“伝説の男”の生い立ち

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 義足と義手に慣れるためのリハビリが始まった。それは思っていたよりもずっときつかったので、終わるとすっかり疲れてしまう。
 リハビリが終わって、ベッドに横になっているシーネラルの元へ、エッセルがやって来た。
「なあ、順調か?」
「まあまあ。」
 ジオルクは、あれから顔を見せない。しかし、エッセルが定期的に来ているということは、団の野営地はまだ、この町の側にあるのだ。ジオルクは自分を諦めるつもりがないらしい。嬉しい気もするし、放っておいて欲しい気もする。
「リハビリってどんな感じなんだ?」
「部屋へ行った時、悲鳴上げてる奴がいて、根性がないなんて思ってた。でもなあ、いざ始まってみると、全然思うように動かないし、痛いしで、人を馬鹿にしていた俺は何様なんだって思った。」
 それを聞いたエッセルが顔をしかめた。
「そんなに辛いんだ……。」
「まあ、自業自得だけどな。」
「……。」
 エッセルはどう返答していいか、困った顔になった。どうしてお前が困るんだと言いかけたシーネラルは、ふと気づいた。
「ああ、そうだ。エス。言っておくのを忘れたが、俺がこうなったのは、髪の毛を切ったからなんだ。お前があいつと戦っていたのとは何の関係もないからな。」
 シーネラルは目を閉じた。「悪いが、なんだか眠たくなってきた。リハビリはきついから疲れるんだ。」
「シィー……。有難う……。じゃあ、お休み。俺、また来るからな。」
 エッセルが出て行く音が聞こえた。
 『やっぱり、そうだったのか。どうして、エスが毎日来るのか考えもしなかったが、気にしていたんだな。』
 なんとなく思いついただけだったが、言って良かったとシーネラルは思った。


 夢を見た。シーネラルを障碍者にした男が立っていた。腕と足を負傷し、動けないシーネラルを見下ろしている。男が剣を振り上げた。残っている腕を狙っていた。逃げることも出来ないまま、シーネラルは四肢を失った。
「はははははは……。死ね、“貴族殺し”っ。」
 剣だったはずの武器が、いつのまにか巨大なハンマーに変わっている。しかし、夢を見ている最中なので、特に変だとは思わなかった。
 ハンマーが振り下ろされる。目をきつく閉じ、シーネラルは衝撃に耐えようとした……。


「はあっ、はあっ、はあ、はあ……。……はぁ。」
 実際に頭が痛む気がした。頭を砕かれた筈なのに、どうして痛みなんか感じるんだろうと思った。死んでいるのに。「……ああ。夢か。」
 急速に現実感が戻ってくる。それでも、なくなった手足が痛むような気がする。ないのにどうしてだろうと思った後、そういえば、どこかを失っても脳が覚えていて痛むのだと、何かで読んだことを思い出した。
「……。」
 手を眺めた。親指、人差し指、中指が自前ので、後は全て義手だ。「俺の記憶では、腕は切り飛ばされただけだよな……。足は踏み潰されたけど……。」
 そう。だから、足は義足になるだろうと思っていたが、腕はちゃんとくっついているもんだと思っていた。どうして、指三本しか残っていないんだろう。


 数日後。エッセルがやってきたので、彼に腕のことを聞いてみた。
「俺は知らないなあ……。俺、あいつに攻撃するのが精一杯で、その後、気を失っちまったし……。医者に訊いてみた方が早いんじゃないのか?」
「ま、そうなんだがな。……そっか。知らないか。」
 あの時はどちらも余裕がなかった。知らなくても当たり前かもしれない。じゃあ、医者に聞くかとシーネラルは思った。
 しばしの会話を楽しんだ後、エッセルは帰った。


 リハビリを終えてぐったりしていると、久しぶりにジオルクが現れた。最後のやり取りは、シーネラルとしては気まずいのだが、ジオルクはなんとも思っていないような顔をしていた。本当になんとも思っていないのか、そういう振りをしているだけなのか、シーネラルには分からない。
「とりあえず、自殺はしないようだな。」
「まあ……。まだ死にたくないみたいっすね……。リハビリが辛いとエスに愚痴りながらも、止める気にならないんだから……。」
「自分のことなのに、他人事だな。」
「気持ちの整理がついていないんすよ。」
「そうか……。」
 ジオルクは無表情だった。そして、まるで、初めてこの病室へ来たかのように、病室をゆっくりと眺め回した。「俺も入院したことはあるが、一人部屋ってのは初めて見たな。」
「……?」
 ジオルクは何か言いたくてここへ来たはずだ。それなのに、何も言わずにうろうろしている。「あの……、どうしたんすか? 何か用があって、ここに来たのでは?」
 ジオルクがビクッとしたので、シーネラルは驚いた。ジオルクはシーネラルより少し年上だし、いつも落ち着いていたので、そんな様子を見せるのは初めてだったのだ。
「……い・いや……。……あ、そうそう。エスから聞いたが、シィーは、腕がどうなったか知りたいんだったよな?」
「え? ……ああ、そうっすよ。」
 本来言いたいことではなかったらしい話を始めたジオルクに、シーネラルは戸惑っていた。
「あの時、乱戦してただろう。突然のことだったから、指揮系統も乱れていたし……。」
「ええ。でかい仕事を終えたばかりで、皆気が抜けていたっすから。普通なら、あんな醜態を曝さないのに……。」
「それでな、全てが終わった後、倒れているお前とエスを見つけて側へ行ったら、腕は……、最初それが何なのか分からなくてな。でも、お前に腕がなかったから、やっと腕だと気づいて……。」
 ジオルクの言葉に衝撃を受けたシーネラルは、彼の奇妙な態度への疑問が吹っ飛んでしまった。
「えっ!? だって、俺の腕は切り飛ばされただけで……。」
「エスは悪くないと思う。爆発する種は、腕とは関係ないところで破裂していたし……。お前達と戦っていた男の可能性の方が高いはずだ。皆走り回っていたから、知らずに踏んづけていた可能性もある。」
「……成る程。」
 シーネラルは頷いた。「エスとは少しも思っていなかったんすけど、なんにしても戦闘中だったんだ。何が起きても仕方なかった……そういうことっすね。」
 ジオルクに睨まれた。
「その言い方だとエスが悪いみたいだぞ。俺は違うと言っている。」
「分かってますよ。エスがあの種を使わなかったら二人とも死んでた。例え当たったにしろ、当たらなかったにしろ、俺の腕はどうしようもない状態だった……。いいっすよ、それで。」
 ジオルクがまだ睨んでいるので、シーネラルは続けた。「エスに腕のことを訊いた時、あいつはぽかんとしてた。当たってしまっていたのなら、何か態度に出たでしょう。本当に何も知らないって顔だった。あいつには演技が出来るような器用さはないし……。……そんな怒らないで下さいよ。俺は障碍者になったことで少し腐ってるんす。いつもなら気にならないことでも、今は受け流せない状態であるってことくらい察して下さい。」
 ジオルクははっとしたような顔になった。
「そうだな、済まん。エスは必死だったのに、お前がそんな態度を取るなんて……と思ってしまってな。……俺が悪かった。」
「別にそこまで…。…リハビリ後なんで、疲れて眠いんす。悪いけど、寝てもいいっすか?」
「分かった。お休み、シィー。いい夢を。」
「有難う御座います。」
 眠りに落ちる寸前、シーネラルは、ジオルクの変な態度について思い出したが、眠気には勝てず、そのまま寝てしまった。
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