魔法界 はみ出し者の村

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1 尻叩き祭

 魔法界には、国と村が一つずつある。村は国に馴染めなかった人達が住んでいる所で、はみ出し者の村と呼ばれている。特に忌み嫌われる理由はない筈なのだが、親が子供を嚇すのに使っている為、魔法界にいる一般人にとっては近寄りがたい場所でもある。
「我儘ばかり言うと、はみ出し者の村に捨てるよ!」
「悪い子は、はみ出し者の村に連れて行かれるんだぞ。」
 これと似たような脅しは日本でも聞くので、わたしのような日本からの移転者には通じないのだが……。
 他にもそういう人は居るだろうが、わたしも、そうやって叱られる度に、むしろはみ出し者の村に興味を抱く人間であった。


 大人になった今、わたしは簡易な柵で囲われただけの、そのはみ出し者の村の前に立っていた。
 小さな家がいくつも建っているので、どことなく可愛らしい雰囲気を感じた。柵の周りを歩いて、可愛い家を堪能しているわたしの耳に、ばしっばしっと肌を打つ音と激しい泣き声が聞こえた。一人ではない。わたしは走り出した。
 柵を乗り越えなくても、村の広場のような場所が見えた。ベンチやテーブルが沢山置かれたそこには、人だかりが出来ていた。柵の外からでは見えにくいが、中心では、男の子と男性と女性の3人が裸のお尻を叩かれていた。組み合わせからすると、親子とカップルか夫婦だろう。
「ええー……。」
 明らかに見世物としてのお尻叩き。常軌を逸したそれを、わたしはぼんやりと見た。
 子供はお尻が小さいのですぐ真っ赤になる。男の子は父親に手を引かれ、その場を離れた。一つ場所が開いたと思うと、今度は女の子が父親に手を引かれて、連れて行かれた。女の子はベンチに座った父親の膝に乗せられ、裸のお尻を叩かれ始めた。次は叩かれる男性と叩く女性の組み合わせが終わった。新たに来たのは母親と男の子だ。
 お尻叩きが終わった組み合わせは、その場にとどまる場合と、家に帰る場合があるようだ。
「村全体でお尻叩く日なの?」
 人数からすると、そうだろう。はみ出し者の村は、変わり者揃いと聞いていたが、思った以上に、規格外の人達の集まりだったようだ。
 こんな面白い催しを柵の外から見ているなんて面白くない。わたしは柵を乗り越えた。それがどういう意味を持つかなんて、全く知らずに。お尻叩きを間近で見たいという欲求の前には、村の人間でもないのに交じっていいのかとか、入っていいかとか訊かなくていいのかなんて、常識は吹っ飛んでしまっていた。
 わたしは順番待ちの人達に紛れて、3組のお尻叩きを楽しんだ。残ってるカップルの中には、叩かれた人が叩くという役割変換もあったようだ。お尻が痛いからかベンチには座らず、テーブルに手を付かせて叩いたりしている。痛そうな顔で座りながら叩く、強い人も居たりした。
 そうやって楽しんでいたが、とうとう最後の組み合わせが終わった。お尻叩きをたっぷり堪能出来たなぁとぐふふと笑っていたわたしは、目の前に男性が立っているのに気づいた。
 癖っ毛なのかセットなのかは分からないが、茶髪が立っていて、少年漫画の主人公タイプだ。目が水色で、背は高め。体は痩せてもいないしデブでもない、普通だった。そこまで観察してから、わたしは無断で村に入った挙句、奇妙な催しを最前列で食いついて見ていたという、自分の行動を思い出した。見に来るまでは有りにしても、最前列で食い入るように見るってのは言い訳し辛い。
「えーと……。」
 冷や汗をだらだら流しながら、どう言い訳しようと思っていると、男性がわたしの手を引っ張った。村長の前に連れていかれて、侵入していた事について叱られたりするのではないかと思ったが、男性はベンチに座った。ついさっきまで、沢山の人達が腰かけ、膝に乗せた相手のお尻を叩いてきたベンチである。
 え、もしかしてと期待と不安を抱いたわたしは、本当に、彼の膝に乗せられた。そして、ローブの上から叩かれ始めた。
 お尻を叩かれるのは想像の何倍も痛いとか、でも嬉しいとか、せめて侵入した罰とか何か宣言してからではとか、様々な言葉が浮かんだりしつつ、お尻叩きを堪能出来たのは、ローブをまくられて、パンツの上から叩かれた20発くらい、計50発ほどまでだろうか。ちゃんと数えていたわけでもないし、叩いている男性も黙っているので、数は想像だ。もっと少ないかもしれないし、多いかもしれない。
 ともかく、叩かれる痛みと、叩かれ続けて痛み出したお尻という2重の痛みで、余計な事を考える余裕もなくなった。わたしは痛い、痛いと喚き出した。
「結構、我慢強いのな。60も黙ってるとは思わなかった。」
 想像より10多かったが、それどころではない。
「ご免なさい。黙って入り込んだ事は、謝るから。」
 お尻叩きを楽しめなくなってきたので、わたしはそう口にする。
「進入禁止とか無いし、別に好きなだけ入ればいいさ。」
「えっ、じゃあ、何でわたしは叩かれてるの? 村人総出のお尻叩きを見たから?」
「独り身の人も居るから、総出では無いな。」
 彼は言う。この会話の間も手は止まってない。ぱんっ、ぱんっと1秒に1回のゆっくりペース叩かれながら、必死に会話をしている。
「そこはどうでも……。」
「まあ、そうだな。」
「……。」
 説明してくれるものと思って耐えていると、手が止まった。終わったのかなと思ったが、パンツを下ろされただけだった。叩かれるペースが早くなった。痛みは強くなったり弱めになったりしているが、パンツという防具がなくなったので、痛みが増している。泣きそうになってきた。しかも、いくら我慢していても、わたしを叩いている彼が、口を開く事はないようだ。
「説明は!? わたしが何で叩かれてるかの説明をしてよ!」
「あー、歓迎的な?」
 めんどくさそうに言われた。わたしのお尻を叩くのに、集中したいのかもしれない。
「か・歓迎?」
 嫌な予感がする言葉だった。お尻の痛みを忘れそうになる。
「ん? お前はこの村のルール知らないのか? あ、侵入とか言ってたもんな。知ってる奴が口にしない言葉か。」
 1秒に1回のゆっくりペースに戻りながら彼が言う。
「それって……。」
「自分の意志で柵を超えた人間は、この村の一員だぞ。」
「ええーっ!?」
 予感は当たってしまった。
「はみ出し者の村にようこそ。」
 青年は優しく言ったのだった。
 それで終わりそうな雰囲気だったが、お尻叩きは容赦なく続く。
「いつまで叩かれてるのー?」
「俺が満足するまでに決まってんだろ。」
「何それ、無茶苦茶―。」
 わたしは泣き喚いたが、彼の手は止まらないのだった。


「千回叩きたかったけど、あのベンチでの尻叩きは300までって決まりがあるんだ。守らないと、村長に叩かれるんだよなー。」
 青年に手を引かれながら、わたしは歩いていた。彼の言葉通りなら、300回も叩かれた事になる。わたしはグスグスと泣きながら、何処に連れて行かれるのか分からないまま歩く。試しに立ち止まってみたら、抱え込まれて10回叩かれた上に、「次立ち止まったら20発、その次は30発。止まる度に10発ずつ増やすからな。」と脅されたので、仕方なく付いて行ってるのだ。
「何その決まり……。」
「外で叩かれるってのは、尻叩き祭があっても、やっぱ恥ずかしいもんでな。あのベンチは人気なんだよ。だから、回数制限があるんだ。」
「尻叩き祭……。」
 さっきの奇妙な催しは、そのまんまな名前がついたお祭りだったようだ。
「今の村長が無類の尻叩き好きで、村長が考えたんだ。最初は物好きが参加するだけだったらしいけど、躾に効果があるって分かって今の、ほぼ全員参加に変わったんだって。毎月1回やってるぞ。」
「月1って頻度、多くない?」
 村長がわたしと同類ってのは面白いが……。日本はお尻叩きの道具が豊富な海外と違い、スパ愛好者は少ないが、昔は、家庭どころか校長がお尻を叩く学校もあった海外は豊富なわけで……。だとしたら、元人間も多いこの魔法界にだって、居てもおかしくはない。勿論、純粋な魔法界の人の可能性もあるが。
「参加者が少なかった頃は、もっと開いてたみたいだけど……。」
「へー……。」
 村長以外にもスパ好きが一杯いそうだとわたしは思ったが、体罰不要論なんて存在しない魔法界の事だから、躾に熱心なだけなのかもしれない。
「よし、着いたぞ。」
 小さな家ばかりかと思ったが、青年が立ち止まった家は大きかった。噂の村長の家か訊こうとしたら、青年が顔をしかめた。
「ちぇ、つまんないな。」
「え、何が?」
「立ち止まる度に10発増やしていく奴、やりたかったのに、ひろみは、足が遅いだけで、全然止まらねーんだから……。」
「300回も叩かれた後に、そんなに一杯叩かれたくないし……。」
「ふん。つまんない奴だぜ。」
 知らんがなと言いたくなったが、その言葉を理由に叩かれそうなので、我慢した。わたしはお尻叩きに憧れていた。初めてでいきなり300も叩かれたが、嫌になっていなくて、嬉しい事だ。ただ今はもう充分である。これから先、お尻叩きに慣れたら、もっと叩かれたいと思う事もあるかもしれないが、少なくとも、今はまだ無理だ。
「まあ、今はいいか。新しい村人を村長に見せないと。って知ってるけどな。」
「え、何で? っていうか、貴方もわたしの名前を知ってるけど、何で?」
「魔法使いだぞ。分からない方がおかしい。村長は、尻叩き祭をあれだけ楽しそうに見ていたひろみに、気づかないわけないし……。むしろ同士が出来たって喜ぶだろ。」
 青年は呆れた顔をしていた。
「済みませんね。わたしはショボい魔法使いだから、貴方の名前が分からないよ。」
 魔法界に転移する事が出来て、憧れの魔法使いになれたのに、わたしは大した魔法が使えないのだ。箒で空を飛ぶという一番の憧れの魔法は何とか出来るが、距離が短いし、スピードも出ない。この青年に足が遅いと言われたが、その歩くスピードより遅いという、亀も吃驚なのろさである。爽快感がまるでない。空を飛べたと喜べたのは最初だけだ。情けなくて泣きたくなるので、もう飛んでない。
「ああ、そう……。」
 憐みの目で見られてしまった。
「……。」
「あー、俺の名はソレザ。」
「ソレザさん。」
「ソレザでいいぞ。」
 青年に手を引かれた。「よし、村長に挨拶しよう。」



20年5年25日
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