ふわふわ君

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  18 悪いリトゥナ2  

 朝。夜の考え事は、日の光の中で思い出すと恥ずかしいと言うそうだけれど、リトゥナは星の光が降り注ぐ素敵な朝の空を眺めながら、人間って正しいと思った。
 盗賊が村を襲えばいいなんて!
「僕、とんでもないことを考えちゃった。」
 襲いに来た盗賊の数が少なかったら、昨日の想像みたいに全部お父さんが片付けちゃうだろうけれど、多かったら?強制的にお父さんに鍛えられているとはいえ、村の大人の男の人達は、基本的にまだ実戦レベルじゃない。だとすると、盗賊の相手を出来る人なんて、お父さんとラークさんと神父様くらい。あと、リトゥナを含めて数人は戦える人がいるけれど、女の人達や子供達を守らなきゃいけない。それに、ふわふわ君はまだちっちゃいから、怖くなってラークさんの所へ行っちゃって、その隙に盗賊がふわふわ君を襲って…。
 リトゥナの目の前に、その光景が広がった。血を流して倒れるケルラ。あまり強くないので傷だらけのラークが、変わり果てた息子の姿に呆然と立ち尽くす。盗賊の残酷な笑み…。『僕は、なんて恐ろしいことを考えちゃったんだろう!』
 この世界にはそういうこともあると知っているが故に、リトゥナはあまりにもリアルな想像をしてしまった。彼は震え上がった。
「おい、リトゥナ。」
 リトゥナは声をあげて飛び上がった。彼がいつまでも畑仕事をしようとしないので、変に思って声をかけた元・偉い人は吃驚した。「な・なんだ?どうした、リトゥナ?」
「お父さん…。」
 緊張感のかけらも無いお父さんの顔を見て、リトゥナに急速に現実が戻ってきた。盗賊どもの戦いの声は幻となり、怯える人々の顔、慟哭するラーク、動かないケルラは消え去った。変わりに、爽やかな風、幼い子供達のはしゃぐ声、川の流れる音など、平和そのものの風景が甦った。「ごめんなさい…。ごめんなさい。」
 リトゥナの両目から涙が零れた。元・偉い人がぽかんとして見ている前で、リトゥナは座り込んで声をあげて泣き出した。
「いや…俺は別にそんなに怒ってるわけじゃ…。」
 元・偉い人は訳が分からなくて戸惑った。ずっと村で育った人なら、子供が仕事をしようとしないだけで厳しくお尻を叩くかもしれないけれど、元はただ遊んで毎日を過ごせばよかったリトゥナが、仕事を嫌がったって仕方ないこと。だから、元・偉い人はそれだけのことで怒るつもりはなかった。『なんか様子が変だぞ。俺は怒鳴ってすらいないじゃないか。それに、今リトゥナは仕事を嫌そうにしてたか?』お姫様育ちのソーシャルと違って、リトゥナは最初の日から当然のように、いや、むしろ面白そうに畑仕事をしていた。仕事が目新しくなくなった今でも、嫌な顔などしたことも無い。
 元・偉い人は屈みこんで、リトゥナを抱き上げた。いつもなら、ぎゅっと抱きついてくるのに、彼は大人しかった。
「なあ、何かあったのか?」
「お父さん、僕をお仕置きして…。」
 元・偉い人はリトゥナを落としそうになった。
「え?リトゥナ、お前、目覚めたのか?」
「僕、ずっと起きてるよ…。」
 正確に言うと、さっきは寝てたようなものだけど。
「いや、そうじゃなくて…。この世界、ケツ叩きの仕置きが当たり前だろ?だから、たまーにいるんだよな。叩かれるのが好きになる奴と、叩くのが好きになる奴。俺はどっちでもないけどな。」
「違うよ!そんなんじゃないの!」
 リトゥナは頭にきて怒鳴った。「僕、そんな変態さんじゃないよ!」
「好きでそうなるわけじゃないんだから、差別は良くないぞ。」
「そうかもしれないけど…。」
 ずれたことばかり言うお父さん。なんかリトゥナはどうでも良くなってきた。『やっぱ、かっこいいお父さんは消えちゃったんだ。』
「じゃ、なんでケツ叩かれたいんだ?」
 何でもないと言おうとしたけれど、自分が恐ろしいことを考えたのは事実で、ちゃんとお仕置きしてもらわなきゃとリトゥナは思い直した。
「あのね…。」
 考えたことが(正確にはそれについてきた想像だが)恐ろしすぎて、言うとなるとやっぱり怖い。鞭でぶたれるかもしれないし、今のお父さんがかっこよくないと言ったら、お父さんは落ち込むか怒り出すかするだろうから。
 でも。

 ばちんっ、ばちんっ。
「どーせ、俺はガキだよっ。親父らしくなくて悪かったなっ。」
 ばちんっ、ばちんっ、ばちんっ。「それに、村人その1の何が悪いっ。」
 思っていたことは何の関係もないことで怒られた。
「いたっ。盗賊のこと、痛いっ。は、いいの…?あんっ。」
「あ、それについても叩かないとな。」
 元・偉い人は思い出したような声で言った。リトゥナは、それを聞いてがっかりした。自分が悪く思われている所は怒ってる上に拗ねてるし、本当に悪い考えはどうでもいいなんて…。「でも、子供1人が考えたくらいで、やって来るほど盗賊は暇じゃない。」
「そうかも知れないけど…。…いたっ。うー、痛いよぉ。」
「それに、だ。どんな大人数が来たって、ケルラやラークに負担かけるほど、俺は弱くねー。親父を見くびるな、馬鹿息子。」
 バシッ、ビシッ。「俺を誰だと思ってるんだ?俺より強い奴なんて、数えるくらいしかいないんだからな!」
「痛いっ、痛いーっ。そんなことで、そんなに怒らないでーっ。」
「そんなことだと?こりゃ、もっと仕置きが必要だな。ケツを真っ赤にしてやるからな、覚悟しとけ。」
 『お父さんの馬鹿あっ。』

 下らない理由で、本当にお尻を真っ赤になるまでぶたれたリトゥナは、かっこ良かったお父さんは、別人だと思うことにしたのだった…。
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