“伝説の男”の生い立ち

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「おまち、お客さん、この町は初めてかい?」
 店主はつまみを河馬のような男に差し出した。
「ああ。」
 男は店主の顔を見ると、シーネラルの方へ顎を動かす。「あいつ、この辺りで有名な“貴族殺し”か?」
「そうだが、今は声をかけない方がいいと思う。」「荒れてるからな。」
 自分の通り名が聞こえたシーネラルは、男の方を見た。
「俺に何の用だ?」
「率直に言おう。金目当てなら王族でもいいのに、何故貴族だけを狙う?」
 男の言葉に、シーネラルは椅子にもたれかかった。椅子がぎいっと音を立てた。頭を軽く掻くと、
「孤児院。後は自分で何とかしな。……分からねえだろうが。」
 残りの酒を飲み干した。
「貴族の寄付がなければ、子供は奴隷だぞ。」
「な・何故分かった?」
 頭をひねるだろうと思ったのに、あっさりと正解を言われ、シーネラルは吃驚した。
「他に理由がない。……知り合いに孤児院出身者がいてな。」
 河馬は目を伏せた。
 『知っていたのか……。普通と特別の差も分かるんだな。』
「それより、俺はあんたを勧誘しにこの町へ来たんだ。ここが“貴族殺し”の根城だという噂があってな。」
 河馬は首を振る。「だが、情報を得ようと入った酒場で、本人がお目見えしようとは思いもしなかった。しかも、そんな姿で……。」
「どうでもいいだろ。貴族を全て滅ぼすのが俺の生きる目的だ。だが、だからって別に、惨めったらしく生きていなくてもいいんだ。」
 そう。それだけを考えていたから、壊れずに済んでいた。でも、別に壊れても殺されても良かった。惜しむ命でもなかったのだ。「にしても……勧誘?」
「俺の盗賊団へ入らないか?“貴族殺し”が入れば、ハクがつく。」
「……そうだな……。」
 面白いかもしれないと思ったが、ちょっともったいぶって黙っていた。河馬はせかすこともなく、待っていた。「いいぜ。」
「おいおい。」「本気か?“貴族殺し”。」
 他の客の相手を済ませた店主が言った。シーネラルは彼を見る。
「心配か? ガラじゃないな。」
「時々殺すのと、いつも殺すのは違うぞ。」「そうだぜ。罪もない奴を殺せるのか?」
「……。」
「生半可な気持ちなら止めとけ。」「そうそう。」
 店主の駄目押しの一言。
「う……。」
 シーネラルは気圧されて何も言えない。河馬が笑った。
「オヤジは経験者か? 忠告は有り難い。覚悟が重くなる。」
 色々言われたシーネラルは顔をしかめる。
「何なんだよ、3人でガキ扱いして。不安になってきた。」
「憎い奴を殺すのと、利害関係も何にもない奴を殺すのは違うってことさ。」「俺等がそうだった。」
 店主が言った。「だから俺等はここにいるのさ。」
「へ・平気さ。いくらでも殺してやる。」
 シーネラルは強がりを言った。怖いのかもしれないと思う反面、何がそんなに違うのか、理解できなかった。


 会計を済ませ、二人は酒場を出た。まずはシーネラルの家に行く。体の血を洗い流すのに、シーネラルは、お風呂へ入った。
「寝るための部屋だな……。」
 待っている間、ジオルクは部屋を物色した。着替えが少し壁にかけてあり、冷蔵庫はほぼ空。台所もあまり使ったことがないようだった。生活していれば、不思議と物は増えていくものなのに、ここには何もなかった。生活感がないなとジオルクは思った。
 『“貴族殺し”は名前の通り、それしかしないんだな……。……孤児院出は悲しい。』
 盗賊になる為に、ここを出るのも簡単そうだ。
「待たせた。」
 シーネラルがタオルで頭を拭きながら出てきた。現在のシーネラルは、髪の毛をふくらはぎまで伸ばしているが、当時は肩に軽くかかる程度だったので、髪は簡単に乾くだろう。
 ジオルクの思ったとおり、荷物は殆どなかった。家に入ってから、30分も経たないで、また出てくることになった。


 家を出ると、ジオルクが歩き出したので、シーネラルはついて行った。
「なぁ。」
「ん?」
「あんた盗賊“団”って言ったよな?団員は何人なんだ?」
「あんたで一人目。」
 ジオルクは顔色一つ変えずに言った。
「はぁ!? さっきの台詞、おかしいぞ?」
 ジオルクは、“貴族殺し”が団に入れば、ハクがつくと言ったのだ。だから、シーネラルは、うだつの上がらない盗賊団だと思っていた。
「細かいことは気にするな。」
 『変な奴に関わったかも……。』
シーネラルは後悔してきて、溜息をついた。
 ジオルクが町の外へ出た。
「ところで、何処へ向かってるんだ? アジト?」
「そんなものはまだない。」
 ジオルクが首を振った。「あんたの実力が知りたい。」
「俺と戦うつもりかよ。」
 町の中で一戦交えるわけにいかないので、外へ出たというわけだ。
 実力を知るための手合わせなので、武器は無し。お互い身軽になった。
「言っておくが、貴族は弱いから俺は強くないぞ。」
 身をほぐしながら、シーネラルは言った。
「自惚れていないだけいいと思う。」
「そうかぁ?」
 シーネラルは笑ったが、ジオルクは真面目な顔だった。
「名が売れると、自信過剰になる。調子に乗って大物と戦って、消えていく奴も居るんだ。」
「ふーん。」
 それなら分かる。シーネラルは思った。


「もう駄目だー。」
 シーネラルは切り株に座り込んだ。「あんた強すぎ。」
「なかなかやるな。」
 河馬は汗を拭った。
「どこが。一発も当たらなかったのに。」
 そう。シーネラルの攻撃は全く当たらなかった。変なことを言う奴だからと、少し見くびっていたのに……。
「あんた凄いな。俺、一生ついていくっす。」
 シーネラルは笑った。貴族を殺しているよりも、この男についていく方が、マシな人生になりそうだ。全ての貴族を滅ぼすなんて、土台が無理だと本当は分かっていたし……。「俺、シーネラル。あんたは?」
「ジオルク。Gと呼んでくれ。盗賊は本名を知られない方がいいからな。」
 シーネラルの変化に戸惑ったような表情をしながら、ジオルクが言った。
「おお、成る程。Gは色々考えてるんだ。やっぱ、頭は使わなきゃな。」
 シーネラルは素直に感心した。
「まあ……な。それより、お前の呼び名を決めよう。」
 『盗賊が本名で呼び合わないのは、結構常識なんだが……。やはり、知らなかったか。』
ジオルクはうーんと唸った。「シーネラル……シー……。“ラルー”はどうだ?」
「Gはセンスないなあ。もっとひねって欲しいっすよ。」
 シーネラルが呆れると、ジオルクは困った顔になった。
「そんなことを言われてもな……。自分では思いつかないか?」
「えっ……。…うーん、うーん。難しいなー。」
 言われてみると難しい。変なのは嫌だし、個性が欲しい。
「シーネラル。ルネ? ネラ?」
 ジオルクも必死で考えてくれる。「シー、C……。」
「あ、それいい。俺、今日から“シィー”になる。」
 それを聞いたジオルクはちょっと呆れた。
 『シィーだって、ひねりないぞ。』
 なにはともあれ、シーネラルは、“貴族殺し”から、盗賊団の団員シィーになった。
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