“伝説の男”の生い立ち
8
所変わって、ジオルク盗賊団の野営地。
「なあ、シィーは戻ってこないのか……?」
エッセルの不安げな声に、ジオルクは厳しい表情をした。
「ここに戻ってくるのが辛いとシィーが感じるのなら戻ってこないし、ここでやれると思うなら戻ってくる。」
「どうして嫌だなんて思うんだよ?」
エッセルには不思議でしょうがないらしい。
「お前は若いから分からないかもしれないが、限界を感じている時に、自分を軽々と追い越して行く者の存在は、嫉妬心を呼び覚ますんだ。シィーはそれが辛い。」
「もっと簡単に言ってくれよ……。」
エッセルの頭の上に「?」がいくつも浮かんだ。
「要するに、障碍者になったことで、シィーは自分に限界を感じた。後から団員になる奴、あるいは発展途上の奴は、シィーより強くなる。あいつは、それに耐えられないと俺に言った。」
「やっぱり分かんねえよ……。シィーは最強じゃないだろ。」
「この団では俺の右腕で、団結成時から居たという自負がある。」
「でもよー、障碍者にならなくても、シィーより強い奴が出るかもしれないだろ?」
エッセルにはまるで分からない。
「それとこれは違う。」
ジオルクはため息をついた。「やっぱり、お前に理解しろと言っても無理な話だな。」
「何だよ!」
「お前はまだ若いし、これから伸びる。そんな奴に、今のシィーの気持ちは分からないさ。」
「むー。」
「分からなくていいんだ。今から悟る必要もないからな。」
「……。」
エッセルは馬鹿にされた気がして不満だったが、それよりも、と改めて問うた。「Gはどう思ってんだ?」
「帰ってきて欲しいに決まってるだろう。あいつは経験豊富だから、団としては失いたくない人材だし……。」
エッセルはかっとなって、ジオルクの胸倉を掴んだ。
「Gにとってシィーは道具なのか!?」
ジオルクはエッセルの手を離すと、足払いをして彼を転ばせた。
「俺は団長だから、団を優先して言っただけだ。」
エッセルは立ち上がると、ジオルクを睨みつけた。
「最低だ、G。」
エッセルは走り去ってしまった。
「……。」
「せっかちですね。Gは最後まで話していないのに。」
団員の一人が苦笑しながら言った。
「若いから仕方ない。俺もあんな頃があった……。」
ジオルクは遠い目をした。『……シィー……。』
「手術中かあ……。」
シーネラルにジオルクの非情さを訴えようとしたら、手術と教えられたエッセルだった。「シィー、歩けるようになるのかな……。」
乱戦中だったので、切られた腕はくっつけられなかったし、足も切るしかない状態になっていた。義足じゃ歩くのも大変そうだなとエッセルは思った。ぼんやりと考え事をしていたら、眠くなった。治ったばかりで、体がまだ本調子じゃないのだろう。エッセルは、シーネラルのベッドへ横になる。手術を終えたシィーが帰って来たら邪魔になるのは分かっていたが、眠気には勝てず……。
「エスの奴、戻って来ませんね。」
「シィーに愚痴っているんだろう。そのうち戻って来るさ。」
ジオルクは言った。「そんなことより、稼ぎに行こう。シィーの入院費が、まだまだかかるからな。」
「そうですね。さ、皆行くぞ。」
シーネラルの代わりを務めているZIが団員達に呼びかけた。
シーネラルの病室の扉が開いた。麻酔がまだ切れていない彼を運んで来た看護師達は、いびきをかいて、気持ち良さそうに眠っているエッセルをぽかんとした顔で見た。少し前まで彼も入院していたので、一人の看護師は彼を覚えていた。
「エッセルさん!!」
看護師はエッセルを揺すった。エッセルはすぐに目覚め、飛び起きた。懐から短剣を出し、辺りを油断無く見つめ……、シーネラルを庇うように立っている看護師達に気が付いた。
「あ……。」
ついベッドで眠ってしまったのを思い出した。顔が真っ赤になる。「す・済みません!!」
慌てて短剣を仕舞うと、自分が立っているとシーネラルをベッドに移せないと気付いて、急いで邪魔にならない位置に移動した。
「本当に済みません……。」
エッセルは妖魔界式の謝罪をした。看護師達は彼をチラッと眺めた後、シーネラルをベッドに移し始めた。
穴があったら入りたい……彼は日本の諺は知らなくても、それに似た心境だった。重病人のベッドで眠った挙句、何の罪も無い人を脅かしてしまったのだから。戦いの中に生きているから、仕方ない反応だったとはいえ……。
「疲れているなら、栄養補給剤がありますから、薬局へ行って下さい。外の店より安く買えますよ。」
作業を終えた看護師の一人が言った。親切心で言ってくれているのだけど、今のエッセルには、とどめをさされたに等しい。
「い・いえ、大丈夫です……。」
顔から火が出るという諺も、知らないながら体験したエッセルだった。
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