“伝説の男”の生い立ち

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3 M/M

 初仕事をする日。両手に武器を握り締め、緊張で汗を掻いているシーネラルへ、ジオルクが言った。
「あくまで、目的は盗賊として有名になることだから、やりすぎるなよ。」
「分かってるっす。俺もなるべく殺したくない。」
 酒場の店主の前では啖呵を切ったが、本当は怖くて仕方ないのだ。3人で脅されたし……。それなのに、ジオルクには高揚しているように見えるんだろうか……。
「そうか。ならいい。」
 ジオルクは安心したようだが、足が震えているシーネラルだった。


 数十年後。すっかり貫禄のついたシーネラルは、ジオルクへ言う。
「今日は何処を攻めるっすか?」
「シィーは頼りになるな。」
「俺はGの右腕っすよ。任せて下さい。」
 シーネラルは胸をどんっと叩いて見せた。数十人の団員を束ねる彼は、すっかりジオルクにはなくてならない人だった。そんな彼へ満足そうな顔を向けた後、ジオルクが言った。
「団員も増えたし……。そろそろだな。」
「何がそろそろなんすか?」
 団員ZIが訊いた。
「第三者予備軍を狙う。」
「盗賊を止めるんすね……。感慨深いな。」
 シーネラルは目を閉じた。盗賊になってからの思い出が流れていく。シーネラルが感慨にふけっている間に、第三者の説明をしよう。
 妖魔界全土を統治しているのは、第一者“支配すべき者”と第二者である。自分が第一者などになりたい場合、なりたい方に戦いを挑んで勝てばいい。第三者とは、その戦いに挑むレベルにいる者達の総称である。第一者達とは違って、その呼称には何の力もないが、そう呼ばれるくらいにならないと、返り討ちにあう可能性が高いというわけだ。
 つまり、ジオルクは人を襲うのは止めて、力をつける修行をすると言っているのだ。
「じゃ、今日からは、きっつい訓練するから、皆、覚悟しとけ。」
 思い出の世界から帰って来たシーネラルが言った。団員達から、悲鳴のような呻き声が上がった。


 夜。
「久々にいい汗掻いたぜ。」
 楽な格好でくつろいでいるシーネラルの隣へ、ジオルクが座る。
「明日、動けないんじゃないか?」
 ジオルクは呆れたような顔をする。「皆が。」
「夢は遠いっすね、G。」
「ま、気長にやるさ。」
 二人の後ろには、団員達が転がっていた。シーネラルの鬼のような訓練についていけなくて、一人また一人と倒れていったのだった。
 シーネラルはすくっと立ち上がった。
「……俺は、何処までもついていくっす。頑張りましょう。G。」
「ああ、有難う。」
 ジオルクは嬉しそうだった。


 今にして思えば、この頃が一番充実していて、楽しかったとシーネラルは思う。ジオルクが第一者になるという夢を追い、自分はその助けをしていくんだと信じて疑わなかった頃。第一者になったジオルクの側で、一の部下として忙しくする自分の姿も思い描いていた。
 ジオルクに会わなければ、酒場の店主が言ったように、危険な盗賊として、駆逐されていただろう。ジオルクは、それを知ってか知らずかは分からないが、助けてくれた。だから、彼の元で彼の為に働くことが楽しくて嬉しかったのに。
 そこまで彼を慕っていたのなら、黙って彼の言うとおりにしておけば良かったのだ。そうしたら、少なくとも、武夫に機械と驚かれた、この手と足は、自前のままだったのに。


 盗賊団から、武者修行集団に変わって、数年後。ジオルク盗賊団の野営地。ジオルクは、新入りの狐エッセルに手を焼いていた。孤児院を出たばかりの彼から、頼むから入れてくれと五月蝿く付きまとわれたので、仕方なく入団を許可したのだが……。最近めきめきと力をつけたエッセルは、戦闘が楽しくて仕方ないらしい。危険を顧みず、乱戦している所へ突っ込んで行き、皆の邪魔になる。新入りの仕事をサボっては、勝手に盗賊の仕事をして上手く出来ずにトラブルを引き込む……と、迷惑をかけてばかり。最初は叱ったり、いつもよりきつい訓練を罰として与えていたジオルクだが、エッセルはちっともこたえない。
「ガキにはお仕置きが一番。」
 そう結論付けて、団員名エス、エッセルのお尻を叩くと決めたジオルクだった。
「嫌だったら、嫌だあ!俺はガキじゃないっ。」
 エッセルはジオルクへ叫ぶと、全速力で駆け出した。
「逃げるな、エス!待てっ。」
 ジオルクは慌てて追いかける。そんな二人の様子を団員達が笑いながら見ている。最初は、ガキのお仕置きで許してやるなんてという目で見ていた団員達も、エッセルにはこれが一番だと気づくと、それを面白がるようになった。
「G、エスは川の方に逃げて行ったぞ。」
 エッセルを見失ってきょろきょろしている彼に、団員の一人が声をかけた。
「悪いな。」
 一言呟くと、ジオルクは、後を追っかけ出した。


 バチンッ、バチンッ!やっとエッセルを捕まえたジオルクは、彼を地面に押さえつけてお尻を丸出しにすると、力いっぱい叩き出した。
「いてえっ、いてえっ。」
「エス、逃げたから鞭も使うからな! ……ったく、いつもいつも皆に迷惑をかけやがって。」
「だって、あのヤマは俺一人でもこなせる……いてえよっ!」
「調子に乗るなっていつも言ってるじゃないかっ。」
 話しを何も聞いてもらえないまま、お尻が傷だらけになるまでぶたれてしまったエッセルだった……。
「くそー……いてえなあ……。」
 エッセルは深いため息をついた。「ガキ扱いしてケツ叩くなんて……。」
「割り当てられた仕事もこなせない奴を、対等に扱うわけないだろ?」
「わっ、シィーっ。……吃驚した……。敵じゃないのに気配を殺して近づくなよ……。」
「俺は猫だからな。そんなつもりじゃなくても、そうなるんだ。」
 シーネラルはエッセルの側に立った。猫……と言っても、ラルスと違って、頭の上に猫耳がないので、ふさふさの群青色の尻尾を見ないと、彼が猫であるとは分からない。3メートルはあるオレンジがかった金の長髪を引きずっている。切るのが面倒で放置していたら、伸びてしまった。
「でもさ、あんな雑用やってたって強くなれないじゃないか。俺は強くなって孤児院を……。」
「孤児院を破壊されたら、子供達はどこへ行く? 親切な奴が拾って育ててくれるのか? 貴族がお前に何をしたか、忘れたんじゃないだろ?」
 “貴族殺し”から足を洗って100年近く経った今、色々と見えてきたものもあるのだ。
「ううっ……。でも……。」
「俺も孤児院育ちだ。だから、エスの気持ちは良く分かる。」
「なら……。」
「もっと大人にならないと分からないのかもな。俺も悟るまではかなりかかった。」
 彼は軽く息を吐いた。「でも、孤児院がなくなったら、子供は奴隷商人の元で、もっと辛い目に合うしかないって覚えておけ。お前がここに立っていられるのも、孤児院のお陰なんだ。忘れるな。自分がどれだけ幸運な存在なのかを。」
 母が示してくれた最後の愛情。あれがなければ、今、自分は墓の中かもしれないのだ。
「……。」
「奴隷商人に拾われていたら、お前は奴隷の印を体に刻まれて、今もどこがで重労働を強いられているか、とっくにくたばってるんだぞ。奴隷の扱いは最低だからな。」
「……。」
「エスが孤児院を破壊して回ったら、全ての子供達がそうなるんだからな!」
 シーネラルは、呆然と立ち尽くしているエッセルを残して去ろうとした。
「なあ……、シィーは……俺みたいな気持ちにならなかったのか?」
「言ったじゃないか、悟るまで時間がかかったって。お前みたいに思ってたさ。エスとの違いは、院長達を腐らせる貴族の出資が憎くて、貴族を殺して回ったところだな。」
 彼は息をつき、続けた。「あとな、俺は特別といわれる孤児院を知っていた。」
「俺も聞いたことがある。でも、嘘だと思ってた。」
「本当さ。そして、妖魔界の殆どの連中が、特別な孤児院を普通の孤児院だと思っているのさ。」
「そんな馬鹿な……。」
「町に行った時に聞いてみろ。」
 シーネラルはそう言うと、今度こそ、エッセルを残して立ち去った。
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