妖魔界村
3
教会。聖水を作る為、ターランが呼び出された。タルートリーは何事が始まるのかと、面白そうに見ている。
「ターラン、少し痛いけど我慢してね。」
「はい。」
ジャディナーはターランの背中を撫でながら羽根を抜いた。
「いたっ。」
抜いた羽根を横に置くと、ジャディナーはターランを優しく抱いて、何度も撫でた。
「有難う。もう戻っていいよ。」
「はい。」
「ターラン、お前に感謝するぞ。」
タルートリーは微笑んだ。ターランは頬を染めて俯くと、ぱたぱたと走って行ってしまった。タルートリーは吃驚して、「わたしは何か悪い事を言ったのか?」
「偉い人に声をかけられたので照れているんですよ。」
ジャディナーは説明する。「ところで、どうしてわざわざターランに痛い思いをさせるんでしょう?」
「子供の羽根の方が純粋な分、“太陽”にしやすいからです。」
「神父、それは聞き捨てならないぞ! お前はわたしが穢れていると申すのか?」
「いえ、別にそう言うわけでは……。」
ジオルクが呆れていると、戸が開いて、ザンが飛び込んで来た。
「村長は生きてるのか!?」
「わたしはここにおる。姫君は落ち着くがよい。」
「……元気なのか。立てないくらいの怪我って聞いたから、見る影もないのかと思ったぜ……。……はあ。」
安心したザンは、へたへたと座り込んだ。ジャディナーが吃驚して駆け寄った。
「わたしにはそなた達ほどの体力はないから、そのようになる前に倒れておる。……それより姫君の方が重症に思えるのだが。」
「確かに。ジャディナー、王女様を村長の隣に……。」
「はい、神父様。」
ジャディナーは自分で歩こうとするザンを押さえて、「……ザン様、無理しないで下さい。わたしだって、これくらい出来ますよ。」
ひょいっとお姫様抱っこした。タルートリーはジオルクに助けてもらいながら、場所を作った。
「ジャディナーは逞しいんだな。」
ザンがジャディナーの胸にもたれかかる。
「そんな場合なんですか? 酷い怪我をなされて……。」
「俺は死なねーよ。」
「当たり前です! わたしとディザナを置いて逝くなんて。冗談でも口に出さないで下さい。」
「ごめんなさい。」
「……もっと自分の体を大切にして下さい。わたしには、貴女様が必要なんですからね。」
「うん。」
ジャディナーは、しゅんとなったザンを寝かせた。タルートリーは微笑みながら言う。
「姫君は幸せだのう。」
「当たり前だろ、俺が惚れた男だぜ? いい奴に決まってるじゃないか。」
「……惚気る元気があるなら、村長を先に治療するか……。」
ジオルクがぼそっと言った。
「勿論、俺は後でいいぞ。何なら自分で治す。神父様は忙しいからな!」
ザンは豪快に笑った。
「そんなに楽しくなれる姫君が、わたしは羨ましい。あんな凶悪な気を発する喧嘩の後だというのに……。」
「ジャディナーが愛してくれるからさ。村長、お前も結婚しろ。ペテルに母親も必要だし、毎日が薔薇色に変わるぞ。」
「なんと魅惑的な響きだ……。しかし、わたしは忙しいから無理だの。」
ザンとタルートリーが気軽に会話している間に、ジオルクは聖水を作り始めていた。
ジオルクは、ターランの羽根を片手で掲げ、片手を胸に当てると、呪文を唱え出した。タルートリーは、彼の方を見て呟く。
「神父はどんな呪法を使っておるのだ? 我々の言葉でも、人の言葉でもない……。」
「あれは聖魔界語ですよ。その中でも特殊な言葉で、我々妖怪でも、魔法が使えます。」
ジャディナーが説明した。
「ほう。素晴らしい。」
タルートリーは目を閉じてその言葉を楽しんだ。そこへ、シーネラルが帰って来た。
「トゥーリナも連れて来ようと思ったのに、帰っちゃいましたよ。王女様もトゥーリナもタフですよねえ。俺、もっと、もっと、修行しなきゃ、って気になってきました。上には上がいますね!」
「傭兵、五月蝿いぞ。わたしは、不可思議な術を楽しんでおるのに。」
「え、神父様、何か面白い事をやってるんすか?」
不機嫌そうなタルートリーは、ぽかんとしたシーネラルを睨みつけた。
「黙れと言うに。」
シーネラルは両手で口を塞ぎ、ジオルクを見た。彼の手にした羽根が光り始めていた。光はどんどん強くなり、眩しくなった。
「た・太陽……! ひー、苦しい……。」
シーネラルの言葉通り、羽根は太陽の光のように強く輝いていた。妖怪は、吸血鬼ほどではないが、太陽に弱い。シーネラルはふらつきそうになった。
「まともに見てると倒れますよ。それより怪我人を庇って下さい。」
ジャディナーが言った。シーネラルは頷くと、弱っているタルートリーとザンの前に立った。タルートリーは邪魔されて不機嫌になったが、体が辛くなってきたので、何も言わないで我慢した。
羽根が完全に“太陽”になったので、ジオルクはコップを手にし、また呪文を唱え、その光を凝縮させて、水に移した。聖水の完成である。まだ水は光っているが、眩しさは感じない。ジオルクはコップを持って、タルートリーの側へ行った。
「さ、ゆっくり飲んで下さい。わたし達に聖水は諸刃の刃です。体が痛みますから、気をつけて。」
シーネラルに、抱き起こしてもらったタルートリーは、ごくりと唾を飲み込んだ。そしてコップに手を伸ばし、恐る恐る聖水を口に含んだ。
「くっ。まるで剣山でも飲んだかのようだ……。」
顔をしかめながら言うタルートリー。
ザンはぽかんとして、言った。
「剣山って何?」
「生け花に使う道具です。」
ジャディナーが教えた。
「あー、あの針山。花を刺す奴か。」
「針山は針を刺すんですけど…。」
「人が痛がっておるのに、呑気な会話を……。」
もう一口飲んだタルートリーが恨めしそうに言った。「誰のせいで苦しんでおると思って……。」
「村長、さっきまで面白がっていたじゃないか。」
「それはそうだが……。」
タルートリーは憮然とした。ザンはそんな彼を不思議そうに見ていた。
「では、少し早いですが、あがらせて頂きます。」
「あんな怪我をして、酒など飲めるのか…? 俺には、お前を心配させたくなくて、見栄を張ったとしか思えんが……。」
ネスクリの屋敷。今日の給料を貰って挨拶した百合恵に、ネスクリは言った。
「わたしもそう思うよ。ザン様は教会に走って行く元気があったけど。」
すとーむが言う。
「村長が怪我をしたから焦っただけで、多分、今は喋る元気などないと思うが。」
「そう? ザン様の事だから、村長をからかって面白がってるんじゃない? 元気が有り余ってるもの。」
「……わたし、分かっています。でも、あの人の言葉は絶対ですから……。」
二人の会話を遮る形になったので、おどおどしながら百合恵が言った。
「確かに、トゥーリナには逆らわない方がいいな。あ、それと、頬に血がついているぞ。洗ってから帰るんだ。」
「はい。親切に有難う御座います。」
百合恵は深々と頭を下げると、ネスクリ夫婦の部屋を出た。廊下で待っていた、リトゥナが隣に並んだ。
「リトゥナ、お母さんね、お父さんのお酒を買いに行くの。だから、先に帰っててくれる?」
「僕が買いに行くよ。お父さんが心配なの。先に見てきて。」
「分かったわ。そうするわね。」
百合恵はリトゥナの頭を撫でると、洗面所へ向かった。
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