妖魔界村

| | 目次へ

 ジャディナーの家。ザンはお尻を剥き出しにして、召し使いのアトルへ見せている。
「なーなー、アトル。俺の尻、どうなってる?」
「大分良くなっていますわ。」
「まだいてーんだよなあ。ジャディナー、うんと叩くんだもんな。」
 ザンは下着を身に着け、スカートを整えながら言った。ザンは王女だった頃から、窮屈なドレスが嫌いで、男装していた。妖魔界には、女性用の運動着のような物は、派手な物しかないので、体を覆うにはそれしかないのだった。今も着なれたそれを身につけたいと思っているのだけれど、ジャディナーが駄目だと言う。
 今朝、服について自分なりに主張し続けていたら、膝に乗せられて、嫌と言う程お仕置きされたのだった。
 妖魔界では、基本的に妻は夫に従うものだが……。トゥーリナと喧嘩するな、口を聞くな、終いには見るななんて言うし、服は女性用を、娘を鍛えてはいけない、言葉は女性らしく、少しは家事を……。叱られてばかりで、最後以外、ザンは納得いかない。
 それでも、惚れた弱みで最終的には言う通りにするザンだった。
「俺さ、ジャディナーを手伝ってくる。」
「あ、でも……。」
「いいだろ? ディザナはまだネスクリの屋敷で勉強してるし……。家事もやることないし……。」
「ジャディナーさんは、帰ってくるまで大人しくと……。」
「そんなの嫌だ。行って来る。」
 ザンは引き止めようとするアトルを振り切ると、外へ飛び出した。
「またお仕置きですわね。」
 アトルは苦笑した。お姫様育ちのせいか、世間知らずで子供みたいなザン。ずっと年上だし、主人ではあるけれど、アトルはザンが可愛く思えてしまう。孤児だったけど、アトルはとても幸せだった。


 ザンは、教会へ向かって歩いて行く。今日は女性の服も来たし、家事だってしたし(アトルに手伝ってもらったが)、トゥーリナと喧嘩もしてない。少しくらい自由にしたっていい筈だ。そんなことを考えながら、ザンは歩く。自由と自分勝手の違いが分からないお姫様は、教会で立派に仕事をこなし、ジャディナーが感心する様を想像して、にやけていた。
 どんっ。何かにぶつかって、尻餅をついた。お仕置きされてただでさえ痛いお尻なのに……。ザンは痛みで飛び上がった。
「いてえっ!!」
 叫ぶと、怒鳴りつけられる。
「何処に目ぇつけてんだよ!」
 顔をしかめながら前を見ると、確認するまでも無く、トゥーリナだった。彼以外の人なら、こんなガラの悪い発言はしない。
「お前こそ、気をつけろよな。鍛えてるなら、簡単にかわせるだろ。」
「自分からぶつかってきといて、難癖つけやがる気か?」
 トゥーリナが睨みつけてくる。
「わざとじゃないのに、いきなり怒鳴られて、ごめんなさいなんて言えないだろ?」
 と言い返した途端、ザンはトゥーリナに胸倉を捕まれた。
「女の癖に生意気だぞ。」
「何、すんだよ? 離せ! ……がっ。」
 顔を殴られ、ザンは地面に倒れた。
「お姫様だからって、皆がへつらうと思ったら、大間違いだぞ。」
 喧嘩しないと決めていた。少しでもジャディナーの言うことを聞きたいから。でも、我慢できない。トゥーリナの拳に、遠慮が無かったから。仮にも自分は女で、妖魔界では女に暴力を振るう男は、最低だと言われているのに。離せと言っただけなのに。
 ザンは立ち上がった。
「なんだ、その顔は? やる気か?」
 トゥーリナの表情が変わる。答える必要はなかった。いつもの喧嘩はじゃれあいみたいなものだったけど、今回は違っていた。


「もうそろそろ、勉強を終えた子供達が、家に帰る時間だの。」
「ええ、そうですね。今日は出迎えに行かれるのですか?」
「うむ。今日は何やら新しい事を学ぶと言っておった。話を聞いてやりたい。」
「分かりました、村長様。いってらっしゃいませ。」
「行ってくる。」
 村長タルートリーの家。タルートリーはペテルを迎えに行こうと、玄関を出た。ドルダーが見送ってくれる。
 尊敬のみで語られるネスクリと違って、彼は色々言われていた。一つはトゥーリナの事。もう一つは本当に彼が村長でいいのかという事。ネスクリがいるのだから、彼は要らないとまで言う人もいるくらいだ。ペテルを養子に迎えたのも賛否両論で、ネスクリに対抗する為だだのと言われていた。タルートリー自身はお坊ちゃまなので、そういう俗世の声は分かっていなかった。
 取り仕切っているのがドルダーで、タルートリーは言われるままにやっていた。妖魔界には王侯貴族がいる。ネスクリは金持ちでもただの人だ。タルートリーは貴族の子孫で、村を良く見てもらうには、彼が必要不可欠だった。それで、ドルダーとネスクリが彼を村長にした。傀儡みたいだが、無論そんな事はない。タルートリー自身に能力がなければこなせない仕事なのだ。
 トゥーリナの事も彼なりの判断で見て、放置しているのだ。ドルダーとネスクリは追い出して欲しいと思っているらしいが、村長の彼がいいと言わない限りは追い出せない。

 
「なんか、外が騒がしくないっすか?」
 シーネラルが言う。
「そうだな……。」
 外の仕事が終わったジオルクが言う。子供達は完全に仕事が終わって、遊んでいる。
「わたしには何にも聞こえないんですが……。一応、見てきましょうね。」
 ジャディナーが立ち上がり、玄関へ向かおうとした。
「俺が行きます。俺は傭兵ですから。」
 シーネラルはジャディナーを制すと、外へ出た。
「お二人は耳がいいんですね。」
「野宿が出来るようになると、違和感に気付きやすくなります。そうでないと、生き残れませんから。」
 ジオルクが言った。
「はあ……。わたしも一応出来るんですけど……。」
 ザン王女に会うために、彼も特訓したのだ。
「年季が違うんですよ。俺もシーネラルには、敵いませんから。」
「そうなんでしょうねえ。」
 そういえば言い出したのはシーネラルだったと思い出し、ジャディナーが感心していると、
「あーっ。」
 シーネラルの声が聞こえた。ジャディナーは吃驚して動きが止まったが、ジオルクは外へ飛び出した。やっぱり自分と彼らでは年季が違う。


「やばいっす、やばいっすよ。」
 ジオルクが側へ行くと、シーネラルがあたふたしていた。トゥーリナとザンが凄まじい殺気を発して、殴り合っていた。喧嘩のレベルではない。妖怪の殺気は凶器になる。鍛えていない一般人がいたら、かまいたちにあったみたいに皮膚を切り裂かれてしまう。
「こ・これは確かに止めないと。シーネラル、シールドは作れるか?」
「無理っす。トゥーリナを止めてきます。」
 シーネラルはそう言うと、ザンとトゥーリナに向かって走っていった。
「一体何があったんだ……?」
 ジオルクは呆然となったが、すぐにはっとして、ネスクリの屋敷を見た。彼は異変に気付いたらしく、玄関が閉まっていた。子供達が窓から覗いていたので、無事だったかとジオルクはほっとしかけた。が、タルートリーが屈み込んでいた。
「村長、大丈夫ですか?」
 ジオルクは慌てて駆け寄った。
「う・うむ……。少し痛むだけだ。そなたは何ともないのか?」
「わたしは鍛えていますので……。」
「そうか……くっ。」
 立とうとしてよろけるタルートリー。口で言うほど無事ではないらしい。ジオルクは、彼をひょいと抱えると、教会へ戻っていく。


「わっ、村長様、どうしたんですか? 酷い怪我をなされて……。」
 外に行こうか、どうしようか迷っていたジャディナーは、傷だらけのタルートリーを見て、声を上げた。
「目に見えぬ物がわたしを襲った。無事だと言うのに、神父はわたしを子供扱いしおる。これ、下ろさぬか。」
「少し大人しくしていて下さい。傷口が開きます。」
 ジオルクは、タルートリーへ叱るように言うと、ジャディナーの方を向いて言う。「ジャディナー。敷物を持って来て下さい。それと、一杯の水を。」
「聖水を作るんですね。分かりました。」
 ジャディナーが奥へ入っていく。ジオルクは、長椅子にタルートリーを寝かせた。
「お前はわたしを何だと思っているのだ。何も出来ぬ子供でもあるまいし、そのようにせずともわたしは……。」
 誇り高きタルートリーが怒るのに任せたまま、ジオルクは、服を脱がせにかかった。「神父、何をするのだ?」
「治療の為ですよ、村長様。」
「服ぐらい自分で……。」
 “どうして偉い人は皆子供みたいなんだ。傷口が開くと言ってるのに……。”ジオルクは辟易してきた。
「いつまでも痛い思いをしていたくないのなら、少し静かにして下さい。治療が出来ませんよ。」
 ジオルクを困らせていたと分かったタルートリーは、やっと静かになった。


 シーネラルは、二人が一時離れた隙に間へ割り込み、トゥーリナを押さえつけた。二人とも傷だらけで、血を流している。
「邪魔すんなよ、トゥーリナを放せ、シーネラル!」
「そうだぞ、退け、馬鹿猫。」
「馬鹿猫って……。村の中で喧嘩するから、村長が怪我したんすよ。」
 その途端、ザンの殺気が消えた。
「何だって!なぁ、どれくらいの怪我なんだ?」
「近くで見ていないから分かりませんが、神父様が抱えていきました。」
「歩けないくらいの怪我なのか!?」
 仰天したザンは、教会へと走って行ってしまった。
「あんな怪我してるのに、凄いなー。」
 シーネラルは感心した。
「おい、逃げる気か? ふざけるな!」
「トゥーリナ!」
「何だ?」
「あんただって大怪我してるだろ! 教会に行って治療して貰えよ。」
 トゥーリナから殺気が消えた。彼は、にやっと笑った。シーネラルがこんな発言をするのは、まだトゥーリナに対して、マイナスイメージを抱いていないからだ。それなら、ターラン獲得には、まだ希望がある……。
「自分で治せるさ。村長へ、悪かったと言っておいてくれ。」
 片手を上げて歩いて行くトゥーリナ。
「二人ともあんなに血を流しているのに……。俺も見習わないとなー。」
 攻撃力には自信があるけど、スタミナは心許ないシーネラルは、やる気満々で教会へ戻って行った。


「トゥーリナ、大丈夫なの?」
 ネスクリの屋敷から、百合恵が走り出てきた。止められたらしく、服が乱れている。トゥーリナは百合恵の頬に触れた。血がべったりついた。
「こんなもん、何でもねえよ。それより、酒を買え。飲みてえんだよ。」
「お給料を頂いたら、すぐに買って来ます。…でも、本当に…?」
「大丈夫だって、言ってるだろ。いいから、酒を買って来い。」
「はい、行って来ます…。」
 とても心配そうな顔のまま、百合恵が戻って行く。トゥーリナは家に向かって歩き出す。


 ソーシャルは遊びに行ったらしく、家には誰もいなかった。トゥーリナはよろけながら、寝室へ向かう。床に血がぽたぽた落ちた。
 寝室に入り、ベッドに倒れ込んだ。意識が遠のきそうになる。しかし、今気を失ったら、2度と目覚めない気がした。
 意識を集中して、気を癒しの力に変化させ、一番酷い傷に送る。傷がゆっくりと癒えていく。少しずつ楽になってきた。気をしっかり保ちながら、傷を治していく。
| | 目次へ
Copyright (c) 2010 All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-