“伝説の男”の生い立ち

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 数日後。
「絶対に止めた方がいいに決まってる!」「いやー、迷信だって。」「試してみる価値あるかもよ。」「駄目だ、駄目だ!」
「俺のことだからどうでもいいだろう。」
 シーネラルは面倒そうに言った。邪魔だから髪を切ると言ったら、皆が騒ぎ出したのだ。「皆には関係ないだろ……。」


 団員達が騒いでいるので、ジオルクは何事だと思いつつ、エッセルのお尻に手を振り下ろした。
「真面目にやったのに……。」
「一所懸命にやるのと、後先考えないのは全然違う!」
 エッセルはまた命を粗末にするような行動をして、ジオルクからのお仕置きを受けているのであった。
「俺が死んだって、Gには関係ないよな……。」
 ジオルクは吃驚して、エッセルのお尻を叩く手を止めた。
「何だ? 急にどうした。」
「なんか俺、どうでもよくなってきた……。孤児院をなくすことだけ考えてきたのに……。」
 ジオルクはやっと意味が分かった。
「シィーに叱られたことか?」
「うん。」
「どうせなら、第一者を目指せばいい。そうすれば、孤児院を変えられる。どうだ、それなら生きる目的になるだろ?」
「それいいな! そうしよう。」
 『単純だな……。』
 ジオルクは呆れた。
「……じゃ、続けるぞ。」
「……うー、分かった……。」
 ジオルクがお仕置きを続けようすると……。団員の一人が走ってきた。
「G! シィーを止めてくれ!」
「どうした?」
「奴が髪を切るって……。」
「そりゃ、大変だ。」
 ジオルクはエッセルを膝から捨てると、騒いでいた団員達の所へ走って行く。
「シィー、あんなに長い髪、切っちまうのか……。」
 エッセルはひりひりするお尻を撫でながら、ぼんやりした。「……ん? でもなんでそれくらいで皆慌てるんだ?」
 彼は不思議に思って、皆の所へ走った。


 話を聞きつけたジオルクとエッセル以外の全部の団員が、シーネラルを見に来た。 
「どうして皆で慌てるんだ? たかが髪じゃないか。」
 シーネラルは、戸惑いながら団員達の顔を見た。「いい加減邪魔だから、さっぱりしようと思っただけなのに。」
 そこへジオルクがやってきて、彼に声をかけた。
「髪切ると妖力が落ちるって噂じゃないか。シィーはかなりの長さだ。がくっと落ち込んだらどうする?」
「G、そんなの噂や迷信の類っすよ。俺は切りますからね。」
「シィーが実験台になればいい。」
 面白がるのZIの言葉に頭にきた団員が、彼を睨んだ。
「人事だと思って……。じゃお前が切れよ。」
「俺は別に不自由してない。お前が切れ。」
「喧嘩するな。」
 ジオルクは言った。「それに、ZIは切る所がない。」
「皆!」
 エッセルが大声をあげながら走ってきたので、何事かと皆が彼に注目した。だが、彼の口から出た言葉は……。「何で切っちゃ駄目なのか、教えてくれ!」
「……何だ、敵襲かと思ったぜ。」
「エス、人騒がせだぞ。俺がケツ叩いてやるか?」
 団員達に笑われて、エッセルは真っ赤になった。
「お前らが勝手に勘違いしただけだろう? エスは悪くない。からかうな。」
 シーネラルはたしなめた。それから、エッセルを見た。「エス、お前は迷信なんか気にしないよな?」
「俺、何の話だか、分からない。」
 エッセルにはちんぷんかんぷんのようだ。
「髪を切ると弱くなるから、切るなって皆が言うんだ。」
「えっ! そうなのか? シィー、止めとけよ。Gの右腕なんだろ。」
「そうだ、シィー、止めろ。」
「俺の力は、髪なんか関係ない!」
 シーネラルが叫ぶと、皆がシーンと押し黙った。「俺はたゆまぬ訓練で今の力を得たんだ。髪のお陰じゃないっ。」
「何も髪の力だけでお前が強いんだとは言っていない。でもな……。」
「G、はっきり言って、これは俺個人の問題っすよ。切るのが面倒で今まで伸ばしていただけだし、そりゃー少しは愛着もあるっす。でも、邪魔な長さなんすよ。」
 シーネラルが爪に妖気を送ると、爪が鈍く光り始めた。「それに、妖力は鍛えられないんすよ。生まれてから死ぬまで一定の強さだ。Gや皆だって、知ってる筈。」
 言い終わると、彼は、爪で髪の毛をばっさりと切り落とした。賛成派も反対派も皆が押し黙ったまま、彼が髪を袋に入れるのを見ていた。妖魔界では、髪の毛を売れるのだ。
「満足か?」
 ジオルクが難しい顔で言った。
「勿論っすよ。頭がとても軽くなって、首筋がスースーして、慣れるのに時間がかかりそうですが。」


 馬鹿だったと思う。でも、あの時は自分が間違っているなんて、夢にも思わなかったのだ。いや、髪の毛を切ったこと自体は何でもない。ただ、ジオルク盗賊団のナンバー2の自分の長髪が、どれほど有名になってるかをもう少し自覚していれば……。弱くはなっても、障碍者になることは……。
 後悔先にたたず。日本語には便利な言葉があるな。そんな風に思う現在のシーネラルであった。
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