藤津家

2 愛されたいわたし 両親から

「あの……。わたしとしては、皆と普通の家族になりたいんですけど……。」
 お父様のお出迎えの後。
 屋敷に住んでいるので、家族が揃うのは食事の時か、今この時しかない。食事の時でも良かったが、早い方がいいと思ったので、わたしは急いで言った。ゆっくりしていると、皆が居なくなってしまう。
「どういう意味だ?」
 お父様が冷たい口調で言ってきた。冷たさに怖気づいたが、無視されなくて良かったと前向きに考えて、気を奮い立たせる。
「皆が冷たいので……。もっと家族っぽくなりたいです。」
「……。」
「た・例えば、今のお父様とか……。家族には出迎えのお礼? に優しくしてますけど、わたしには、ああそういえば、こいつが居たみたいな顔で見るだけとか……。」
「成程……。そこまでは思っとらんが、優しくしてないのは事実だの。」
「……私としては、お義母様の我が家に相応しくない娘を側に置きたくないという意見に、賛成したい気持ちもあるんですの。ひろみが良い子ならまだしも、この子、叱られる事しかしませんし。」
 お母様が素っ気なく言った。
「そんな……。」
「いい子じゃないからって、身寄りのない子供を冷たく放り出すのは、どうかと思います。とはいえ、俺も、あんま好きになれませんけどね。」
 お兄様がわたしをチラッと見てから言う。
「ひ・酷い。」
 わたしは泣きたくなってきた。余計な事を言わなければ良かったんだろうかと、後悔してきている。
「……陽明はこう言っとるが、姫香はどうだ?」
「わたしはどっちでも……。居なくなったら、少しは寂しくなるかもしれませんけど。積極的に引き止めたいかというと、別に。」
「居なくなるの前提!? 皆、酷い……。」
 涙が溢れてきて、わたしは俯いた。「そりゃ、まだ1か月も一緒に居ませんけど……。」
 酷いよーと泣き叫び……。


 わたしは目を覚ました。
「あれ、夢? なんつー悲しい夢を見ているんだ……。」
 体を起こす。夢の中だけではなく、現実でも泣いていたらしく、顔が濡れている。「今日言ってみようとドキドキしてたから、こんな夢見たのかな……。」
 ベッドの上でぼんやりしていると、お母様が入ってきた。まだベッドに居るわたしを見ると、眉を吊り上げた。
「ひろみったら。まだベッドの中だなんて。寝坊のお仕置きをします。お尻を出しなさい!」
 お母様がベッドに座る。
「いや、あの寝坊じゃなくて……。嫌な夢を見て、それで……。」
「言い訳は聞きません! 早く、お膝にいらっしゃいな。50回を70回にしますわよ。」
「ひえっ。」
 わたしは慌てて、お母様の側に寄ると、パジャマのズボンと中に履いているパンツを下ろした。それから、膝の上に俯せになる。
「最初からそうすればいいのですわ。言い訳の罰に10回追加した60回のお尻叩きです。」
 裸のお尻をぱんっ、ぱんっと叩かれる。
「ご・ご免なさい!」
 わたしは目をつぶって、叩かれる痛みに耐えた。
 お母様からの寝坊のお仕置きが終わった後。
「すぐ着替えて食堂に来るんですわよ。遅れたら、またお仕置きですからね。」
「はい。お母様。」
「分かってるとは思いますけど。食事の後、寝坊の事をお父様に報告して、お仕置きを受けるんですからね。」
「はい……。」
 そう。寝坊は100叩きで、両親から半分ずつ受けるのだ。
 お母様が出て行った後、わたしははあっと溜息をついた。
「夢見て、ちょっとぼんやりしてただけなのに、100叩きとか多すぎ……。基本的に数が多くて、全然お尻叩き楽しめない……。今回の60回だけなら、ちょうどいいんだけどなぁ。」
 わたしはパジャマから服に着替えた。今日は休日なので、夢と違って、家族が揃うのは食事の時だけだ。出かける話は聞いてないので、皆が家にいる筈だ。「でも、お母様って、積極的にわたしのお尻叩きたがるし、夢みたいに、側に居て欲しくないとか言わないよね……。お兄様とお姉様は夢と同じかもだけど。」
 少なくとも実子達とは、まだ仲良くなっていないので、夢と違うと思える根拠がない。お父様は、夢以前に、1週間ほど前に、優しくしないで厳しくすると言われたので、聞くまでもない。
「これ、家族に訊くんじゃなくて、お母様だけで良くない? お兄様とお姉様に訊いて、夢と同じ事言われたらショックだし……。」
 うーんと悩んでいたが……。トイレに行きたくなってきたので、わたしは考えを中断する事にした。
 トイレから出た後、わたしは大事な事を忘れていたのに気づいた。
「そもそも朝ご飯! ただでさえ寝坊してるのに、考え事してた所為で、大分遅れてるよ……。遅れたらお尻叩くって、お母様に言われたのに……。」
 正確にはお仕置きだが、お仕置き=裸のお尻を叩かれる事なので、大した違いはない。わたしは慌てて、食堂に向かった。


「済みません! 遅くなりました。」
 食堂に入った後、わたしは謝りながら頭を下げた。
「あまりに遅いので、先に食べとる。」
 お父様が呆れたような声を出している。言葉通り、テーブルに乗った食事には手が付けられているし、お兄様やお姉様はまさに食べていた。
「ちゃんと、遅れたらお仕置きと言いましたのに……。食事が済んだら、言いつけを守らなかった罰と、遅刻の罰で100叩きですわよ。」
 お母様には睨まれた。
「はい……。」
 『朝からもう200とか……。多い……。』
 うんざりしたが、悪いのは自分である。わたしは諦めて、自分の席に着いた。
 食事の後。食事が済んだお父様が食堂を出て行かないうちに、わたしは声をかける。
「お父様……。あの……。」
「何だ。」
「実はですね。今日は寝坊しまして……。」
「そうか。」
 お父様に手を引かれて、巨大なテーブルの端に連れて行かれた。王様などが座る長いテーブルを想像して貰いたい。あれだ。5人しか座らないので、テーブルの端は開いている。わたしはお尻を叩かれる為に、メイドさん達が食器を片付けるのに邪魔にならない位置に、連れて来られたのだ。
 テーブルに上半身を押し付けられた。
「お前は寝坊したうえに、食事に遅れないようアトルに注意されたのに、言う事をきかず、遅れたのか。」
「ト・トイレに行きたくなりまして……。寝起きだったので……。」
「言い訳は聞かぬ。」
 冷たい言葉とともに、スカートをまくられ、パンツを下ろされた。「アトル。」
「はい、タルートリー様。」
 お母様の声がした。見ていなかったが、食事に遅れた罰の為に、彼女もついてきていたのだろう。
「お前が与える筈だった罰を、わたしが与える。良いな?」
「勿論ですわ。貴方様にぶたれる方が痛いですし、ひろみには、それくらい必要です。」
 お母様がコクコクと頷いている。
「うええぇぇ……。お父様から150回……。」
「200だ。いくつも悪さをするような娘には、300でもいいくらいだ。」
 お父様の言葉に身を竦めていると、
「今日はお休みですし、午後に100叩きしましょう。時間を置けば痣になりにくくて、沢山お仕置き出来ますわ。」
 お母様がもっととんでもない事を言い出した。
「ひっ。」
「良い考えだ。そうしよう。」
 お父様の言葉に、わたしは目の前が真っ暗になるような気がした。
「あら、宣言だけで、青くなってる場合ではありませんわよ。200回、きちんと反省なさいな。」
「そうだぞ。」
「は・はい……。」
 何とか返事をする。
「宜しい。」
 出したままにされて少しだけ冷えていたお尻に、お父様の平手が振り下ろされた。ぱあんっと大きな音がした。
「痛っ。」
 ぱあんっ、ぱあんっと連打される。数が多い時、お父様は早く叩く。痛みに暴れようとしたが、お母様に腕を押えられた。
「椅子に手を付かせた方が、楽でしょうか。」
「いや、そのまま押さえていてくれ。」
「分かりましたわ。」
 事務的な会話がなされているが、お尻が痛くてそれどころじゃないわたしは、泣き叫ぶのだった……。


「優しくするだなんて、ありえませんわ。」
「確かに、陽明達と違う態度はしている。しかし、わたしはお前に、優しくするつもりはない。」
 14時頃。100叩きのお仕置きを受けた後、わたしはお父様とお母様に、優しくして欲しいと言ってみた。その結果がこれだ。
「酷い……。継子苛めだ……。」
 お尻叩きの痛みで泣いたのに、更に泣きそうだ。
「苛めるつもりではありませんけど、実の子のように愛せと言われても、それは無理ですわね。ひろみがとてもいい子になるように努力して、頑張って痩せたら、考えなくもないですけど。」
「そこまで頑張っても、低い可能性だけ!?」
 あんまりなお母様の言葉に、思わずわたしは叫んでしまった。
「だって、ひろみの境遇には同情しますけども……。可愛く思えませんもの。」
「酷すぎるー。」
「子への愛情というものは、自然に滲み出てくるわけではないのだ。そうであれば、実の子供を虐待して死なせる親など存在せぬ。」
 お父様がふうっと息を吐く。「そうであったのなら、体罰禁止法など必要なかった。」
「そりゃそうですけど……。わたしだって、別に無条件で黙って愛してくれとは言ってないです……。」
「愛されるよう努力もせぬし、どうすれば良いかも教えたが、お前は生意気を言っただけだった。そんな娘に優しくする必要はない。少しでも良くなるよう、容赦なく尻叩きするのが、むしろ愛情と言えよう。」
「う……。」
 お父様の言葉に、わたしは俯く事しか出来ない。
「以前言った通りに、頻繁に尻を打ってやる。それがお前の為であり、相応しい扱いだ。」
「本当だったら、養育費だけ出して、構わないというやり方だってありますわよね。お義母様は、それをお望みですけども。私、ひろみを愛せる自信はありませんけど、そこまで放置するほど、無責任でもないんですの。ですから、お尻を叩くのですわよ。」
 お母様がにっこりと笑った。「ひろみの望む優しさではないですけど、これだって愛情ですわね。」
 普段は優しく愛されて、悪い子の時だけ叱られお尻を叩かれる。そんな夢が叶う日は来ないのだと、わたしは知る事になったのだった……。



20年4月11日
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