妖魔界村

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「待たせたの。」
 タルートリーはやっとネスクリの屋敷に行けた。他の子供達は安全と分かった時点で、帰ってしまっている。
「いいえ。迎えに来てくれて、有難う御座います。」
 ペテルはぺこっと頭を下げた。「僕の所為で怪我したんですよね……? ごめんなさい。」
「お前がわたしを傷つけたのか?」
「えっ?」
「わたしは、ザン姫とトゥーリナの妖気に傷つけられたが、お前から攻撃を受けた覚えは無いのう。」
「そ・そうですけど……。僕を迎えに来たから……。」
 ペテルは焦った。
「ふむ。つまり、お前はわたしが迎えに来たのを責めておるのだな?」
「えっ、ち・違います。」
「なら何も問題はあるまい。」
「……はい。」
 ペテルはしゅんとした。タルートリーはペテルを見た。
「少し意地が悪かったのう。つまりの、わたしが勝手にお前を迎えようと思っただけなのだから、お前は何も気にしなくて良いと、わたしは言いたかったのだ。」
「はい。」
 ペテルはほっとした表情を浮かべた。
「わたしは、お前から授業内容を聞きたかった。お前は今日、何を学んだ? わたしに教えてくれ。」
「はい、今日は……。」
 嬉しそうに話し出すペテルを、タルートリーは微笑みながら見ていた。息子をもって良かったと思った。ザンに言われた潤いとはこういうものなのかもしれない。


「皆、お帰りー。」
「シィー、ただいまー。」
 学校に行っていた子達が教会へ帰って来た。神父、ジャディナー、シーネラルが迎えに出る。
「神父様、ただいま。」
「お帰り。今日はいい子にしていたか?」
「してたよー。」
「そうか、そうか。」
 神父とシーネラルはにこにこ笑っている。
「ジャディナー、バイバイ。」
 大きな子達が小さい子達の面倒を見るので、ジャディナーは家に帰る。彼はほんの数時間しか教会に居ない。それでも子供達には慕われていた。
 場合によってはもう少し居る場合もあるが、今日はザンが負傷しているので、すぐ帰ると決めていた。
「さようなら。また明日。」
「またなー。俺の怪我が治ったら、皆で遊ぼうぜ。」
 子供達に手を振るザンをお姫様抱っこすると、ジャディナーは皆に別れを告げて、家へ向かった。


 ネスクリの屋敷。家に子供達が居なくなって、すとーむは息を吐いた。
「いつだって落ち着ける日が無いのよね。」
「仕方ないだろう。トゥーリナが居るんだから。」
「今日は酷かったわ……。ちょっと、疲れちゃった。」
「それは大変だ。」
 ネスクリもすとーむをお姫様抱っこすると、寝室へ連れて行った。すとーむが大袈裟なのは知っている。でも、ラブラブするのは嫌いじゃないので、ネスクリは言う事を訊いていた。
 しかし……、村長とトゥーリナについて話し合う必要がある、と彼は考えた。もっと強く言えば、世間に頓着しない彼の事だから、はいと言うだろう。ネスクリは納得すると、安心してすとーむにマッサージをした。
 すとーむが色っぽい声を上げた。誘っているんだろうか……? しかし、まだ子供を持つ余裕は無い。
「子供が欲しいわ、ネッスィー。」
 態度で現わしても駄目だと悟ったすとーむは、素直に口に出した。
「トゥーリナが出て行けば、安心して子育て出来るが……。」
「村長さんにちゃんと言えばいいのよ、ね?」
「そうだな……。」
「人の子供の面倒を見るのもいいけれど、自分の子供の面倒も見てみたい……。」
「すとーむ……。」
「わたしに出来ないと思ってるの? ネッスィーとわたしの子供よ、ちゃんと育てられるわ。大丈夫。……ねーえ、ネッスィーは子供が欲しくないの?」
 耳に、ふっと息を吹き込まれた。ネスクリは妻にのしかかった。
「欲しいに……決まってるじゃないか……。」


「冗談じゃないっ。そんなことは認められないですっ。」
 ネスクリが怒鳴る。
「何故だ?」
 熱くなったネスクリとは対照的に、落ち着き払ったタルートリーが冷ややかに答えた。
「トゥーリナが村に居たら皆が迷惑します。村長の言葉は理想論です。」
「百合恵達を苦しめるだけでなく、この村の評判を落としたいのか? そなたは。」
「どうしてそうなるんですか? 百合恵は離婚させればいい。妖魔界の男はもっと素晴らしいと、彼女だって知っているはずです。」
「本気で言っておるのか? わたし達にそんな権利はあるまい。」
「それに、何故、村の評判を落とすことになるんですか? 村人に迷惑をかける男に出て行ってもらうだけなんですよ。他所の人達だってこれくらいはやるでしょう。」
 タルートリーの言葉を無視して、ネスクリは続けた。すとーむは身ごもった。3回もしたんだから確実だ。だから、自分達の子供を危険な目に合わせるかもしれないトゥーリナには、絶対に出て行ってもらう必要がある。世間知らずのお飾り村長の我が侭など聞いていられない。
「夫婦を無理やり引き離した挙句、鼻つまみ者を追い出した村の評判が上がるとでも思うておるのか? ただでさえ、この村は神父が孤児院をやっていると注目されてるがゆえに、妬みなどもあるというに。いや……むしろ、そんな立派な村でも、所詮その程度かと陰口を叩かれるかもしれんの。」
 タルートリーは息をつく。「立派な行為は行い難い。だからこそ行った者は尊敬を受けるわけだが、人の恨み、妬みもかいやすい。心が広かったり、強かったりする者ばかりではないのだ。」
「……。」
 ネスクリは何も言えなくなった。孤児院をやっているのは神父の善意ではあるが、あくまで彼個人の意思であって、村人には何の関係もない。だが、人はそうは思わない。神父だけではなく、村も立派に思われる。ネスクリが金持ちなのは、その恩恵を受けて商売が上手くいくからなのだ。それでネスクリは礼の意味も込めて教会の為に用心棒を雇った。
 タルートリーの言葉は正しい。あの神父さんの村の人かと良い値で買ってくれる人もいれば、当てこすりを言う人もいるのだ。
「分かってくれたようだの。」
 村長はそう言ったが、別に満足そうではなかった。そりゃそうだ。トゥーリナの存在に村人が迷惑しているのは事実なのだから。
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