ふわふわ君
1 愛せないお父さん
ここは、おすの子猫ケルラとお父さん猫ラークのおうち。お母さんはケルラが今よりもずっと小さい時に、病気で亡くなっている。ケルラはお父さんと二人暮しなんだけど…。
お父にゃんが頬杖をついて、尻尾を振っている。犬と違って、猫は機嫌の良くない時に尾を振る。つまり、今はお父にゃんに近づかない方がいいってこと。でも、ケルラには動いている尻尾がとても魅力的なものに見えて、近づいてはいけないなんてこと、忘れてしまう。
『我慢して、我慢して…。ああ、やっぱり駄目。』さっき、「大人しくしていろ。」と、ソファに寝かされたばかりなのに、大ジャンプでお父さんの尻尾に飛びついた。
「いてぇっ。」
じゃれ付いた後、噛み付いたら、お父にゃんが悲鳴を上げた。「ケル!」
あっという間にお父にゃんの膝の上。
「みゃー!!」
「みゃー、じゃねえよ。噛まれたら痛いんだぞ。」
ぱーん、ぱーんとお尻をぶたれた。
「ごめにゃさい。」
ズボンの上から、ぱーん、ぱーん。
「ごめんなさいだろ、馬鹿息子。」
『痛いよー。許してにゃん。』でも、手は止まってくれない。一所懸命、謝ってみる。
「ごめ、ごめにゃ。にゃさい。」
「ごめんなさいだっつーの。もういいっ。外で遊んでろ!」
ケルラは襟首を捕まれて、外に放り投げられた。弧を描いて飛び、ケルラの姿は消えた。
「やっと考えごとの続きが出来る。」
ラークは、パンパンと手を叩いて、息を吐くと、戸を閉めた。
「みゃー、にゃー。」
猫らしく、しゅたっと草むらに無事着地したのはいいけど、家の戸は硬く閉められてしまっている。お尻はじんじんするし、閉め出しまで受けてしまったケルラ。
『そりゃないよ。尻尾にじゃれて、ちょっと齧っただけなのに、お仕置きが二つもなんて。』ケルラは耳をたらして、丸くなった。どうしようもないから。と、思ったけど。
「ふわふわくーん、大丈夫ー?」
「にゃ。」
耳がピンと立つ。「にゃーっ。」
『あの声は、偉い人の子供、リトゥナ君。』
リトゥナは、こうもりの羽とへびの尻尾を持っているので、へびこうもりという種族。女の子みたいに可愛い顔だけど、れっきとした男の子だ。
「わ、元気みたいだね。」
ケルラが足元にじゃれ付くと、リトゥナはほっとした顔になった。
子猫は毛がふわふわ。ケルラは体中、ふわふわ。だから、ふわふわ君。リトゥナが名付けた。正確に言うと、二人が出会った頃、話せるのに鳴き声しか出さないケルラの名前が分からないので、リトゥナが仕方なくあだ名をつけたのが実情だったんだけど、それは秘密のお話。
「僕んちにおいでよ。」
「みー。」
ケルラはリトゥナの後をついていく。立って歩くより、四つんばいの方が早いのは、猫だからなのか、幼いからなのかは分からない。
「おおー、ケルラか。親父に苛められてないか?」
偉い人が言った。彼もへびこうもり。名前はトゥーリナ。本当は元で、今はただの人。でも、ケルラを含めたこの村の人達は、今でも彼を偉い人だと思っている。でも、この話には関係無いので、続ける。で、彼はケルラの名前をケルラのお父さんのラークから教えてもらった。
「戸から投げられてたよ。」
「そりゃひでーな。何処か痛くないか?」
「みうみう。」
ケルラはお尻を指差した。
「ケツをぶつけたのか?」
「え、ちゃんと着地してたよ。」
リトゥナは不思議そう。
「へ?どういうことだ?」
「しっぽ、かじかじ。ぺんぺん。」
「…名探偵でも呼ぶか。」
ケルラの言い方ではまるで分からないので、元・偉い人は諦めた。
「お父さんの尻尾を齧ってお仕置きされたのね。」
リトゥナのお母さんが言った。元日本人で、百合恵というお名前。彼女は青い羽の鳥だ。
「かじかじって、齧ったって意味だったか。良く分かったな、百合恵。」
「赤ちゃん言葉よ。ふわふわちゃんは、まだ小さい子だから。」
皆に愛されてるふわふわ君。でも、お父さんは、分かってくれないみたい。残念。
ケルラが楽しく過ごしている間、ラークはどんな考えごとをしていたんだろう?ちょっと覗いてみよう。
「なあ、あいつを愛するには、どうしたらいいんだ?教えてくれよ…。」
写真に向かって呟いているラーク。写真の中で微笑む女性は、ケルラのお母さんクリュケ。ラークは、両親から愛されずに育った。だから、子供を愛せる自信がなかった。でも、クリュケは普通の子供時代を過ごしたし、子供が生まれても、彼女が居れば大丈夫だと思ったのに…。
子供が全然分からなくて、ケルラを可愛がれないラークだった。
ぐうぐうお腹が鳴って、もう夜ご飯の時間。
「さあ、飯にすっか。」
元・偉い人が言って、ケルラの頭を撫でた。「ケルラは帰れ。親父も心配してるぞ。」
「みうみう。」
「僕が一緒に行こっか?」
不安そうなケルラを心配して、リトゥナが言ってくれる。
「にゃあ。」
リトゥナの言葉に嬉しくなったケルラだったけれど、元・偉い人は首を振る。
「駄目だぞ。甘えは禁物。男なんだから一人で頑張れ。」
「まだ小さいんだから、甘えていいじゃない。お父さんは甘やかしてくれないんだし…。」
「他人の俺等が手を出すと、父親がかえって頑なになる。」
「意地張っちゃうのね…。」
「そう。じゃ、ケルラ、また明日な。」
「みぃー。ばい。」
ちょっと怖かったけど、ケルラは手の変わりに尻尾を振りながら、おうちへ4つ足で帰って行った。
「ただいにゃー。」
無事に玄関の戸が開いたので、入りながらケルラは言う。返事がないので不思議に思う。「お父にゃん。」
お父にゃんは、台所でご飯の支度。いい匂いがケルラの鼻をくすぐる。彼はお父にゃんの足元に飛びついた。
「わっ。…な・何だ、ケルか…。吃驚させんな!」
ひょいっと摘み上げ、お尻ぺんぺん。
「みゃー!!」
「邪魔した罰だぞ。」
はーん、ぱーん。ケルラのお尻を数回叩くと、ぽいっと放り投げるラーク。ケルラはソファに着地した。「飯が出来るまで大人しくしてろ。」
お尻を撫でながら、ケルラは、ソファで丸くなる。
「ケルー。顔中、食べかすだらけだぞ。こっちこい。」
「にゃ。」
「ったく、ガキは何にも出来ないんだな…。」
ぶつぶつ言いつつ、ラークはケルラの顔を舐めまわした。ラークも猫なので、こんなことをしちゃうのだ。
ケルラはお父にゃんの頬を舐め返した。
「お父にゃん。」
「お父さん、だろ。」
体をこすり付けてくるケルラを、お父さんは微笑みながら見た。
可愛いと思える気持ちはある。撫でてやりたくもなる。でも、幼いケルラがべたべたしてくると疲れるのも事実。猫は気まぐれ。お父さんも気まぐれ。可愛い気持ちが続かない。
「あー、オネショしたなー。」
次の日の朝。ラークの声が響き、ふわふわの毛に覆われた小さなお尻が音を立てる。ぱーん、ぱーん。
「にゃー!!ごめにゃさい。」
「ごめんなさい、だー!馬鹿息子!」
「にゃー!みゃー!」
お父さんとケルラの追いかけっこは、まだまだ続きそう…。お父さん、ケルラの為にも、育児に困ったら、周りに相談しようよ。
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