから、交流しろって俺は言ってる。」
「ふむ。考えてみよう。」
 タルートリーは立ちあがると、玄関へ向かって歩いて行く。「神父、皆の者、世話になった。」
 タルートリーは教会から出て行った。


「世間知らずって怖いな。俺も偉そうなこと言ってないで、もっと勉強するか。」
 ザンは頷きながら言った。
「その前に、円満な家庭を築く方法についてわたしと話しませんか?」
 ジャディナーがにっこり微笑みながら言った。妙な迫力があり、ザンは当惑した。
「え?」
「わたしは確か、家で大人しくしていて欲しいと言った筈ですが。」
「……そうでした……。」
 ザンは俯いた。怪我をしたのでお仕置きは免れそうだけど、これは嫌と言う程叱られそうだ。
「喧嘩の理由も教えて頂きたいですね。まあ、今回はいつもと違うそうですが………。」
「うん、そうなんだ……。」
 怯えているザンを見て、薬の調合を終えたジオルクが、笑いながら近づいて来た。
「勇猛なザン様も、ジャディナーの前では形無しですな。」
「はははは……。」
 ザンは力なく笑った。


 百合恵は床掃除をしていた。トゥーリナが歩いた所に血が染みているからだ。全ての掃除が終わった後、彼女はトゥーリナの寝室の扉を見た。寝ている所を起こしたら、殴られる。しかし、生きているのかどうか、心配だった。彼女は、勇気を振り絞って、そうっと戸を開けて、中に入った。


 リトゥナが村を出て町の酒場に酒を買いに行こうとすると、ソーシャルがやって来た。
「お兄ちゃん、何処へ行くの?」
「お父さんのお酒を買いに町に行くの。ソーシャルちゃんも来る?」
「うん、行く。ふわふわ君に会いたい。」
 ふわふわ君とは、町に住む二人の友達、ケルラのあだ名だ。子猫で体中の毛が、まだ立ってふわふわしているので、「ふわふわ君」と付けた。
「いるといいね。」
 普通、子供だけで出掛けるのはとても危険なのだが、妖魔界村と隣町は非常に近いので、子供のお使いが可能だ。
 二人は並んで歩いた。トゥーリナが虐待する所為か、それとも元々の性格なのか、リトゥナはソーシャルにとても優しかった。だから、ソーシャルもリトゥナの言うことを良く聞いた。二人は仲良し兄妹だった。


 トゥーリナはベッドに横になっていた。百合恵はそろりそろりと側に寄っていく。覗き込もうとした瞬間、後ろからぐいっと引き寄せられて、彼女は悲鳴を上げた。


「町についたね。さ、ふわふわ君を探そうよ。」
「先にお酒を買ってから。」
「えー!?」
「じゃ、ソーシャルちゃんはふわふわ君を探して。僕はお酒を買ってくるから。」
 リトゥナが妥協案を出すと、ソーシャルは顔をしかめた。彼女は、ケルラを探してから、お酒を買いたいらしい。
「でもぉ……。」
 リトゥナが困り果てている所へ、都合良くケルラが現れた。
「みゃー、みゃー。リーちゃん、ソーちゃん。」
「ケルラ君!」
 ソーシャルはケルラの側へ行くと、彼を抱き締めた。ケルラはみゃーみゃー鳴き、ソーシャルの指をちょっとだけ舐めた。


「うるせえな……。」
 百合恵はその声に黙った。
「トゥー……リナ、なの……?」
「俺以外に誰がこの家に居るんだ?」
「今までベッドに居たのに、何で後ろに居るの?」
「気配を押し殺そうとしてる奴がゆっくり近づいて来たら、警戒するに決まってるだろ。」
 トゥーリナは百合恵を放して、ベッドに戻りながら言った。「お前の所為で目が覚めたじゃねえか。」
「さっきあれだけ酷い怪我したし、床に血が落ちているんですもの。生きているのかどうか、怖くて……。」
 百合恵の言葉に、トゥーリナは少しだけ表情を緩めた。手を伸ばし彼女を抱き寄せた。ぶたれるのかと思って彼女は叫ぶ。「ごめんなさい!」
 トゥーリナは無言で百合恵のスカートを捲くり、下着に手を伸ばした。彼女は怖くて震えていた。
「本当だったら殴るところだが、お前の気持ちに免じてケツ叩くだけにしてやる。」
「はい……。」
 痛みには変わりが無いけれど、顔が腫れて皆に心配されるよりはマシだ。子供のお仕置きみたいで、恥ずかしいけれど……。


「ふわふわ君、元気?」
 ケルラはパンツだけの裸だった。白い毛に茶色のぶちが可愛い。それはともかく、
「服は……?」
 リトゥナが訊いてみた。
「ぺんぺん。」
「お仕置きで服無しなの?」
「にゃ。」
「えー、ふわふわ君のお父さんって厳しいんだね。」
 ソーシャルが言った。「わたしだったら死んじゃう。」
「女の子を裸にしないでしょ……。」
 リトゥナが呆れる。ソーシャルがそうかなと照れた。
 3人で騒いでいると……。
「お、ケルラ、また裸か? ラークの奴……。」
「おじにゃん。」
「あ、酒場のオヤジさん。」
「オヤジさん、今日は。」
「俺の名前はオヤジじゃ無いんだけどな。リトゥナとソーシャル、今日もお使いか?」
「そうだよ。」「そう。」
 二人は元気に答える。オヤジは二人に微笑むと、ケルラをひょいっと肩に担ぎ上げた。
「ケルラ、裸の罰の時は、家の前で大人しくしてるもんだぜ。ま、普通は恥ずかしいから、隠れていると思うけどなー。」
「みぃー……。」
「僕達が探していたら来てくれたの。ふわふわ君が悪いんじゃないよ。」
「そうか。ケルラは幼いから羞恥心なんて無いんだろう。ラークは年を間違えてるな。お前なら裸の方が気持ち良いだろ?」
「にゃあ。」
 ケルラはこくこく頷いた。
「裸って、気持ちがいいの……?」
 リトゥナとソーシャルは顔を見合わせた。
| | 目次へ
Copyright (c) 2010 All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-