真志喜家

7 妄想小説 両親から

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 はあっと溜息をつきながら、わたしは公園のベンチに座った。学校からまっすぐに家に帰らず、寄り道。それだけで60回は叩かれるというのに、家に帰ってからの折檻が怖くて、わたしは時々ここに寄り道してしまう。
「またお尻叩かれるなー……。やだなぁ。」
 お尻叩きに憧れ、叩かれたいと願っていた頃は、こんな事を言いながらしょんぼりする日が来るなんて、夢にも思っていなかった。厳しい両親にお尻を叩かれて泣く……。そんな妄想を日々夢みていたのだ。
 なのにそれが現実になった今、わたしはお尻叩きを恐れている。今の両親に引き取られた時、お尻を叩かれると分かって喜んだのは最初だけ。すぐに憧れから恐怖へと変わってしまった。些細な事でも二人がかりで叩かれるし、パドルとケインの仕上げが辛いのだ。ちょっとしたミスでも50発以上も叩かれ、テストが悪かったりすると、100叩きと数も多い。パドルとケインはとんでもなく痛く、お尻を叩かれて痛いけど嬉しいなどという変態さんのような甘い感想は、振り絞っても出てこない。
「帰りたくないなぁ。」
 今日は、当てられたが答える事が出来ず、掃除の時に、そんなに雑にやったつもりもなかったが、注意された。それで、掃除後に担任の上保先生にお尻を叩かれた。当てられたのも上保先生の授業の時だったので、今日のひろみはたるんでると言われて、50回叩かれた。叩かれたのはついさっきなので、当然お尻の赤みは残っているだろう。家に帰って、お母様にお尻を見られたら、叩かれたのが分かってしまう。嘘を付くと恐ろしい目に合うので、例え赤みが残らない時間に叩かれても、正直に言うのだが……。
 わたしは時々公園の入り口を見て、お母様が来てないか確認した。そんな事をするくらいならさっさと家に帰ればいいのだが……。先生から50も叩かれた日は、お母様からは100、お父様からは200も叩かれると思われるので、立つ気力が沸いてこない。しかし、お母様がやってきたら、このベンチで60回は叩かれるわけで……。
 うだうだしているうちに、お母様がやって来た。
「こら、ひろみ! あんたまた家に帰ってこないで、こんなとこで道草食って!」
 小柄な体にオレンジっぽい金髪を揺らし、よくて姉にしか見られないお母様がやって来た。
 ずんずんとわたしの側までやって来たお母様は、わたしの腕をつかんだ。
「何で怒られるって分かって、家に帰って来ないんだよ!」
 ほっぺたをバシッバシッと往復びんたされた後、引っ張って立たされた。わたしは、俯いて地面を見ていた。びんたの痛みで零れた涙が、地面に染みを作った。「あんたさあ、実は外でお尻叩かれるの、嬉しいんじゃないの?」
「そんなわけないです! 恥ずかしいです。」
 お尻叩きが憧れだった頃も、外で叩かれたいと思った事なんてなかった。ただ単に帰りたくないだけだ。抗議している間に、膝の上に俯せに寝かされた。
「だったらすぐ帰って来いよ!」
 制服のスカートの上から、ビシバシ叩かれ始めた。
「だって……。」
「今日は叩かれないで帰れるかもとか、無駄な期待でもしてるの? そんなわけないから。」
「そんな期待してない……。」
「じゃあ、何で帰って来ないのさ。」
 バシッ、バシッと一定のスピードで手が飛んでくる。怒るのを優先する為に、ゆっくりだ。
「だって、学校で……。」
「あんたがまっすぐ帰って来ない時は悪い事した時か、テスト、朝にやらかして帰ってから叩かれるって分かってる時だって、知ってんだよ。そこは訊いてない。」
 お母様にスカートをめくられた。
「ここ外だよ!?」
「何回も同じ事する馬鹿に、スカートなんて要らないでしょ。……いや、パンツも要らないね。」
 パンツまで下ろされそうになり、わたしは慌てて抵抗した。
「嫌だ、止めてよ。」
 お母様に体を起こされた。地面に膝をついた立ち膝の姿勢になると、2往復びんたが飛んできた。
「痛いっ、痛っ。」
「大人しく罰を受けないからこうなるんだよ。」
 お母様がまた手を振り上げる。「裸のお尻叩かれるのと、もっとびんたされるのどっちがいい?」
 お母様はニヤリと笑う。なんて意地悪な顔なんだろうか。
「裸のお尻……。」
「だったら、さっさと膝に乗りな。」
「はい……。」
 裸のお尻に手が飛んでくる。

−−−−

「今日はここまでかな。」
 両親に虐待される哀れなわたしの小説の執筆に満足したわたしは、100円ショップで買った可愛いノートのうちの一つを閉じる。これらのノートは、折檻ノートになったり、お絵描き帳になったりしている。一番書き込まれているのが折檻ノートなのは、お尻叩き好きとして喜んでいい気もするが、創作が趣味の人間としては、悲しい気もする。
 それはともかく。虐待される主人公が、自分である必要は全くないのだが、厳しいお父様やおっかないお母様、恐ろしいお祖父様などがいる今の環境は、創作に使いやすいのだ。
 ちょっとしたお尻叩きは50ではなく多くて20だし、パドルとケインは毎回ではないし、お母様のびんたはそんなに痛くないが、大袈裟に書く事で、可哀相なわたしを演出しているのだ。
 このノートの表紙には、“わたしの小説”と内容そのままな言葉が書かれている。わたしは趣味のクリエイターって奴ではあるのだが、タイトルをクリエイトするセンスは持って無い。魅力的なキャッチコピーとかセンスあるタイトルってのは専用のプロがいるくらいなのだし、わたしに出来なくてもしょうがないと開き直っている。
 わたしは、ノートを引き出しに仕舞わず、端に押しやった。後でまた書くつもりなので、いちいち仕舞うのが面倒なのである。
 近くの本棚に並べられている漫画と、机に置いてある家庭学習ノートを見比べた結果、わたしは漫画に手を伸ばしかけてから、止めた。残念ながら、ちゃんと勉強しないといけないと思い直したわけではなく、トイレに行きたくなったからだ。わたしは急いで部屋を出た。


 トイレから戻ってくると、お父様が、小説ノートを手にしているのが見えた。
「そ・それはっ! お父様、人の物を勝手に見るのは、止めて下さい!!」
 手を伸ばしたが、小さなわたしが190センチの長身のお父様にそんな事をしても、無駄である。
「日記帳ではないから、良いであろう。小説は人に読まれてこそ意味がある。」
「いや、それにしても、勝手に読むのはどうなんですか。」
 わたしはお父様を睨む。「プライバシーって物があるんですよ。」
「それより、この小説は良くない。」
 お父様は小説ノートを机に置いた。
「ど・どう良くないんですか……?」
「扱っている内容が、子供に相応しくない。尻叩きが好きだという設定もおかしいし、あからさまに、わたしやザンが悪者として出てくるのも、不快だ。」
 お父様の手がお尻に飛んできた。左右のお尻を2回ずつ叩かれた。「確かにわたしやザンは厳しく接しているが、それはお前を良い子にする為であって……。」
「知ってます。わたしがこの家に生まれたかったって言ったら、お父様は嬉しそうに、もっと厳しくするとか何とか言ってたじゃないですか。
 後、それ創作なんで、敢えて大袈裟にしてるんですよ。ありのまま書いたら、ただの私小説じゃないですか。あくまでパラレルワールド的な創作です。」
「そうか……。」
 お父様は微妙な顔をしている。片仮名嫌いのお父様は、パラレルワールドという言葉を知らない可能性がある。
「それに、お尻叩きが好きだという設定は、実際……。あ。」
 勢いでカミングアウトしそうになり、わたしは青ざめた。
「実際に何だ?」
「え・えーと……。SMのM女みたいな……。痛い事好きみたいな……。」
 冷や汗がだらだら流れるのを感じる。たまにバレそうになって焦っているのに、自分から告白するだなんて有り得ない。お尻叩き好きがバレたら、この夢が叶った世界に居る事が出来なくなる。追い出されるかどうかは分からないが、少なくとも、罰にならないと思われて、お尻を叩かれる事はなくなってしまうのが容易に想像出来る。過剰に叩かれて辛い場合もあるとはいえ、まだまだわたしはお尻を叩かれて叱られたいのだ。
「ああ、そういった類の……。だったらなおのこと、お前の年齢に相応しくないであろう。」
「そ・そうですねー……。お父様の言う通りです。」
「……急に大人しくなったの。今までなら、反抗的な態度だから100叩きと言わない限り、文句ばかり言うであろうに。」
 お父様に疑いの眼差しで見られた。当然だろう。
「お父様に不快と言われて、やっぱり実在の人物を悪者にするのはよくないなって思ったんですよ。」
「先ほどまで、そんな態度では無かった。」
「わたしは頭の回転が鈍いんですよ。いつも、会話が終わった後、ああ言えば良かった、こう言えばもっと良かったとか、一人反省会するんです。後、口に出してM女とか言ってみたら、頭で考えているより、中学生には早い感じがじわじわと染み込んできて……。」
「ふむ。」
 お父様は顎に手をやった。
「お父様にはないですか? 心で悩んでいたことを口に出して、すっきりする事。……ああ、男はそういうの無いんだった。アドバイスとか要らなくて、吐き出すだけでスッキリするのは女だけだった。」
「自己完結するでない。女にそういう所があるのは知っとる。」
 お父様は憮然としている。
「それは済みません。」
 お母様はそういう所が無さそうだなと思ったが、会社で偉い人なので、そういう女性も見てきているのだろうと解釈した。お姉様については、付き合いが短いので知らない。
「ご免なさいと言いなさい。」
「ご免なさい。」
「うむ。よし、尻叩き50だ。」
「え?」
 何とかバレずに済んだとホッとする間もなく、わたしは戸惑った。
「子供に相応しくない小説を書いた罰だ。」
「ええー……。検閲とかー。戦時中じゃあるまいし。」
「口に出したら、中学生には早いと思ったと言っとったではないか。あれは嘘だったのか。」
 お父様にジロリと睨まれた。
「うっ。」
「嘘であったのなら、その分の100を足して150にする。来なさい。」
 腕を引っ張られて、ソファに連れて行かれる。
「や、ちょっ、お父様。せめて弁解を……。っていうか、すぐ100叩き追加するの、止めて下さい!」
 抵抗空しく、お父様の膝に寝かされた。
「お前が反抗的だったり、嘘を付く重罪を犯すから、100追加になるのだ。しっかり反省しなさい。」
 スカートをペロンとめくられ、パンツの上から、叩かれ始めた。
「スカートが飛ばされたんですけど!?」
「お前は悪い娘だから、道具は使わぬが、その分、厳しくする。下着は40、裸の尻110だ。痛くするから、覚悟しなさい。」
 バシン、バシンと言葉通り、強めのが飛んでくる。「それと、夕食後、ザンにも20〜50までの間で、打って貰いなさい。」
「まだ序盤なのに痛いーっ。って、お母様からも!?」
「小説で侮辱しただろう。」
 パンツを下ろされて、ぴっちん、ばっちんと痛いのが飛んでくる。
「痛い、痛いよぉ。分かりましたぁっ。」
 最後の20は特に痛くされて、わたしはまた泣かされたのであった。


 夕食後の団欒の後、わたしはお母様の部屋に、小説ノートを持って行った。
 真志喜家には、夕食後に皆で居間に行き、暫く家族で過ごすという習慣がある。わたしにとっては決まりに思えるが、家族にとっては当然の習慣だ。他所の家庭で暮らすというのは、こういう何気ない事にも慣れていく必要があり、結構大変である。
 その団欒が終わった後。
「ふーん。強めの往復びんた一杯されてんのね。されたいの? 弱めのじゃ物足りなかった?」
 お母様がニヤニヤ笑っている。お母様なら、お父様のように侮辱などと思わず、こういう反応をするだろうなと思っていた。想定の範囲内って奴である。お父様にそう言っても良かったが、逆らったので100追加と言い出しそうなので、黙っていた。段々学習してきた気がする。
「いえ。びんたは嫌いなんですよ。お祖父様にされたあの強烈な奴とか、二度と受けたくないですし。」
「じゃあ何で、一番新しいとこでは、一杯叩かれてるのさ。」
「虐待されて、可哀相な話だからです。お尻叩きが好きだった人が、お尻叩かれるだけじゃご褒美になるかなって。」
 ちなみにわたしは、50までなら嬉しい。それ以上は辛いので、そんなに嬉しくない。すぐ100追加したり、道具が出てくるお父様は論外だ。
「ふーん。ほーん。」
「その答え方からすると、お母様はこの小説での自分の扱いなんて、どうでも良さそうですね。お尻叩かれないと、駄目ですか?」
「まあ、ルトーちゃんが叩けって言ってるし。躾的な意味で20回叩くよ。」
「……はい。」
 残念ながら、無しにはならなかった。
「数少ないから膝の上じゃなくていいよね。ほれ、馬とびの格好しな。」
 屈んで太腿の辺りを掴むと、お母様にスカートをまくられ、パンツを下ろされた。
「じゃあ、いくよー。少ないから数えてね。間違えたり、言えなかったりしたら、数に入れないよー。」
「さりげなく厳しい!」
 わたしは叫んでしまったが、
「躾だしー。ほれ、いくよ。」
 あっさり流されてしまった。ぱしっ、びしっと裸のお尻に手が飛んでくる。2時間くらい空いてるとはいえ、強めの150発の後なので、かなり痛い。
「痛っ、痛っ。」
「数えないと、いつまでも終わらないよ?」
 お母様が呆れた声で言う。数えやすいようになんだろう。一定の間隔で叩かれている。
「いちっ、にいっ……。」
 頑張って数えるが、泣きそうになってきて、たまに数え忘れてしまう。「8っ、9っ。痛い、ぐすっ、11っ。」
「10抜けたよ。10から。」
 そんな感じだったので、20の筈が30は叩かれた気がする。
「28だけどね。ルトーちゃんなら、多く言った罰とか言って、5回は追加だね。」
「5回……。」
 わたしはお尻を抑えて震えた。
「あたしは10回かなー。いや、8だと半端だから、12回か。」
 起こしていた体を押さえつけられ、ばしっばしっばしっと素早く12回叩かれた。28回の時より強く叩かれていて、わたしは叫ぶ。
「痛いっ、痛いっ、ご免なさいっ。」
「うーん。40になったけど、ルトーちゃん50までの間って言ったんだっけ。どうせだから、残りたった10回だし、いっちゃうか。」
「どんどん増やさないで下さいっ。」
 わたしは慌てて言うが、起こそうとした背中を押されて戻された。
「だって、お尻叩きだけじゃご褒美になるから、往復びんたなんでしょ。でも、現実のひろみはびんたは嫌。だったら、お尻を一杯叩くしかないじゃん。」
 また素早くびっちん、ばっちんと叩かれた。更に強い。涙が溢れてボロボロと零れた。
「い・いえ、あれは……。」
「小説の中じゃなくて、本当の事。ルトーちゃんはまだ疑い中みたいだけど、あたしは騙されない。あんた何回ミスしたと思ってるの? さすがに気づくよ。」
「……。」
 ショックで、零れていた涙が止まってしまった。
「ああ、大丈夫。ルトーちゃんの気は逸らしとく。知ったら、“そういう事であるのなら、これからは全て道具で叩こう”とか、おっそろしい事言い出しかねないからね。それはちょっとねぇ。常に痣が出来たお尻になっちゃう。虐待の領域にいきそう。」
「……。」
「真っ青な顔してるね。バレたらどうなると思ってた? お尻叩かれなくなると思ってたのかね。まあ、あんたが沢山叩いても、ご褒美にしかならないんだったら、その展開もあったかもね。」
 お母様がフフッと笑った。「でも、ルトーちゃんの100追加を本気で嫌がってるって事は、一杯叩けば罰になるって事でしょ。だったら、うんと痛くするか、一杯叩けばいいだけだから。」
「う……。」
「良かったね。変わらず、お尻叩かれる結果で。」
 お母様に頭を撫でられた。「まあ、最初に言ったように、あたしは泣くまで叩くし、泣かなったら泣かすから。気にしないでいいよ。でも、いい加減、失言には気を付けなよ。ルトーちゃんにもバレるよ。」
「は・はい……。」


 わたしは麻痺したような頭で、部屋に戻った。お尻に少し痣が出来ていたが、それどころじゃなかった。
「これ、喜んでいいのか、悲しめばいいのか、分からない……。」
 まだお尻叩きが憧れだった頃、お尻叩き好きがバレてしまう話を考えた事もあった。大体今回と似たような展開で、お尻叩きは継続するのだ。現実もそうなった。だから、喜んだっていい筈だが……。理想と現実は結構違う。理想というか妄想では300回叩かれて始めて泣いていたわたしは、現実では200近くなると泣くし、1日に何回叩かれても、痣一つ出来ないお尻なんてものは存在しないのだ。それに、まだお父様は知らない。安心出来ない。
「大体、お父様にバレたら、平手が無くなって道具オンリーとか恐ろしすぎる……。叩かれなくなるより怖いよ、それ。」
 お父様の前で、お尻叩き好きのような態度を取るのは、絶対に止めねばと誓うわたしだった。



20年4月2日
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