魔法界 はみ出し者の村

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2 ソレザと暮らす

 村長の家に入ると、村長夫婦が立っていた。
「ようこそー。同じ尻叩き好きが村の一員になってくれて、僕は嬉しいな。仲良くしようね。」
「宜しくね。気を強く持って生きてね。」
 村長のテンションは想像がついたが、妻の重い言葉が理解出来ず、わたしは戸惑った。
「……村長さん、こんにちは。初めまして。今日は初めてのお尻叩きなのに、いきなり物凄く一杯叩かれて、戸惑っています。でも、いちお今もお尻叩き好きなので、仲良く出来ると思います……。」
 村長に挨拶してから、わたしは村長妻を見た。「奥様は、わたしのように、柵を超えたら村人というルールを知らないで、村の一員になってしまい、今も後悔しているのでしょうか……。」
「いえ。違うのよ。村の一員になったその日に、夫が決まってしまって、ちょっと同情しただけ。」
「……え?」
 わたしはぼんやりと妻の顔を見た。「またも村独自のルールが!?」
 わたしは、ソレザの顔を見た。「初めてお尻を叩いた父親以外の男が夫になるとか、そういうルールが?」
「そんな女性の人権を無視したルールなんて無いよ。この村は男女平等かと聞かれると、難しい所はあるけど。」
 村長が苦笑いしながら言う。「君も、あんなに必死に、尻叩き祭を見てたなら分かるよね。男性を叩く女性なんてのがいたの。」
「数は少なかったけど、見ました。でも、ならどうして、ソレザがわたしの夫なんですか。」
「村には好きになれる子がいない。新しい村人が来るまで結婚しないって言ってたソレザが、300回も叩いた女の子だから……。」
 わたしはソレザを見た。彼はにまっと笑っているが……。
「……わたしの何処に、好きになる要素があったのか、分からないんだけど。」
「一目ぼれは理屈じゃないぜ。」
「いや、まあ、そうだろうけど……。」
 この世界に転移した時に、人では無くなって痩せたので、デブではなくなっているものの……。顔は、祖父が折角いい形に生まれてきたのに肉に埋もれて勿体無いと、人間だった頃に言われたので、醜くはない可能性はある。ただ、美人でない事は確かだ。痩せて美人やハンサムになる漫画もあったりするが、あれはファンタジーだ。
「ってのは冗談だ。ほんとは、尻叩き祭にあんなに興味持って面白そうに眺めてる時点で、俺の物にしたいって思ったんだ。」
「ぐっ。」
 一目ぼれより、よっぽど説得力がある事を言われてしまった。
「村長と俺以外は、皆、何こいつって目で見てるのに、全く気づきもせずに羨ましそうな顔で、最前列かぶりつきで見る奴とか、俺の物にするしかない。」
「……。」
 顔が熱い。多分、300回ぶたれたお尻並みに赤くなってると思われた。
「さっきチラッと言ったけど、俺さー。千回とか叩きたいんだよ。最終目標としては1万回だけど。」
「い・いちまん……。」
 800回以上叩いている母娘のスパ動画を見た事があるので、千回はなくもないだろうが……。お尻はどうなるんだろう。グロ画像になりそうだ。そもそも死ぬんじゃないだろうか。
「でもさ、普通の女の子なんて、親に300叩かれるのでも死にそうになってるのに、無理じゃん。だから、今までは諦めていたんだ。」
 ソレザがわたしの両肩を叩く。「でも、やっと待ちに待った逸材が、今日現れたってわけだ。」
「う。で・でも、わたしはお尻叩きに憧れていただけで、そんな恐ろしい数を耐えるかは……。」
「大丈夫、大丈夫。村長に、300叩かれても、まだ好きだって言ってただろ。いける、いける。」
 ソレザがにっこり笑う。「俺も、叩く方は初心者なんだ。だから、まずは小目標から達成していこうぜ。今日は帰ってから200は叩く。それで500だろ。後は、風呂とか寝る前とかに叩いて、様子見しような。」
「っていうか、そもそも結婚するどころか、付き合うとも言ってないんだけど? わたしの意志は?」
「え、確認の必要ないだろ。」
「女性に人権がないわけじゃないんでしょ? まさか、結婚するって言うまで叩く、とか言い出す気?」
 わたしは強気の姿勢で居たが、ソレザも村長夫婦も笑っていた。「何で笑うの……?」
「いや、だって……。」
「体は正直だよ?」
「わたしは勘違いしていたみたい。楽しく夫婦をやれそうね。」
 三人の反応に戸惑っていたが……。下を向くと、わたしの腕はソレザに伸びていて、手は彼の服を掴んでいた。他人の体のように表現したが、確かに服を掴んだ時の記憶はあるのだ。わたしの体は……、いや、本心は、どうも彼に叩かれたがっているらしい。
 1万は有り得ないと強く思っているが、逆に言うと、そこまでじゃないなら、叩かれてみたいようだ。300回も叩かれたお尻はじんじんと痛んでいて、動くとパンツに擦れて痛いのに、彼の家に行ってからの200叩きを期待しているのだ。
「動画で……。500近く叩かれてるのとか見て、あんなに叩かれたらって、ちょっと思ってて……。」
「ま、決まりだな。」
 いきなり結婚はどうかと思うが、結局そうなるらしい。
「国にある物を、取りに行かなきゃ。」
 この村で暮らす事になったのだから、服などを取りに行きたい。
「大丈夫だよ。そこに届いているよ。」
 村長が指す先を見ると、家具はなかったが、服が置かれていた。
「何で、パンツが一番上なの!?」
 わたしは慌てて、パンツを積まれている服の中に押し込んだ。
「この村の住民になると、私物が転送されるんだ。国の人間ではなくなったから、持ち物ごと追い出される形だね。」
「自動でされるから、今みたいな事故もあるみたい……。」
 村長夫妻が同情の眼差しで見てきた。つまり、パンツが一番上にあったのは、誰かの悪意では無かったようだ。
「意外に派手なパンツ……。」
 ソレザが不思議そうな声を出した。
「人間だった頃はデブで色んなの履けなかったから、つい。」
「へー。」
 ソレザが側にやって来て、杖を振るうと、服が消えた。「うちに送っといた。」
「有り難う……。」
「しかし、お前、本当に魔法が下手なんだな。服しか送られてこない人間なんて、初めて見たぞ。普通は、もっと魔法薬とか色々あるのに。」
「魔法に憧れていたのに、全然上手くなれなくて……。親にも呆れられて、早めに追い出されたから……。」
 転移してきた人間は、人としての肉体を捨てて新たに生まれ変わり、子供に戻る。それから希望する両親の元へ行き、養子として育てられながら、魔法を学ぶのだ。
 わたしは碌な魔法が使えるようにならなかった。呆れた両親に一人で生きて行けるように料理や、食べ物の取り方など生活に必要な事だけ教えられて、通常より若い年齢で追い出された。
「ふーん。ま、ただ無意味に尻叩くだけじゃ飽きるかもしれないし、魔法を仕込んでやるよ。」
「親にも呆れられたのに。」
「やってみなきゃ、分からないだろ。」
「この村は、落ちこぼれにも優しいよ。」
 村長が口を挟んできたが、落ちこぼれとはっきり言うのは、優しさに入るのだろうか……。


 村長達へ挨拶をして家を出た後、ソレザの家に向かった。彼はまた、立ち止まったらのお尻叩きをしたかったようだが、この後の200回があるので、頑張って歩いた。
 家の中は外から見たより広かった。魔法界は広いので、土地を節約する必要はないと思うが、こういう作りの家は多い。村の家が小さくて可愛かったのも、魔法がかけてあるからだろう。
「じゃ、200叩くぞ。」
 ソレザがソファに座りながら言う。
「何処に何があるかとか、二人で暮らすルールとかは……。」
「別に豪邸じゃないし、場所なんて教えなくても、すぐ分かるさ。ルールは尻に教える。」
 手を引かれて、膝に乗せられた。……結果としては、20でダウンした。
「もう無理……。」
「少ねー……。」
 ソレザは不満そうだ。
「初めて叩かれたから……。」
「尻叩きが推奨体罰の村の人間と違うからか……。」
 魔法界は人間界とは違い、体罰はむしろ推奨されている。しない親もいるにはいるが、子供が我儘を言ったりしていると、それ見た事かと非難されるので、強い意志を持っている親以外は、結局体罰をする。同調圧力に負けた親は、立たせるといった、直接手を上げない罰を工夫したりしているようだ。
 わたしを育てた親は、たまに拳骨をしてきた。人間だった頃の親と同じなので、びんたでなくて良かったと思いつつ、お尻叩きじゃなくてガッカリしたものだ。
「まあ、焦る事ないか。むしろ叩かれた事ないのに、300耐えただけで良しとするか。」
 残念そうだが、膝から降ろしてくれた。
「無理矢理叩くとかは、しないんだね。」
「それ精神が壊れそうだし……。出来れば二人で楽しみたいんだ。」
「そうなんだ。ソレザが酷い人じゃなくて良かった。」
 わたしは微笑んだ。



20年5月
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