ふわふわ君

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  15 元・偉い人は子供  

途中

 村へ戻って来た。ケルラはリトゥナを見つけて、4つ足で駆けて行く。村の入り口に家があるので、元・偉い人も妻の百合恵も彼等を出迎えてくれた。
「お帰りなさい。その可愛いのが、ケルラ君の鞭なの?」
「何だ、その大量の荷物は。」
 ラークはどちらに答えようか迷った。元・偉い人が側にやって来て、野菜が入っている袋を覗き込んだ。それで、ラークは百合恵に答える事にした。
「幼児用だから、こういうのが普通らしくて。」
「玩具みたい。そう言えばソーシャルが小さい時、トゥーリナがこういうのを買ってきたわ。」
「そうなんだ。」
 「リトゥナの時は?」と訊きかけたラークだったが、彼女が訊いて欲しくないような顔をしたので、止める事にした。トゥーリナが偉い人になった頃、リトゥナは小さかった。忙しくて家庭を顧みる暇がなかったのかなと思っている、ラークの尻尾を元・偉い人が引っ張った。
「人間界の野菜ばかりだぞ。どうやって手に入れた?」
 振り返ると、野菜が全部袋から出されていて、他の村人達が面白そうに眺めていたが、さすがに元・偉い人ほどは図々しくないので、触ってはいなかった。『この男はどうしてこう、自己中で俺様なんだ…。いや、どっちも同じ意味か…?』
「人の物を勝手に出すなよ…。そりゃ、皆に見て欲しくて散財したけど。」
「じゃあ、俺が手間を省いてやったって事だろ?」
 牙を光らせて爽やかに笑う彼に、ラークは怒る気力も失せた。どうやったらそんな都合よく考えられるんだ?ガキの相手は疲れる…。同じ子供でも、ケルラを相手にした時の疲れとは、精神的な疲労度の差が…。「何ぶつぶつ言ってんだよ?早く俺の質問に答えろよな。」
「鞭屋がある町に八百屋があって、そこで買った。人間の野菜って、俺等の物とは違ってて面白いから、全部の種類を1つずつ買ってきたんだ。後で、鞭屋で金が足りなくなったかと焦ったけどな。」
 元・偉い人と村人達は感心して、野菜を眺めた。騒ぎを不思議に思った村人達もやって来た。
「ラークさん、触ってみてもいいですか?」
 好奇心を刺激されたらしい神父が訊いてきた。目がキラキラしている。
「構いませんよ、神父様。皆も、面白いから触ってみろよ。」
 皆がそれぞれ手にとって、野菜談義が始まった。元日本人だった百合恵が、知っている野菜について、美味しい料理法を語って皆の気を引いたり、この世界の野菜と比べてどうだと話し合ったり。貴族の神父が、宮廷料理について話し始めて、皆が驚いたり。
 話が一通り落ち着いた後、ラークはTVの話をした。彼は、町では珍しい野菜があったので、八百屋に行った。その後、目的を思い出して、鞭屋へ向かった。鞭屋の後、街を出る前にTVを見たのだった。
「第一者ターラン様がたまたま映っていたんだ。綺麗で立派だった。」
「あの美しい翼も見られましたか?」
 神父が言う。
「ええ。」
「あの方は本当に素晴らしい方ですよねえ…。あの方がいれば妖魔界は安泰…。」
 そこまで言って、神父ははっとして青ざめた。元・偉い人に睨まれたのだ。「あの私、別にそういう意味で言ったのでは…。」
「どーせ、俺の治世は良くなかったよ!」
 元・偉い人が憤慨した。「でも、俺は俺なりに必死で、そもそもターランなんか、天使の羽が綺麗ってだけのただの…。」
「何、熱くなってんだよ。神父様だって、俺等だって、あんたがちゃんとやっていたって思ってるぜ?だからこそ、あんたは未だにトゥーリナ様って呼ばれるんじゃないか…。」
 彼は、今度は口を挟んだラークを睨んだ。
「だったら、何でターランの事なんか…。」
「庶民は、偉い人の姿が見られるだけでも、嬉しいもんなんだ。それにあの方、天使の翼が美しいだろ?神父様が誉めるのは普通じゃないか。天使は神の使いなんだから。」
「あいつ、男の癖にヒステリー持ちだぞ。他人に容赦ないし。」
 元・偉い人は拗ねた。
「そこまで知るか。それに、第一者様のイメージをこれ以上壊すな。あんたが喋る度にそうなる。あんただってそうだったんだから。」
 元・偉い人は何も言えなくなった。「前に俺を説得した時、あんたは、自分も親に捨てられたから、ケルの気持ちが想像できると言ったな。」
「それが今、何か関係あるのか?」
「いや、多分、あんたはちゃんとした躾を受けなかったんだろうなと思って。3ケタとはいえ幼すぎる。」
 元・偉い人はこれを聞くと、何も言わずに家に入って行った。「まずい事を言ったかな。…俺も親父の事、言われたら腹立つけど…。」
 焦ってるラークに百合恵が言った。
「んー、ターランさんが言っていたけど、トゥーリナって躾らしい躾なんて受けていなかったって。まだ子供の内に、拾われた家から出て、後は戦ってばかり。それで偉い人になれた。でも、心が成長していなくて、リトゥナの躾も、どうすればいいのか、迷っていたわ。」
「躾をするのに必要な、家庭のモデルが俺にもあいつにもないのか…。」
 ラークはため息をついた。
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