ふわふわ君

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  6 ヴァレンタイン  

 百合恵は、娘に声をかけようと近づいた。名前はソーシャル。青い鳥の翼とへびの尻尾がある、リトゥナの妹。兄は、元・偉い人がまだ偉くなかった頃に生まれたので、大人しい性格になった。けれど、ソーシャルはお姫様育ちなので、とても偉そうな女の子になってしまった。
「明日は、バレンタインという日なの。好きな人に自分の思いを告げられる特別な日で、日本の女の子は、チョコを男の子にプレゼントするのよ。それで、これからチョコクッキーを作るんだけど、あなたも手伝わない?」」
「わたし、好きな男の子なんて居ない…。でも、面白そうだから手伝うわ。」
 ソーシャルは、エプロンを取ると身につけながら、母に訊いた。「ねえ、何でわざわざ特別な日があるの?」
「妖魔界と違って、日本では、女の子から告白しないのよ。」
「へーえ。変なの。」
「わたしの感覚からすると、妖魔界が変だけど…。まあ、それはいいわ。」
 百合恵は、にこっと微笑むと、作業を始めた。

 次の日。ケルラは、魚の形をしたチョコクッキーを食べていた。口と髭に粉がついている。隣に座って、小鳥クッキーを食べている、リトゥナが笑った。
「ふわふわ君、口に食べかすがついてるよ。」
「にゃ。」
 ケルラは、慌ててかすを拭った。手を見てみると、肉球に溶けたチョコがついていた。彼は、手をぺろぺろ舐めた。美味しくて、にこっと微笑んだ。
「ふわふわ君たら…。そんなに美味しそうに食べてくれて、お母さんとソーシャルちゃんが喜ぶね。」
「にゃ。クッキーおいしい。チョコ好き。」
「うん、美味しいね。」
 二人は幸せそうな顔をしていた。

「人間界には、面白い行事があるんだなー。」
 ラークはお魚クッキーを見ながら呟く。「ばれんたいん…だったか?」
「正確には、セント・ヴァレンタイン。本来は聖なる日なんだ。」
 元・偉い人は、ハート型のココアチョコクッキーを食べている。
「本来は、って今は違うのか?」
 チョコクッキーの甘さに、目を白黒させながら、ラークは言った。甘いお菓子なんて初めて食べたので、口の中に広がる香りに、舌が変になった気がした。
「今は、義理チョコとか言って、好きでもない相手に配ったり、自分用に買ったりする。ただのチョコの日になってる奴も居る。あ、誤解ないように言っておくが、勿論、大切な日だって、頑張る女もいるぞ。」
 今度は、ココアが混ざっていないのを食べながら、元・偉い人は講釈をたれる。
「ふーん。それって、俗っぽい日になっちまったってことだよなあ。」
「そもそもお前が貰ってるのが、当てはまってる。百合恵は俺の女だからなー。」
「何だ、惚気たくて喋ってたのか?トゥーリナは、お子様だな。」
 ラークが笑った。「ん、慣れると旨いな。お前のと違って、俺は魚の形ばかりだなー。このチョコとかいう奴でつけた模様が違っているから、全部違っていて、面白いけど…。ケルのもそうだったみたいだが…。」
「百合恵にとって、猫は魚を食べる生き物なんだ。」
「猫は鼠だろー。」
「日本は魚が多く取れる所だから、猫は肉食って感覚がないんだ。」
「場所が変われば、食文化も変わる、か。人間界らしいや。」
 ラークは、最後の魚に手を伸ばした。最初は不味いと感じたのに、無くなると、もっと食べたいなという感覚になってきて、面白いなと思った。

 自分のチョコクッキーが無くなってしまい、ケルラはリトゥナに迫った。
「もっと、もっとにゃ。欲しい。ちょーだい、リーにゃん。」
「駄目だよぉ。これは僕の分。ふわふわ君と僕で、ちゃんと同じだけ貰ったでしょ?」
 座っていると盗られてしまいそうなので、リトゥナは慌てて立ち上がった。ケルラは、ジャンプして、リトゥナに飛びついた。重さと勢いに耐えきれず、リトゥナは尻餅をつく。その弾みで袋に入っていた、残りのクッキーが地面に散らばった。「あー、僕のクッキー…。美味しいから、大事に食べてたのに…。ふわふわ君、酷いよ!」
 リトゥナの抗議も耳に入らないケルラは、砂のついたクッキーを食べ始めた。
「にゃー、美味しい。」
「ちょっと、ちょっと、そんなの食べたら、お腹が痛くなるよ?」
 リトゥナは慌てて、ケルラの手からクッキーを取り上げようとした。
「にゃーっ。」
 チョコを奪われると思ったのかケルラは、爪を出して、リトゥナを引っ掻いてきた。
「痛いよ、何するの?」
 リトゥナは吃驚して、手を離した。でも、ケルラは怒りが収まらないらしく、また引っ掻く。大人しいリトゥナも流石に頭に来た。小さい子相手だと我慢していたけど、もう限界だ。少し手加減して、ケルラを突いた。ころころ転がった彼は、大人しくなった。泣いちゃうのかなとリトゥナが不安になり駆け寄ると、爪を出した足で蹴飛ばしてきた。不安になった分だけ、余計にカッとしたリトゥナは、本気で喧嘩を始めた。

 洗濯物をとりこんでいる百合恵の所へ、スカートを翻して、リリミィが走ってきた。
「大変、大変!百合恵おばさん、ケルラ君とリトゥナ君が喧嘩してるよ!」
「ええっ!?」
 あの大人しいリトゥナが?気の強いソーシャルと性格を取り替えたいリトゥナが?赤ちゃんみたいなケルラ君と…?
 百合恵は信じられない気持ちで一杯になった。でも、リリミィにはそんな嘘を吐く理由が無い。
「リリミィちゃん、おばさんをそこへ連れて行って。」
「うん!」
 リリミィの後を追って、百合恵はスカートを持ち上げて走りだした。

 珍しい物見たさに、辺りに子供達が一杯いた。中には大人までいる!百合恵はちょっと頭に来たので、わざとその人を突き飛ばして道を作ると、二人の側に立った。妖魔界にはそんな気の強い女性がいないので、突き飛ばされた人は目を白黒させた。
 二人とも泥だらけ、傷だらけだ。本当なら、大きいリトゥナの方が強いんだろうけれど、ケルラには猫の爪と牙があるし、闘争心なら彼の方が強い。
 側に、粉々になったチョコクッキーがあった。喧嘩に夢中になって、踏み潰してしまったらしい。
「二人とも止めなさいっ!!」
 見物人まで吃驚するような大きな声で、百合恵は怒鳴った。リトゥナとケルラはギョッとして、動きが止まった。「食べ物を粗末にするなんて、どういうことなの?それに、喧嘩の理由は何?」
 余りの剣幕に、二人とも答えられない。「答えなさいっ!!」
 やっとの思いでリトゥナは口を開き、なるべく公平に聞こえるように、理由を話し始めた。
 全てを聞き終わった百合恵は、二人を連れて、家へ帰った。

 百合恵は、二人の傷の手当てを終えると言った。
「二人とも25回のお尻叩きよ。」
「はい…。」
 リトゥナは俯き、ケルラはお尻を押さえてもぞもぞした。
「小さいケルラ君には多いかもしれないけれど、悪い子だったんだから、ちゃんと受けるのよ。」
「にゃー…。…はい。」
 百合恵がケルラのお尻を出している間に、リトゥナは自分でお尻を出した。
「二人とも膝に乗せたい所だけど、足の長さが足りないから、ソファに寝てね。」
 リトゥナがソファに手をつき、百合恵はケルラを隣に寝かせた。膝に乗せられないお仕置きは始めてなので、ケルラはちょっと動いたが、背中を軽く押さえられると、大人しくなった。「じゃ、行くわよ。」
 百合恵は二人のお尻を叩き始めた。お尻もふわふわの毛で覆われているケルラは、痛みを感じるのかと思ったけれど、にゃーにゃーと声をあげているので、そのままの力で叩き続ける。
 パン、パンと叩く。リトゥナのお尻はピンクへ変わっていくけれど、ケルラはそのままだ。強く叩いていないか不安になりつつ、百合恵は手を振り下ろす。
「いたにゃー。ごめにゃー。」
「痛いー。」
「もうちょっと我慢なさい。後7回よ。」
 百合恵は暴れるケルラをしっかり押さえながら、残りを叩く。最後の一回を強めにした。
「にゃーっ!!」
「ケルラ君はお終い。もう我が侭言っちゃ駄目よ。意地汚いのもね。後で、お腹のお薬を上げるわ。」
「みゅうー。」
 優しく抱かれて、ケルラはぼんやりした。お尻は痛いし、涙は零れるけれど、お父にゃんのかたい胸と違って、リーにゃんのお母にゃんの胸は柔らかく、不思議な気持ちになった。
 ケルラが泣き止んだので、百合恵を彼を放し、リトゥナのお仕置きを再開した。
 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。リトゥナの方は、4回を強くし、最後は思いきり打った。パーンッ。
「すっごく痛い…。」
 リトゥナはぼろぼろ涙を零した。百合恵は、
「さあ、お終いよ。」
 優しく息子を抱いた。頭を撫でる。「リトゥナは余り悪くないけれど…でも小さい子にあそこまでするのは良くないわ。」
「はい…お母さん…。」
 リトゥナは言われる前から分かっていたので、何も言わないで素直にお仕置きを受けていた。
「もうちょっと男の子らしく、たまには喧嘩をしておけば、手加減も分かるかもね。」
「もうしないよ。」
 リトゥナは懲り懲りだった。
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