ふわふわ君
21 お母さん3
その時、ケルラとリトゥナが走ってきた。
「ふわふわ君、はやーいっ。」
かなりの体格差があるのに、4つ足で走るケルラは意外にも早く、リトゥナは驚いている。
「お父にゃあんっ。」
ケルラはさらに早くなった。4つ足で走るとズボンを汚すので、叱られるということをすっかり忘れているのであった。
その場の雰囲気に気づけるはずもない二人は、はあはあと息を切らしながら笑った。
「僕達もお茶会に出たいから、競争しちゃった。ふわふわ君が早かったねえ。僕、負けちゃったよ。」
リトゥナは汗を拭いながら言った。
「にゃん。」
ケルラは胸をそらして威張る。それから、ラークを見上げる。お父にゃんが泣いていたので、彼は吃驚した。「うにゃ?どーしたの?」
「ケルラ…。」
ケルラはクリュケに抱かれた。
「誰?」
前にリトゥナと会話したように、写真があるから顔を知ってる。でも、母に思い入れのないケルラは、動く彼女を見て、写真の人だと思い出せるほどの記憶がなかった。
クリュケの顔が歪む。自分が死んだ時、ケルラはとても幼かったので、もしかしたらと覚悟していたつもりだった。でも、少しだけ期待していた。だから、辛かった。
「ケル!お前、クリュケが誰だか分からないって言うのか。」
「にゃ…。」
ラークに怒鳴られて、ケルラは身をすくめた。よく分からないが、お父にゃんが怒っているので謝る。「ごめにゃ。」
「怒っちゃ駄目。仕方ないのよ。ケルラはとても小さかったんだもの。覚えていなくても仕方ないわ。」
「でも!」
ラークが怒っているので、クリュケは落ち着くことが出来た。
「あなたがケルラくらいの頃を思い出してみて。色んなことを思い出せる?」
ラークは幸せな子供時代を過ごしていないので、この言葉はやぶへびになるかもしれなかった。それでも、怒りを静めてもらうために、言うしかなかった。
ラークがとても複雑な顔になった。思い出したくもない記憶をつついてしまっただろうかと、クリュケは不安になる。
「…そうだな。確かに、あんまり覚えていない。」
ラークは無表情だった。普通の人だったら、『そうだよなー。ガキの頃のことなんて、細かくは覚えていねーよ。』なんて笑えそうなのに。「ケル、怒って悪かったな。」
「にゃ…いいよ。」
返事しつつも、あんまり意味が分かっていないケルラだった。
「ケル、この人はな、お前のお母さんだ。」
「ふわふわ君のお母さんなの!?」
リトゥナが驚く。慌てた百合恵に彼は口を塞がれた。ケルラはぽかんとしてそちらを見た。リーにゃんはどうしてあんなことをされているんだろう。
「…お母にゃん?」
ケルラの脳にやっとその言葉が届いた。彼は自分を抱いている女の人をじっと眺めた。写真の人をやっと思い出した。「お母にゃん…。」
なんとなーく、覚えている。お母にゃんと遊んだこと。抱きしめられたこと。お父にゃんとお母にゃんと3人で笑っていたこと。お父にゃんが構ってくれないとか、外に放り投げられたりなんてなくて、皆で笑っていれば良かったあの頃。世界はふわふわしていてきらきらと輝いていて、それは今とあんまり変わらないんだけど…。でも。遊び疲れ、ふと気づいた時、皆は皆のお母にゃんと笑っているのに、自分だけお父にゃんと二人きりで。そんな良く分からない寂しさなんてなかった頃。お母にゃんはいた。子供のことが分からなくて、戸惑っているお父にゃんを優しく包むように笑っていた。そうその時、お母にゃんはいたのだ。
「お母にゃん…。」
ぎゅうっと抱きついてみた。でも、かつて感じた暖かさがそこにはなかった。ヴァレンタインの喧嘩の後、リーにゃんのお母にゃんに抱かれた時の柔らかさがない。「うにゃ…?」
「わたしには体がないから、変な感じなの。ご免ね、ケルラ。」
お母にゃんの顔はとても寂しそうで、よく分からないながら、ケルラの胸が少し痛くなった。
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