ふわふわ君

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  16 空中散歩 M/m F/m  

 ケルラは、リトゥナの家に向かって走っていた。いつもなら、リトゥナが彼を迎えにきてくれる。だけど、今日はいつまでも来ないので、ケルラ一人で皆の所へ行ったら、リトゥナはまだ来ていないと教えてくれた。
「にゃ。リーにゃん、迎えに行く。」
 ケルラが言うと、リリミィや皆が行ってらっしゃいと言ってくれた。
 それでケルラは走っているのだ。

 走ると気持ち良かった。四つん這いで走るから膝が泥だらけ。お父にゃんは怒るけど、ケルラはあんまり気にしない。猫だから長距離は無理。すぐばてる。でも、走るのが好き。あっという間にりーにゃんの家に着いた。
 畑では元・偉い人と、百合恵が仕事をしていた。リーにゃんの姿は見えない。
 最近、一人遊びに飽きたソーシャルちゃんは、やっと村の子供達と口を利く気になったので、皆の所にいる。偉そうなのには変わりないけど、皆は面白がって気にしない。彼女は、「お兄ちゃんはもういると思っていたわ。」と言っていた。
 元・偉い人がケルラに気づいてくれた。
「ケルラ、どうした?」
「にゃ、今日は。僕、りーにゃん。遊びたい。」
「おっ、挨拶できるのか。じゃあ、俺も今日は。」
 元・偉い人はちょっと気取って挨拶した。「ん、リトゥナなら、親父の所だ。呼ぶから待ってな。」
 家には、畑を望める窓がある。元・偉い人はその窓の側へ行くと、窓を叩いた。窓が開いて、ケルラの目に赤鬼が見えた。リーにゃんのお祖父ちゃんだ。神様から病気の罰をもらって、一日の大半を発作で苦しみながら過ごしているそうで、村人はあんまり彼の姿を見た事がない。
「どうした?」
「リトゥナを迎えに来た子がいるんだ。」
「誰、誰?」
 リトゥナの顔が見えて、ケルラはみーみー鳴き始めた。「ふわふわ君だね?今行くから、待ってて。」
 窓からリトゥナが飛び出してきた。こうもりの羽で羽ばたいて、ケルラの側に降り、ひょいっと彼を抱っこすると、
「玄関から出なさーいっ!」
 お母さんの怒鳴り声を背に、そのまま飛んで行く。
「お母さん、ごめんなさあいっ。」
 ちっとも反省してない声で謝りながら。

「にゃーっ。」
「えっ、怖いの、ふわふわ君。」
「もっと高く。」
 ケルラの言葉にリトゥナは微笑んだ。今は、大人の頭の上くらいだから、高い高いをしてもらってるみたい。
「分かった。」
 びゅうーんと高くなった。今度は1階の屋根の上くらい。2階建ての家なんてないから、ケルラには目新しい高さだ。「どう?」
「にゃ。面白い。」
 二人は皆の所へ降り立った。二人を見つけた皆が、羨ましがっている。
「いいなー。」「わたしも飛びたい。」「ケルラ、ずるいぞー。」
「じゃ、皆交代で飛ぼうよ。」
 リトゥナの提案に、皆が賛成した。それで、空を飛べる子が、飛べない子を運んで、空の散歩を楽しむ事になった。
 いつもと違って、子供達がふわふわ浮いているので、畑仕事中の大人達は、手を休めて皆を見ていた。

「今日は子供が一杯飛んでいるなあ…。」
 ラークは一休みしながら、皆を眺めた。はしゃいでいる子供達の声が聞こえる。さっき、ケルラがリトゥナに運ばれているのが見えたけど、今度は色んな子供達が空で遊んでいる。「空かあ…。」
「飛びたいなら、俺が連れて行くぞ?」
 吃驚して振り返ると、元・偉い人がニヤニヤしていた。
「結構だ。」
「つれない奴。」
 元・偉い人は寂しそうにした。本気らしいので、ラークはちょっと笑ってから、話題を変えた。
「あんた、仕事は?」
「うちには大きいのが二人いるから、もう終わった。」
「ケルはまだ無理だなー。」
「ま、順調に育ってるからいいだろ。それより、百合恵がお茶をどうぞだとよ。」
「頂くか。」
 ラークは立ち上がった。

 ケルラは、リリミィの側に座りながら、皆を見ていた。終わった子も待っている子もニコニコしている。この遊びは刺激的で、とっても楽しかった。
 皆が満足した後、女の子は女の子達の、男の子は男の子達のそれぞれの遊びが始まった。皆を連れて飛んだ子達がばて気味だったので、今日は男の子もいつもよりは大人しい遊びになった。やがて、空がゆっくりと明るくなり始め、そろそろ、夕ご飯の時間が近づいてきた。
 皆がさよならを言いながら、それぞれの家へ帰る。ケルラも家へ向かって走り出した。

 家に着いたので、玄関を開けようとしたら、お父さんの怒鳴り声が聞こえた。
「ケルラーっ!!」
「にゃっ!?」
 ケルラは飛び上がって、辺りをキョロキョロ見回した。ケルラは知らないけど、お茶を楽しんだお父さんが歩いてくるのが見えた。どうしてお父さんが怒っているのか分からなくて、ケルラは、おそるおそる呼んでみた。「お父にゃん…?」
「まーた、膝つけて走ったな!洗濯が大変だから、駄目って言ったろ!」
「ごめにゃ…。」
 側にやって来たお父にゃんに抱き上げられた。ケルラはにこっと笑ってごまかそうとした。すると、お父にゃんが怖い顔をして言う。
「反省してないようだから、お仕置きだな。」
「にゃっ。ごめにゃさい。もうしない。」
「もうしないのは当たり前だー。笑ってごまかそうとするなんて、ケル、悪い事を覚えたな。15回だぞ。」
「みー…はい。」
 ケルラは諦めた。

 お父にゃんのお膝の上は、ふかふかしていて好きなんだ。でも、そこにうつぶせに寝かされるっていうなら話は別。尻尾を丸めてお尻を隠そうとしたけど、指でつかまれて、あっけなくさよなら。おまけに隠した罰に一回痛いのが来た。
「ケルラ、一杯叩かれたいのか?」
「やっ。」
「じゃあ、いい子にしろ。」
 ラークはため息をつくと、「じゃ、いくぞ。」
 ケルラは目をぎゅっと閉じて、お尻に力を入れた。そんなささやかな抵抗が無駄なように、お父さんの痛い手がお尻に振り下ろされた。ぱんっ、ぱんっ。
「にゃーっ!!」
 ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ…。ケルラの泣き声も抵抗もなんのその。ふわふわ毛に覆われたお尻には、しっかり15回のお仕置きが与えられた。

 そうやって、ケルラが反省してる頃…。
「どうしても駄目?」
「お行儀が悪いから駄目。」
 もじもじしながら、上目遣いにお母さんを見てみたけど、冷たくはねつけられた。「あの時ちゃんと謝っていたら、お仕置きしないつもりだったけど。」
 そう。窓から出た事で、リトゥナは百合恵に怒られているのだった。お父さんの方をチラッと見たけど、元・偉い人はお互いの躾に干渉しないのが一番と、そ知らぬ振りだ。
 リトゥナは諦めて、お母さんの膝の上に横たわった。お父さんにされるほど痛くはないけど、だからってこんなもの平気と言えるほどには楽じゃない。
「リトゥナは、素直にお仕置きを受けてくれるから、楽だわ。ちゃんと反省できて、いい子ね。10回で許してあげるわ。」
「はい。」
 少しだけほっとできた。
 裸にされたお尻に、お母さんの手が飛んで来た。『痛いよぉ…。』それでも何とか我慢できた。お仕置き後、少しも泣いていないリトゥナに、お母さんが吃驚した顔で言った。
「あら、リトゥナも強くなったのね。わたしの手じゃもう無理かしら?」
「ち・違うよ!とっても痛かったよ。でも、男らしく我慢したの!」
 リトゥナが慌てて反論すると、お母さんが微笑んだ。
「あら、そうなの?偉いのね。」
 お母さんがぎゅっと抱きしめてくれた。

 ケルラはラークに抱かれていた。ご飯をお腹一杯食べて、幸せなケルラ。後片付けを頑張ったら、ご褒美に一杯のキスと抱っことなでなでをもらえた。
 空を飛べて楽しかったし、お尻を叩かれちゃったのはちょっと失敗だったけど、ますまず満足な一日だった。
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