藤津家

1 三人からのお尻叩き

 事故で家族を失い、急に一人きりになったわたしは、養護施設に入れるのは外聞が悪いというプライドもあり、親戚連中の押し付け合いの結果、お金持ちの藤津家に引き取られた。遠い親戚であるにもかかわらず、押し付け合いを見かねた両親が、仕方なく引き取ってくれたのだった。
 望まれたわけではないからなのか、新しい両親は冷たい。二人いる実子達とは明確に扱いが違う。継子苛めされる訳ではない代わりに、優しくして貰える事もないのだ。
 基本的に素っ気ないが、躾は厳しく、お仕置きだと言われて裸のお尻を叩かれる。わたしはお尻叩きに憧れていたので、最初は喜んでいた。だが、沢山叩かれると、痛みに耐えられなくなり、喜ぶ余裕がない事が判明した。両親とも叩く数が多いので、結局、お尻叩きは躾であり、お仕置きなのだと理解する事になった。ちょっとした悪い事をして、お尻を叩かれ、こっそり楽しむなんて妄想が実現する事はなかった。


 学校から帰ってきたわたしは、門を見上げた。巨大な屋敷を囲う高い塀についているその門は、鉄格子のようになっているので、その近くに立った時だけ、屋敷を覗き見る事が出来る。門も屋敷も大きくて、今の自分がそこの住民の一人であるという実感は、引き取られて2週間近く経った今も、まだ実感する事が出来ていない。他所様の家に一時的に住まわせて貰っている感覚が抜けない。
 身寄りのなくなったわたしを引き取ってくれた両親も、その子供達もわたしには冷たいし、義理の祖母はわたしを孫とは認めてくれていなかった。
「ひろみお嬢様、門は開いていますよ。」
 ぼーっと門の前に突っ立ったまま入って来ないわたしを不審に思ったらしく、スピーカーからメイドさんの声がした。わたしの姿を認めた時点で鍵が開いているのは、住み始めたばかりの頃ならまだしも、もう分かっているのだが、動かないので、分かっていないと思われたんだろう。
「はい。」
 知ってますと言いそうになったが、だったら何で入らないのかと思われそうなので止めておいた。
 中を進むと、玄関の近くにある花壇に、お祖父様がしゃがみこんでいるのが見えた。あの花壇はお祖父様の聖域で、近づく事は誰も許されていない。妻であるお祖母様ですら、本人に黙って近づくと、こっぴどくぶたれるらしい。わたしや使用人達はともかく、家族位は許してもいいだろうと思うのだが……。
 少し離れた所から花壇を覗いた。わたしは花にそれ程興味がないので、知っている名前は少ない。そこに咲いている数種類の花の名前はどれも分からなかった。見た事はあるので、珍しい花ではないと思われる。○○という花が美しく咲き乱れていたとか表現できれば良かったが、知らないので仕方ない。
 お祖父様の聖域は、猫の額程の広さしかない。働いていた時代はともかく、今ならもう少し大きく出来そうだが、その大きさで満足しているらしい。
「お祖父様、ただいまです。名前知らないけど、綺麗ですねー。」
 お祖父様がこちらを向いた。麦わら帽子を被り、首から手拭いを下げ、長靴を履いたその姿は、この屋敷で一番偉い人には見えなかった。だが、花達を世話する庭師のようで、その意味では相応しいように感じた。
 お祖父様が立ち上がったと思ったら、わたしは背中を押されて屈まされた。スカートとパンツが地面に落ちた。えっと驚く間もなく、平手がお尻に飛んできた。
「や、ちょっ、お祖父様! そんなに花壇には、近づいてないじゃないですかー。痛い、痛い。」
 花壇であってビニールハウスじゃないので、少しくらい離れていても花は見える。家の中に入る道からは少しずれているとはいえ、叩かれる程ではないと思ったのに。「全く花見るなとか言うんですか? 見るのも嫌だって言うなら、覆いとか付ければいいじゃないですか。」
 バシバシ叩かれながら、わたしは必死に抗議する。
「叩いているのは、そっちだけじゃない。」
「何だっていうんですか?」
「毎回、馬鹿みたいに口を開けて門を眺めて、使用人の手を煩わせるのは止めろ。」
「う、それは……。ご免なさい。」
 口を開けて見ていた記憶はなかったが、言われているのだから、無意識に開いていたんだろう。それにしても、叩かれているお尻が痛い。何回目なんだろう。
「それでいて、開いてるのは知ってるみたいな顔をするな。迷惑をかけている自覚はあるのか。」
「ご・ご免なさい、もうしません。」
 表情に出していないつもりだったのだが、そんなクールキャラみたいな高等技術なんて、わたしにはなかったようだ。
「当たり前だ!」
 うんと叩かれて、わたしは泣きながら謝る羽目になったのだった。


「痛い……。うー。お祖父様に叩かれたら、自動的にお父様からも叩かれるのがきつい……。」
 200叩きはされたであろうお尻を撫でながら、わたしは部屋へ向かう。「花壇の事も生意気だって言われるし……。いいじゃん。見たって減るもんじゃないのに。」
 部屋に着いたわたしは、ぶつくさ文句を言いながら部屋のドアを開けた。
「あら、お義父様に酷く叱られたのに、まだそんな態度ですのね。ひろみには、まだまだお仕置きが必要なようですわ。」
 ソファに座って刺繍をしていたらしいお母様がこちらを見た。「子供への体罰は法律で禁止になったそうですけど、ひろみのような子供は治外法権でいいですわね。」
「お母様……。」
 その法律が有効になる4月1日は1週間以上前に過ぎたが、その日が過ぎてから、ほぼ毎日叩かれているので今更だ。そもそも引き取られてから、お尻を叩かれなかった日の方が少ないくらいだ。
「いつまでもそこへ立ってないで、早くここへいらっしゃいな。お義父様のように、裸のお尻をたっぷりぶってお仕置きしますわ。」
「はい……。」
 もう既に大分痛いのに……と思うが、そう言って抗議したって、反抗的なのでお父様に厳しく打ってもらいますと言われて、お仕置きが厳しくなるだけだ。お尻叩きが軽減された事はない。たった2週間の経験だが、これから何年暮らしてもお仕置きが減らされる事はないと思われる。
 諦めたわたしは、鞄を学習机に乗せてから、お母様の側へ立った。パンツを下ろしてから彼女の膝に俯せになると、スカートをまくった。うまくまくれていなかったようで、お母様が手直ししていた。
「あなたが叱られても反省していなかった事、お義父様へも報告しますわよ。」
「それ、何回もお仕置きされる奴……。」
 お尻にお母様の平手が数回飛んできた。「痛っ、痛っ。」
「分かってるのなら、いい子にするべきでしょう。」
「はい……。」
「ひろみは返事だけはいいのですけど。口だけにならないよう、厳しくお仕置きですわね。」
 お母様の平手がお尻に飛んでくる。わたしはまた泣かされてしまった。しかもお尻に少し痣が出来ていた。夕飯時に座る時に痛むのを思い浮かべ、わたしは気が重くなった。


 お父様が家に帰ってくる時間になった。お母様、実子達、わたしは玄関でお父様をお迎えしなければならない。遅れると、気分を害したお父様に20発は叩かれるので、遅れないように行く。
「ただいま帰ったぞ。」
 お父様の言葉に、口々にお帰りなさいを言う。お父様はお母様を軽く抱き、実子達へは軽く頭を叩くと、冷たい目でわたしを見た。実子達とわたしへの態度が違うが、それについて、誰かが何かを言ってくれた事はない。継子なんだから当然と思われているのかもしれない。
 お父様の手が伸びてきて、顎のあたりを掴まれて上を向かされた。
「泣いた顔をしている。今日は大分罰を受けたようだの。」
「今日のひろみはいつにも増して悪い子でしたのよ。お義父様も大変に怒ってらっしゃいますわ。」
 お母様の言葉が誇張ではないのが悲しい所だ。お母様からのお仕置きが済んだ後、お祖父様の所へ連れて行かれた。部屋に入る時に呟いていた言葉をしっかり言わされたわたしは、3回目のお仕置きを受けそうになった。だが、たっぷりと叩かれたお尻を見たお祖父様に、明日叩くと言われた。お祖父様はお父様より怖かったりするが、痣の出来たお尻を叩く程には恐ろしくなかったようだ。
 お母様の言葉の後、わたしはそれを言わされた。
「父上からの罰が終わった後は、3日程打つ必要があるの。」
 お父様からの宣言に、わたしは震えあがった。


 夜寝る前の時間、わたしはベッドに上半身を乗せる姿勢で漫画を読んでいた。漫画を読むとお父様にお尻を叩かれるのだが、どうしても読みたくて読んでしまうのだ。ちなみにこの漫画は自分の家から持ってきた物だ。
 視界が暗くなったと思ったら、漫画が消えた。
「……ひえっ。」
 戸惑った後、お父様に取られたと気づいたわたしは、悲鳴を上げた。
「どれほど打っても、お前に反省という言葉は無いようだの。」
 わたしから取り上げた漫画をテーブルの上に置いたお父様は、ベッドに座った。
「お父様……。だって、この家に来たばかりで、お小遣いもないし、他に楽しみが……。」
 ベッドから上半身を下ろしたが、お尻が痛いので床には座らず、わたしはベッドに肘を乗せてもたれかかるようにした。それから、お父様を見上げた。ちょっとは同情してくれないかなと思ったが、
「そして口答え。」
 お父様からは冷たい表情で睨まれただけだった。
「う。」
「お前を引き取ると決めた時、陽明達と同じように愛し、罰は少なめにするか、優しい顔はせず、厳しく打ってやるか考えたりしたのだが、あれは無駄だった。」
 お父様が静かに息を吐いた。
「そ・それは、どういう意味ですか……?」
「本人を見もせずに、決められる事では無かった。」
「……。」
「お前を見ていれば、優しくせずに躾るのが最適という答えしかないと、すぐ分かったろうに。」
「うう……。」
「これからも頻繁に打ってやろう。それでお前が良くならなくても、躾をしようと努力したという感覚は得られる。」
「いえ、あの、お手柔らかに……。」
 わたしはお尻に触れた。
「打たれたくないのであれば、打たれないようにすればよいのだ。」
「いや、まあ、そうなんですけども。」
「勉強もきちんとし、漫画などという物は読まず、口答え、生意気は言わず、大人しくしておればいいのだ。」
「それが出来たら、ほぼ毎日叩かれてませんよねー……。」
「お前は口答えしかしないのか。」
 お父様の手が伸びてきて、パジャマのズボンを下ろされた。
「生意気言ってご免なさい!」
 謝ったが、パンツも下ろされた。ベッドに肘を乗せている状態だったわたしは、体を捕まえられて、お父様が来る前までしていたような、上半身をベッドに乗せる姿勢にされた。
「痣だらけの尻など見たくはないし、明日父上からの仕置きもある。しかし、30くらいは打っておいた方が良いの。」
 立ち上がったお父様に、ばちん、ばちんと連続でお尻を叩かれた。
「痛い、痛いっ。ご免なさい!」
 休む事無く30発連続で叩かれたわたしは、また泣かされたのだった。


「1日に3回も、裸のお尻ばかり叩かれるとか、ハードだ……。」
 お父様が部屋から出て行った後、お尻を叩かれた時の姿勢のまま、わたしはうめいた。「でも、まだお祖父様からのお仕置きも残ってるし、3日連続のお父様からのお仕置きもあるし、口答えと生意気で叩かれるし……。すぐに家に入らずぼーっとして花壇をちょっと見ただけの事で、一体、何百回叩かれるんだろう……。」
 わたしはぼんやりと天井を眺めた。
「お尻叩かれるのが好きといっても、いくらなんでもこれはないよー……。こんなの虐待じゃん。」
 厳しく躾けてやると言われたので、この家の娘でいる限り、些細な事で酷く叩かれ続けるのかなーと、わたしはうんざりするのだった。



20年4月9日
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