真志喜家

4 お風呂 父から

 わたしはお風呂へ向かいながら呟く。
「3日くらい叩かれて無いなー。やっとこの家に慣れてきたのかも。」
 お尻を叩くお金持ちの娘になった後、暫くは毎日か一日おきに叩かれていた。それが3日も開いている。わたしはそれを喜んでいた。
 お尻叩きが好きで、叩かれたいと願っていたわたしだったが、だからと言って痛みも引かないうちに、更に叩かれるのは辛かったのだ。想像上では毎日どころか1日に何回も叩かれるなんて事が出来ても、現実のお尻は叩かれれば痛みが残り、痣になったりもするのだ。だから、やっと頻度が減った事をわたしは喜んでいた。
 そんなウキウキ気分でお風呂場のドアを開けたわたしは、全裸のお父様を見て、硬直した。
「おお、ひろみか。」
 わたしは驚いて固まっているのに、お父様の方は何でもなさそうな顔で、わたしを見てくる。その鍛え上げられた体からは湯気が立っておらず、わたし同様、これからお風呂に入ると思われた。
「お・お父様もこれからだったんですね……。」
 ついどもってしまったが、お父様は特に何も思わなかったらしく、軽く笑顔を浮かべた。
「うむ。そうなのだ。今日は少し遅くなったのだ。先にザンや子供達が入ったろうな。わたしが最後だと思っておったのだが、ひろみは、まだだったのだの。」
「はい……。」
「いつもこんなに遅いのかの?」
 少し咎めるような口調だ。寝る時間が遅くなるのを危惧しているのかもしれない。
「わたしは40分くらいかけてゆっくり入るので、他の人に迷惑をかけないように、あえて遅くしてます。このくらいの時間なら、いつも誰もいませんから。」
「40分は長いの。髪は普通の長さだからかからぬ。という事は、その太った体を洗うのに、そんなに時間がかかるのか……。」
 お父様が唸る。「朝の散歩を強化せねば。」
 太っているのは体に良くないと言われ、朝、お父様に強制的に叩き起こされて、散歩をさせられるのだが、もっと歩かせようと考え始めたようだ。
「ゆっくり入るのが好きなだけです! いくらデブでもそんなに洗う所はないです。」
「そうか。」
 納得してくれたようで、わたしが安心していると、腕を引かれた。「お前も早く脱ぎなさい。裸で話していたら、寒くなってきてしまった。」
「……え?」
「え? ではない。早く脱ぎなさい。」
 スカートを引っ張られた。下からなのは、きっと折檻の時にスカートをまくるので、手慣れているからだと思うが……。全裸の中年男性が中学生のスカートを脱がせようとする図は、はた目には犯罪にしか見えないだろうなと思った。いや、そんな下らない妄想をしている場合ではない。
「お・お父様がお風呂を出てから、一人で……。」
「何を言うとるのだ。ただでさえ遅いのだぞ。睡眠時間が減るから駄目だ。明日は休日だが、我が家では休日だといって、遅くまで寝るような、だらしない事は許しておらぬ。」
「で・でも……。」
 服を脱がせようとするお父様と、抵抗するわたしの攻防が激しくなる。更に犯罪臭が強くなった。たとえ、脱がされそうになって抵抗しているわたしがデブだとしても。
 その攻防は、服が破れるかどちらかが疲れるまで続くかと思われたが、お父様が先に止めた。勝ったと一瞬思ったが、お尻に激しい痛みが飛んできて、違うのだと悟った。
「いい加減にせぬか! 近頃はやっと大人しうするようになったかと思えば。すぐそれだ。どうしてお前は、そう悪い娘なのだ!」
 パンツの上から、20回程叩かれた。
「暴力で解決するのは、違うと思います!」
「暴力ではない。躾だ。さっさと脱ぎなさい。」
 お父様が震えている。だが、腕をこすった所を見ると、わたしに対する怒りではなく、寒さのようだ。
「そんなに寒いなら入ればいいのに……。いった!」
 また強烈なのがお尻に飛んできた。1発で痣が出来そうな一撃である。涙が出てきた。
「明日、鞭打ちにする。」
 お父様が冷酷に宣言してきた。
「いや、鞭打ちって……。」
 お父様はわたしを睨んだが、とうとう洗い場に入っていった。「これ、このまま部屋に戻ったりしたら、明日とか言わず、今日叩かれそうだ。」
 唐突にいなくなったが、お父様は別にわたしに呆れかえって放置する事にしたわけでも、まして許してくれたわけでもない。寒さに負けただけだ。風邪を引きかねないし……。お湯を体にかけているのか、水が流れる音がした。
 正直、部屋に戻ってしまったら、お父様がどうするのか見たいという気持ちがある。だが、そういう気持ちを試すような事は、もっと、親子関係が深まってからにしといた方がいいだろう、とも思った。娘になったばかりで、愛情も沸いてないような時にする事ではない。
 わたしはこの家から放り出されたいわけでもないし、養育費を貰うだけの冷たい関係になったりもしたくない。自分にも他人にも厳しいお父様が、虐待を始める可能性は低いから、それは除外する。
 という事で、わたしは服を脱ぎ始めた。


 中に入ると、お父様がお湯に浸かっているのが見えた。目が合う。
「いつ入ってくるのかと思えば……。遅いではないか。」
 目が合ったのは、わたしを待っていたからだったようだ。
「ちょっと、このまま部屋に戻っちゃおうかなーとか思ったりしたんで。」
「何だと……。」
 お父様が立ちあがりかけたので、わたしは慌てて続ける。
「で・でも、娘になったばかりなのに、そういう限界を試すようなのは、良くないって思ったんですよ。」
「自制が働いたのは良いが……。今まで厳しくしてきたのに、まるで効いてないではないか。どうしたら、そんな悪い事を思いつくのだ。」
 一旦立ち上がりかけたお父様だが、まだ寒かったのか湯船に戻った。呆れたように溜め息をついているが……。
「どうしたらも何も、元から、お父様が出たら入るかなって言ってたんですけど。」
「……口の減らぬ娘だ。」
 お父様に睨まれたが、わたしはとりあえず喋っていても仕方ないので、シャワーを浴びた。それから、お湯に浸かる。お父様から離れた位置だ。大浴場とまではいかないが、一般家庭では有り得ない広さなので、そんな事が可能である。
「家なのに、足が伸ばせるお風呂ってのが、お金持ちだなぁ。」
「そんな事より、どうしてそんなに離れておるのだ。もっと側に来なさい。」
「えーと、遠慮します。」
「お前以外の家族は、一緒に入れば、黙ってても側に来る。」
「そりゃ、そうでしょうね。」
 妻であるお母様と、生まれた時から一緒にいる実子達が、敢えてお父様から離れてお風呂に入る理由もないだろう。とはいえ、高校生のお兄様は、そろそろ反抗期に入って、一緒に入る事を嫌がったりしそうだと思ったが、口に出さないでおく。
「お前は、家族になる気がないのか。」
「いえ、ありますよ。でも、まだ無邪気に一緒にお風呂に入るような親密度もないですし、そんな事を気にしない年齢でもないです。」
 わたしはお父様から顔をそらし、いくつかあるシャワーを眺めた。「こんなデブでも、一応は年頃の娘なので、恥じらいもあるんですよ。」
「まだ子供の癖に、何が年頃だ。生意気を言いおって。」
 物語だったら、ここは、口では愚痴りつつも苦笑いでも浮かべるシーンのような気がするが、お父様にはそんな寛容さはないようで、不快そうな表情だ。
 わたしが寄らないので諦めたらしく、自分から近づいてきた。そろそろ、出てもいいのではないかとも思うが、冷え切って震えるくらい長い間全裸でいたので、まだ温まっていたいのかもしれない。
 隣に座ったお父様が、わたしの頬に触れてきた。
「ザンなら、もう生意気を言わぬように打ってやるのだろうが、女の顔を打つのは性に合わぬ。」
 確かに、お母様は往復びんたしてきたりする。そんなに痛くないが。お尻と違って、頬は痛みを与えるのが目的ではなく、とりあえず黙らせる為に叩いているのかもしれない。
「お母様のは虐待っぽい。っていうか、問答無用で叩く所が二人とも虐待っぽいです。子供は親の奴隷じゃないです。ただの我儘と意見は違うのに。」
「お前は言う事だけは立派なのだが、中身が伴ってない。お前から、聞くべき意見など出た事がない。耳を傾ける必要はない。尻叩きで充分だ。」
「むー。」
 ぐうの音も出ない。
「しかし厳しく打っておるのに、お前は折れないのう。普通なら委縮するだろうに。躾甲斐があるといえば良いのだろうが。」
「まだそんな酷く叩かれた事もないですし。」
「そうか。では、明日は思い知らせてやる事にしよう。」
「……。」
 お父様が立ちあがった。
「お前は冷えていないのだから、お前も出なさい。背中を洗ってやろう。」
 今酷い事を言ったのはなかったかのような優しい表情を浮かべて、お父様が手を伸ばしてきた。


 そのまま何事もなく部屋に戻れた……という幸せなオチはなかった。明日叩くと言った筈なのに、お風呂を出る前に叩かれたからだ。
「明日叩くとは言ったが、今日叩かぬとは言っておらぬ。」
 そんな事を言うお父様の膝の上で、びっちん、ばっちんと叩かれたのだ。
 脱衣所にも椅子が置いてあるので、そこで叩くのも可能だとお父様が言っていたが、別にここでもいいだろうと、洗い場で叩かれているのだ。
「屁理屈だ……。」
「ほんとお前は口が減らぬ。寝る前だから100のつもりだったが、200だ。」
「ええーっ。そんなーっ。」
「そこで出てくるのが、どうして謝罪の言葉ではないのだ。」
 バチンッ、バチンッと強い平手が飛んでくる。
「ああ、ご免なさい!」
 わたしは泣かされる事になったのだった。


「あー、痛かった……。」
 お風呂から出て、自分の部屋に戻る。
 時計を見ると、寝るまでにはまだ少し時間があったので、鏡にお尻を写してみた。お風呂上がりで上気して赤い体だが、お尻は更に赤かった。200回は、娘になってから最高の数だ。200以上叩かれたことはない。
「でも、明日の折檻はもっと厳しいんだよねー……。」
 平手160、罰板30、細鞭10とお父様が言っていた。数自体は200だが、道具が多い。罰板はパドルで、細鞭はケインである。パドルは経験済みだが、ケインはまだなので、どれほど痛いのかが未知数だ。
「怖いなぁ。」
 わたしは、溜め息をついた。



20年3月26日
Copyright 2020 All rights reserved.

powered by HTML DWARF