ふわふわ君

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  4 雪のお話  

 一年中温暖なこの世界。なのに今日は何故か寒い。
 百合恵が、「雪が降るかも。」と言った。それを聞いたケルラ以外の皆は、「ええーっ!!」と仰け反った。リトゥナと妹は嬉しさで、大人達は信じられなくて。
 この世界の人達は雪が大嫌い。白くて綺麗だけど、この世界の人達はそういう物が苦手なのだ。しかも、野菜には天敵。村では余計嫌われ者の雪…。数十年に一度、数日間だけ降る雪は、とっても珍しいのに…。

「おい、ケル。」
「みゃう?」
 お父さんに充分に愛されるようになり、精神的に安定したケルラ。今ではお父さん以外にも興味が向き、お友達が沢山出来た。毎日外へ遊びに行き、いつも真っ黒になって帰ってくる。
「今日は寒い。遊びに行くなら、これを着ろ。」
 ラークは長袖で厚手の服を差し出した。揺れる袖にケルラは小首をかしげた。手を動かして、更に袖を揺らす。「遊ばなくていいから、着ろ。」
 放っておくと興奮して噛みついたりするのが目に見えているので、ラークは、ケルラの腕を掴んで、強引に着せた。
「にゃあ、にゃあ。」
 なんだか重い。そして、動きにくい。ケルラは脱ぎたくて動き回り、床をごろごろ転がった。「みゃー、みゃー。」
「何をしたいんだ?」
 ラークは呆れて言う。ケルラがラークを睨んだ。「おっ、何だ、その顔は。」
「みぃー!!うにゃあ、うみゃ。」
 興奮して、言いたいことを伝えられないケルラ。一人もどかしげに怒る。
「…何が言いたいか、まるで分からないけど、外に遊びに行きたいなら、それを着ていろ。」
 ケルラが不満そうだったので、ラークは襟首を掴むと、小脇に抱えて、お尻をペーんっ、ペーんっと叩いた後、外にぽいっと捨てた。
「うにゃ。」
 久しぶりの酷い扱いにちょっと拗ねたケルラ。反抗して脱ごうかと思ったけれど、外は寒い。この服を着ていると暖かいので止めた。ぶたれて痛いお尻を撫でながら、友達との待ち合わせの場所へ歩きだした。本当なら走りたいのだけど、もこもこした服を着ているので、無理なのだ。

 服の違和感がなくなってきたケルラは、一番大切なお友達、兎のリリミィの所へ走って行く。彼女もしっかり着こんでいた。
「ケルラ君!」
 ふわふわスカートを翻し、彼女もケルラの所へ駆けて来た。
「ミーにゃん。ミーにゃん。」
「リトゥナ君ももう来てるよ!今日は何する?」
 リリミィはにこっと微笑む。ケルラも一緒に笑った。

 もしもの時の為に、畑に防護シートを敷いている元・偉い人は、リトゥナの元へ駆けて行く二人を見て、妻へ言った。
「あれって早熟な恋かな?」
「まさかあ、ふわふわちゃんって、まだ赤ちゃんでしょ?懐いてるだけよ。」
「ケルラは面食いだな。あれはいい女になるぞ。」
「…。」
 返す言葉がない百合恵だった。

「雪、降るかな?」
 リトゥナは目を輝かせながら、空を眺めた。
「雪って、怖いんでしょ?お父さんが、もし降ってきたら、すぐ帰っておいでって言ってた。」
 子供達の一人が言った。
「ゆ・き?」
 ケルラが皆の真似して空を見ながら呟いた。耳慣れない言葉だ。
「雪ってね、白くてふわっとしてて、触ると冷たくて、とっても綺麗なんだって。」
 お母さんが元人間なので、少しだけ雪について知っているリトゥナが言った。「僕、見てみたいな。」
「雪にゃん、雪にゃん。」
 良く分かっていないケルラは楽しそうに跳ねたけど、他の子供達は不安げ。
「ね、遊ぼうよ。」
 首が疲れてきたリリミィが言う。ケルラは、彼女の側に座って、皆を見た。
「そうだね。今日は何をしようか?」
 リトゥナが微笑んだ。それで、皆がそれぞれやりたいことを言い出した。

 雪も寒さも忘れて、夢中で遊んでいると、空から白い物が降ってきた。初めに気付いたのは、ケルラだった。
「にゃあ、みゃあ…ミーにゃん、リーにゃん。」
「「どうしたの?」」
 リリミィとリトゥナがケルラを見た。
「あっ。」
 二人だけでなく、皆が気付いた。
「これ、なあに?」「変な雨?」「冷たい…。」
 子供達が騒ぎ出す。
「雪、かなあ…?」
 リトゥナは呟いた。皆が静かに空を見上げた。「綺麗だね…。」
「雪って、怖いんでしょ?これは違うと思うわ。冷たいけど、綺麗だもん。」
 リリミィが言い、皆がこくこくと頷いた。

「げっ、降ってきたぞ!百合恵、早く、やっちまおう。」
 元・偉い人は百合恵へ叫んだ。
「懐かしいわ…。」
 百合恵が言った。彼女は元・日本人なので、雪への恐怖はない。
「急げって。」
 元・偉い人は慌てて、残りの防護シートを敷く。夫の怯えようが変に思えた百合恵は、彼に訊いてみた。
「雪に触れると怪我でもするの?」
「気持ち悪いだろ?そんなことはどうでもいいから、さっさと手伝え。」
「…。」
 彼女には理解不能だったが、夫にお尻を叩かれたくないので、作業を手伝った。

 ラークは窓から外を眺めて、じりじりしていた。彼は、百合恵の言葉を聞いてから、すぐに畑に防護シートを敷いたので、今は家にいた。
「ケルぅ、何やってんだよー。さっさと帰って来いよなー。」
 迎えに行こうか…。雪が体に触れたら嫌だけど…。でも、ケルラは大事な息子だ…。「よしっ、行くぞっ。」
 ラークは、気持ちを強く持って、外に飛び出した。まるで、銃弾の飛び交う戦地にでも赴くように。

「これって、土につくと消えちゃうんだね。」
 一人が言うと、皆が地面を見た。雪はひらひらと降ってきて、地面に染みこんでいくように見えた。
「手についても消えちゃうよ。」
 他の子が言った。別の子は、
「口から白い煙が出てきて、気持ち悪い…。」
「煙草みたいだね。」
「あ、そう言えば、そうだね。」
 皆、遊ぶのを止めてしまい、雪に見入っていたが、ケルラは一人雪にじゃれつこうとしていた。触れない…と本人には思えたけど、本当は融けているだけだ。
「ケルラ君、楽しそうだね。」
 その声に、ケルラはリリミィを見た。途端に彼の心は彼女に移る。
「ミーにゃん。」
 彼女の体に自分の体を擦りつけて甘える。と、その時、ラークが走って来た。
「ケルラ!!」
 大声にケルラは飛び上がった。皆も吃驚して、ラークを見た。
「お父にゃん…。ごめにゃ。」
 お父さんがケルラと呼ぶ時は、お仕置きされる時。だから、まだ何も言われないうちから謝った。ケルラは震えながら、ラークを見た。
「雪が降ってるのに、何で帰ってこないんだ?」
 ラークはケルラを抱き上げて、肩に乗せると、皆を見て怒った。「お前等も、さっさと家へ戻れ!」
「えっ、これ、雪なの?」「えーっ、帰ろう!」「綺麗で、怖くないよね?」
 子供達の反応は様々。怒られると思って家路につく子、信じられない子、雪と分かって面白そうな子…。
「こらっ、帰れ!」
 ラークは帰ろうとしない子達のお尻をぱんっ、ぱんっと叩いた。子供達は慌てて帰って行く。
「ミーにゃん、リーにゃん、ばい。」
 ケルラはお父さんの肩の上から、皆に手を振った。

 ぱあんっ、ぱあん。家に着いたら、あっという間にお尻を出されて、お父さんの膝の上。

「何で帰ってこないんだ!雪が何なのか分からなくても、見ただけで気味悪いだろ!」
 ラークはこう言うけど、それは先入観がある大人の意見。純粋な子供達には、人間と同じ感覚で雪を楽しんだのだ。でも、ラークにそれを分かれというのは無理なのかもしれない。なんせ、大人というものは、子供の頃の気持ちを忘れてしまうから。
「ごめにゃさいっ。にゃーっ。」
 ぱあんっ、ぱあんっ。ケルラの為にはならないけど、ある意味仕方ないお仕置きは続く。ケルラは痛みで暴れた。ぱあんっ、ぱあんっ…。

「みゃあ…。」
 痛いお尻を撫でながら、ケルラはラークにもたれた。ラークが頭を撫でた。
「可愛いケルが、雪にまみれていたと考えると、ぞっとするぞ…。」
 ラークは、ケルラを抱いて立ち上がった。「風呂に入って、綺麗にしようか。」
「にゃん。」
 ケルラは泣き笑いの顔をした。

 湯舟に浸かると、お尻にお湯が染みたケルラは暴れ出した。
「みゃうっ、にゃあっ。」
「…ケル、少しくらい我慢しろよな…。」
 ケルラの猫パンチが顎にヒットしたラークが静かに言った。ケルラはラークの顎を舐めた。ラークはにやっと笑うと、「こいつぅ、こうしてやる。」
 ケルラの顔にお湯をかけた。ケルラが面白がって、やり返す。二人はお風呂を楽しんだ。
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