ふわふわ君

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  14 青年になったケルラ  

 額から流れる汗を首から下げたタオルで拭う。一休みして、辺りを見回す。予想したほどいい出来ではなかったが、ラークにお尻を叩かれるほどには酷くはない。
「ケル、もうあがっていいぞ。」
「まだやれるよ。」
 ケルラはむっとした。俺だって、もう大人と言っていい年だ。舐めないでもらいたいもんだ。まだ余力があるのを父に示すのに、ケルラは精力的に作業を再開した。
 その様子を見たラークは、ちょっと笑った。なんにでも逆らいたい年頃らしい。
「じゃ、父さんは一人で昼飯を食うか。」
「えっ!?」
「ケルはまだ頑張れるらしいが、俺は腹が減った。」
 ラークは畑から家へ向かう。気付いたケルラがついて来るもんだと思っていたので、振り返りもしなかった。

 家に入り、昼食用に朝に作っておいた、食べ物が入ったバスケットを持ち上げた。冷やしておいた飲み物をその上に載せた。たまには外で食べた方が美味しいので、今日は手に持って食べられる物にしておいたのだ。
 外に出ると、シートを敷いて待っていると思ったケルラが、まだ作業をしていた。
「意地を張って…。」
 放っておいて本当に一人で食事をするか、お尻を叩いて叱るか、迷った。出来れば2人で居たい。それに最近あまり叱っていない。反抗期に叱りすぎると、自立できなくなるかもしれないと不安になっていたからだ。本当の自分の気持ちとしては、いつまでもケルラに側にいて欲しいのだけれど、それが我が侭だと知っていた。
 そう思うと、二人でご飯を食べる時間を逃したくない気持ちになってきた。
「ケル、今すぐ止めて、俺と飯を食うんだ。」
 返事がない。耳がぴくぴく動いたので、聞こえなかったとは言えない。「ケルラ、父さんの命令が聞けないのか?厳しく叩くぞ。」
 叱られないからといって、言う事に従わないのは困る。『俺は最近甘やかしすぎたんだろうか。』
 ケルラがやっとやって来た。ぶつぶつ文句を言っていたので、ラークは屈ませて、ズボンの上から強く叩いた。彼は痛みにうめいた。
「親を馬鹿にするんじゃない。ちゃんと父さんの言う通りにするんだ。」
「俺、腹減ってない。」
 ケルラがイライラした表情で言う。
「逆らうのか。…最近甘やかしていたから、調子に乗ってるみたいだな。」
 ラークは溜息をついて見せた。「お仕置きした方が良さそうだ。」
 ケルラが青ざめる。何か言いかけたが、ラークは問答無用で彼を膝の上に乗せた。自分は大きくなった後、父の膝に乗せられなかった。でも、ラークはそれが嫌だったので、ケルラは、鞭打つ場合を除き、いつも膝に乗せていた。
 観念したのか、ケルラは大人しかった。お尻を剥き出しにする。猫の毛に覆われたそれを軽く撫でた。彼が少し震えたので、口で反抗するほど、父である自分を軽く見ていないのだと思えて、嬉しかった。
 手を振り下ろし始めた。無言でじっと耐えるケルラ。しかし、30回を越えたあたりから、喚き、暴れるようになった。こうなると、不当に苦しめているみたいで、好きではない。少ないと思いつつも、手を止めて訊いてしまう。
「ケル、反省したか?」
「もう許してくれるんだ?」
 その言葉に、ケルラの方がよっぽど男らしい気がして、ラークは自分が情けなくなった。
「まだ。」
 それだけ答えると、お仕置きを続けた。

 鞭はいいや。大きくなって買いなおしてから、一回も使っていない気がしたけど、鞭を使うほどじゃなかったと自分に言い訳した。
 泣いているケルラを抱く。昼食を摂る前にお仕置きしたので、酷く腹が空いていた。ケルラの涙を舐め取ると、舐め返してきた。しつこく舐められる。腹の減りが激しいが、ケルラが舐めてくるのを突き放すわけにも行かず…。同じ所ばかり舐めるので、頬が濡れてきた。
「いや、あのケル…、俺、腹が減って、ケルは?」
「にゃあ!お父にゃん。」
 ラークは吃驚した。大きくなったのに、「お父にゃん?」とは?
「え?」
 べたついている頬をまた舐められた。腹が大きな音をたてて…。

 目を開けた。見慣れた幼いケルラの顔が視界にあった。泣きそうな顔をしている。腹は盛大に音を立てている。ケルラのお腹からも可愛い音が聞こえている。頬に触れると、べとべとしていた。辺りを見回すと、野菜が大量に入った袋などの荷物。腰には買ってきたばかりの鞭。
 ラークは自分が村へ帰る最中に眠りこけてしまったと、やっと分かった。久しぶりの旅、しかも子供連れで余計に気を使い、最初の晩はろくに眠れなかった。しかも、野菜を買ったので、帰りはやけに重い荷物を持っている。体が悲鳴をあげて、食事の支度の途中で眠ってしまったのだ。
 ラークは慌てて、支度を再開し、ケルラと自分のお腹を納得させた。

 夜。眠りこけているケルラの顔を眺めながら、ラークは夢を思い出した。青年のケルラは、背中の真ん中あたりまで伸ばした水色の髪を首のあたりで軽く結び、体は程よく鍛え上げられていた。ラークの理想通りだった。反抗的だったのは、思春期だからだろう。
「本物は、第一次反抗期すらまだなのにな。」
 しかし…。理想のケルラに対して、夢の自分ときたら、お仕置きすら満足に出来ないなんて…。「鞭を買ったから、ちょっと感じやすくなってるのか。」
 幼い頃の自分も思い出したし。
「ま、ケルがどうなるかは分からないけど。」
 夢のような逞しい男らしい子でもいいし、別にリトゥナみたいな優男でもいい。真っ直ぐに育ってさえくれたら。
 ラークは、ケルラの将来を考えて、微笑ましい気分になった。
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