藤津家

3 テスト 書きかけ

 わたしは帰って来たテストを見つめた。数学で60点は、わたしにしてはいい点だ。だが……。
『お尻叩かれる点なのかな―……。』
 藤津家の娘になって、テストが返ってくるのは初めてなので、60点がお仕置き対象なのか、分からない。そもそも、テストがお仕置き対象なのかも分からない。不安に思ったまま、わたしは残りの授業を受けた。
 学校が終わり、わたしは歩いて帰る。実子達は車での送迎があるが、わたしは歩きである。兄の陽明(はるあき)さんは高1、姉の姫香(ひめか)さんは中2で、わたし、ひろみは中1だ。実子達は私立のお金持ち学校に通っていて、わたしは地元の中学に転校した。お金持ち学校に行ってみたい気がしないでもなかったが、高い学力が必要だそうなので、両親がわたしに優しくても、行けなかったと思われる。ある意味、気楽だ。
 家に着いた。巨大な門を眺めそうになったが、お祖父様に使用人を煩わせるなとお尻を叩かれた事を思い出し、慌てて中へ入った。
 今日もお祖父様は花壇の前に座り込み、何事かをしていた。諦めきれないわたしは、門から続く道を外れないまま、口を開いた。
「ただいまです。今日も綺麗な花ですね。」
 花を誉めたって、喜ばれないどころかお尻を叩かれたが、どうしても、何か言いたかった。両親はわたしに優しくするわけないと言うし、お祖母様からは初対面の時に、庶民と聞く口はないと言われてしまっている。なので、お祖父様に希望がないだろうかと思っているのだ。一縷の望みって奴だ。実子達でもいいが、年の近いきょうだいを、甘える対象に入れていいのか謎だ。
 お祖父様が振り返った。わたしだと気づくと立ち上がって、側にやって来た。お祖父様に背中を押されて、馬とびのような姿勢にされた。
「褒めたのにー……。」
 軽く抱え込まれて、お尻を叩かれた。制服のスカートの上からだし、それほど強くないが、痛みは感じる。
 目を閉じて我慢していると、やっと手が止まった。お尻がヒリヒリしている。数は分からないが、痛みとしては40回分くらいだろうか。
「ただいま帰りました、だろう。」
「ああ、挨拶がおかしかったんですね。ただいま帰りました。お祖父様。」
 お祖父様は頷くと、踵を返した。「いや、花は?」
「わたしが手間暇かけているんだから、花が綺麗なのは当たり前だ。」
「はー、成程……。」
 それにしたって、褒めたんだから、何か反応がしてくれても良くないだろうかと思う。
「いいから、部屋に戻れ。アトルに叩かれるぞ。」
「あ、そうだった。有り難う御座います。」
 お祖父様の言葉通りなので、わたしは急いで玄関へ向かった。
 廊下を歩きながら、わたしはお尻を触る。急いで部屋に行かないと、遅くなったお仕置きがあるのに、つい、ヒリヒリするお尻を楽しんでしまう。
 『数が多くても、弱かったから、それ程痛くなくていい感じ……。』
 海外サイトの翻訳で、お尻がヒリヒリする位の弱い100叩きか、いたーい20発を選ばせる話があったけど……。
「これくらいの痛みなら、どっちでもいいかも。」
 わたしはにんまり笑った。「この家で、こんな程よいお尻叩きがあるなんて……。諦めてたのに。やっぱ、お祖父様と仲良くしたいなぁ。」
 こういうお仕置き一杯してくれないかなーと思うわたしだった。


 部屋の戸を開けると、お母様がソファに座っていた。また刺繍をしていたようだ。
「ただいま帰りました。そういやお母様って、刺繍ばっかりですね。羊毛フェルトとかやらないんですか?」
 鞄を学習机へ置いてから、ふと思った疑問を口にしてみた。
「やりません。あなたがやりたいなら、お父様にお願いして、買って頂きなさい。」
「可愛いのに。」
 専用の針で羊毛を刺して作る羊毛フェルトは、可愛いデフォルメキャラから、リアリティのあるペット動物まで様々な物が作れる手芸の一種だ。
「自分でおやりなさい。」
 お母様が軽く溜息をつく。「それより、お義父様から、スカートの上とはいえ、お仕置きを頂いていましたね。何をしたのですか。」
「前もチラッと思ったんですけど、何で知ってるんですか?」
「この位置から見えます。」
 お母様が窓を指さした。わたしは彼女の側へ行き、その窓を見てみた。確かにお祖父様の背中が見えた。
「ここまで丸見えとは。」
「それで、どうしてお仕置きを頂いたのですか?」
「ただいまですって言ったのが駄目だって、言い直しさせられました。」
 わたしはまだ少し痛むお尻を撫でた。「100叩きだったと思うんですけど、弱かったので、そこまで痛くないです。」
「お尻を見せなさい。」
 わたしは大人しく言われた通りにした。逆らおうかと一瞬思ったが、テストの事を思い出し、止めておいた。「……私からのお仕置きは、要りませんね。」
 お母様が刺繍を手に、立ち上がった。
 その姿を見たわたしは、どうせこの人もお父様も冷たいし、わたし個人にあんまり関心がないようだし、テストの事は黙っていてもいいのではと思い始めた。そんな事を考えながらパンツをはいていると、お母様の声がする。
「……? 何か隠し事でもしてますの?」
 わたしは慌てて顔を上げ、少し疑うような表情を浮かべているお母様を見た。
「わ・分かります?」
「表情に出ましたわよ。」
「そ・そうですか。テストが帰って来たんです。でも、何か、わたしが大人しくしてればそれでいい感じだし、テストとかどうでもいいかなーって。」
「テストですか……。私は関心ありませんわ。ただ、ひろみだけでなく、姫香達もですの。お勉強の事は、タルートリー様にお任せしていますわ。」
「そうですか。では、お父様に言います。」
「そうなさい。」
 お母様が部屋を出て行った。
 ふと、少し遅くなったのに、お尻を叩かれなかったなと思った。多いのでなくて良かったと思う。テストの事も分からないままなのだ。


 夕食の後。わたしはテストを持ってお父様の部屋へ行った。お出迎えの後、テストが帰って来たと言ったら、後で見せるようにと言われたのだ。
「お父様、今日帰って来た数学のテストです。60点です。わたしとしてはいい点です。」
 ソファへ座っているお父様に、テストを差し出しながら、説明する。どうせ無駄だろうが、いい点である事も言ってみた。
「60がいい点……。」
「数学は苦手なんですよねー。有用性は理解してますけど、だからって、分かるかって言われると、それは別の話なのです。」
「……。」
 お父様が顔をしかめている。
「いや、ほら。生活に必要な足し算化引き算程度の、算数レベルだけ分かればいいだろうみたいな事、言う人いるじゃないですか。そんな事は言わないし、数学が人類に必要な物って分かるけど、難しいので点数はとれないって話です。」
「……説明されんでも分かる。」
「そうですか……。」
 60点がいい点の理由に余計な説明を付け足したので、補足が必要かと思ったのだが、違ったようだ。
「今考えているのは、100点に足りない40点分の40回叩くか、倍の80回にするか、一律100叩きにするか、という事だ。」
「半分の50点はとれたわけですし、100はないですよね。」
 40回だと程よくていいお尻叩きだ。お祖父様に叩かれた時のように、痛みを楽しめるだろう。40回にしてくれないかなと思う。
「そうやって期待されるように言われると、100でいいのではと思う……。」
「う、藪蛇だった……。」
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