レレスト高校

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  4 先生の気持ち  

 放課後。わたしは懲罰室に居た。ザンに関係ないところで放課後に残されて叩かれる時は、ここに来ることと決まっていた。ただ、その場合、いつも手で叩かれていて鞭を使われたことはない。鞭そのものの経験は、ザンに巻き込まれた時にしている。とても痛かったので、楽しむ余裕などなかった。お尻叩きは手が一番だとわたしは思う。
「氷山先生は何て言うのかな。理由がないわけないし、想像つかないな。嫌いに決まってるとか言われたら、立ち直れないなぁ。違いますように……。あ、教えてくれないかもしれないのか。」
 今回はいつも以上に氷山先生が待ち遠しい。じりじりとしながら、わたしは待っていた。
 そこへ、やっと氷山先生がやってきた。かなり怖い顔をしていて、わたしは怯んだ。
「僕が補習をしているのに、どうして片倉さんは、いつまでたってもああなんですか! 今日もたっぷりとお仕置きですから、覚悟なさい!」
 椅子に座った先生に引っ張られて、膝に乗せられた。ここでのお仕置きは拘束台に縛り付けられる場合と、膝の上の場合がある。違いはわたしには分からない。氷山先生の気分なのかも知れない。わたしは、拘束台に縛られるいかにもな懲罰よりも、膝の上の方が暖かみを感じられて好きだ。
 先に質問をしたかったが、氷山先生がかなり怒っているようなので、後回しにすることにした。無理に訊いても、お仕置きを逃れたくてしていると思われて、さらに叱られる気がする。氷山先生は自分でお尻を出させて、自分から膝の上に乗ることを要求する人なのに、今日は違うので、されるがままになっていた方が良さそうとの判断だ。
 わたしとしては、質問に答えられなかっただけでそんなに怒らなくてもいいのにという気分だが、氷山先生からすれば、手間をかけてるのに成果がないのは、腹立たしいものなのかもしれない。その証拠に、一発一発が強い。
「氷山先生、ご免なさいー。もっと頑張りますからあっ。」
 わたしは痛みに泣きじゃくる。「ザンからも教えて貰いますー。」
「それは駄目です。分からない所があるなら、全部僕に聞きなさい。」
「はい……。」
 氷山先生のプライドなんだろうか……。でも、補習を受け続けて普通クラスに入れたわたしと違って、基礎クラスには、まだうちのクラスの生徒が少しはいるのだが……。どうして、わたしだけがこんな扱いを受けているのだろう? やはり嫌われているのだろうか。
 お尻がとても痛くなるまで叩かれた後、やっと解放された。
「次に、答えられなかったら鞭を使うことを検討します。それか二日連続でお仕置きをします。」
 どっちも辛そうだ……。それはともかく。
「それは分かりましたけど……。あの、氷山先生、質問してもいいですか?」
「いいですけど、何ですか?」
「ずっと疑問に思っていたんですけど……。どうして、氷山先生はわたしだけ、他の皆と扱いが違うんですか? 最初はザンと悪い事をしているからと思っていたんですか、それなら、ザンと一緒に叱られると思うんです。でも、わたしだけなので、気になっています。どうしてなのか、教えて貰えませんか?」
「……。」
 氷山先生は黙っている。やはり教えてくれないのだろうか。わたしは言葉を続けた。
「今回だって、校則手帳では15回ですよね……。補習をして貰っているのに分からなかったからにしても、多過ぎだと思うんです……。」
「それは僕に対する反抗と受け取っていいですか?」
 氷山先生に冷たく睨まれた。
「違います! ただの疑問です。氷山先生に嫌われていると思うと、悲しくて辛いんです……。」
「嫌ってはいません。それに、僕は、生徒を差別するような人間ではありません。」
「でも、わたしにだけ厳しいのは事実です。どうして……。わたしには説明をするだけの価値がないということですか?」
「違いますけど……。」
 氷山先生は天井を見た。それから困った顔でわたしを見た。「どうしても知りたいのなら話してもいいですけど……。後悔するかも知れませんよ。それでもいいと言うのなら、今日の夜、寮の君の部屋に行きます。どうしますか?」
「こ・後悔……? わたしの部屋……。」
 それでもと言った場合、どんな展開か待っているのか想像することが出来なくて、わたしは戸惑った。
「はい。」
「……わたしのことが嫌いだからではないんですよね……。」
「はい。」
「後悔ってどういう……。」
「君は今、僕から厳しい扱いを受けています。それと木村さんの遊びに巻き込まれて、受けなくてもいいお仕置きも受けています。」
「そうですが……。」
 ザンに巻き込まれているだけと分かってて、氷山先生は助けてくれないんだなとわたしは思った。断れないわたしが悪いと突き放しているのかも知れないが、ちょっと寂しい。
「僕の話を聞けば、君のお尻は更に休む暇がなくなります。それでも良ければ……ということです。」
「ええっ。」
 予想外の言葉に、わたしは混乱してきた。どうして、真実を知ると更にお尻叩きを受けることになるのか……。
「嫌だったら、そういうものと割り切って、僕の特別扱いを受け入れなさい。」
「特別扱い……。まあ、優遇とは違うけど、皆と違うことは確かですね。」
 納得いかない気がしつつ。いや、今はそんな事は置いておく。「正直、今よりお尻が辛くなるのは勘弁願いたいです。でも、そこまで言われたら、気になってしょうがないです。教えて下さい。」
「片倉さんならそう言うと思ってました。では、今日の夜、片倉さんの部屋に行くことにします。木村さんへも言っておいて下さい。お仕置きを受けていて部屋にいないってのは、困るので。」
 寮にも、学校ほどではないが決まりがあって、守れないとお仕置きがあるのだ。ザンの所為と、自分の過失で寮母さんに叩かれたことが2回ある。まだこの学校に来て1ヶ月しか経ってないのに、経験豊富だと思う。後まだ受けていないのは理事長からの特別なお仕置きくらいか。受けてみたい気持ちはあるが、怖い気もしている。
「わ・分かりました……。」
「お仕置きは終わりましたし、今日はもうお帰りなさい。」
「はい。氷山先生、さようなら。」
「さようなら。また後で。」
 知らなければ良かった真実になるのか、すっきりするのか、不安に思いながら、わたしは寮へ帰った。


 寮に帰ったわたしは、勉強していたザンに氷山先生が来ることを伝えた。彼女は面白がって、自分もその話を聞いていいかと質問してきた。
「別にいいけど。勉強は良いの?」
「勉強より、ひろみの話の方が気になるからいいんだよ。……しかし、変な話だよね。何で、悪い意味での特別扱いの理由を教えて貰っただけで、更にお尻叩かれないといけないんだろうね。」
「わたしもそれが気になってるよ。」
 いくらザンの頭が良くても、考えて答えが出るような類いのものではないので、わたし達は宿題を片づけたり、勉強をしたりすることにした。
 夕御飯を食べて暫く経つと、氷山先生がやってきた。
「先生の私服って初めて見たー。新鮮だー。真面目でお堅いからつまんない服かと思ってたのに、意外にお洒落だ。」
 ザンは楽しそうだが、わたしは何が語られることになるのかが不安で、それどころではなかった。
「それを言うなら僕も、君達の私服は初めて見ました。木村さんは意外に可愛い服ですね。片倉さんはお洒落に興味がないのでしょうか? 若いのに勿体無いです。」
 氷山先生に残念そうな顔で言われてしまった。
「そうそう、ひろみの服は酷いんだよね。大きいサイズの服だって、可愛いのあるのにさー。」
「別に服なんて入れば良いよ……。そ・それより、氷山先生……。」
「そうですね。僕は君達と服装談義をする為に来たわけではありませんでした。片倉さん、理事長の家に行くので、ついてきて下さい。」
「へ?」「え?」
 わたしとザンはポカンとする。
「片倉さんは面接の時に、我が校の教師は理由なき、あるいは理不尽な、あるいは私情による体罰を行うことは禁止されていますと僕が言ったのを覚えていますか?」
「……そういえば、そんなことを聞いた記憶が……。受験に来ただけの生徒に、教師側の事情を説明する理由が気になったのを思い出しました。」
「その理由って、お尻叩き耐性を見る為だったねー。」
 ザンが口を挟む。
「それなのに、僕は片倉さんに対して、本来は許されない筈の特別扱いをしています。」
「それに理事長が関係しているということですか?」
「……詳しくは理事長の家に行ってからです。」
「分かりました。」
 わたしが立ち上がると何故か、ザンまで立ち上がった。「何でザンまで。」
「面白そうだから、わたしにも行きたい。」
「駄目です。片倉さんだけです。」
 氷山先生は冷たい。
「どうしても?」
「どうしてもです。」
「……そ。しゃーない。諦めます。」
 ザンが残念そうな顔で肩をすくめた。
「えーっ、ザンのことだから、絶対ついていくって言うと思ったのに。」
 わたしは驚いた。
「我が儘言っても、お尻叩かれるだけだし。」
「らしくない。熱でもあるの?」
 わたしは思わずザンの額に触ってしまったが、彼女に優しく払われた。
「失礼な。わたしだって自重することくらいあるよ。」
 ザンが悪い顔で笑っている。自重した人間の顔ではないが……。
「木村さんが納得しましたし、片倉さん、行きますよ。」
 氷山先生に言われたので、ついて行くことにした。



15年10月11日
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