小説版 師匠と弟子

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  12 ミスヴィスとクロートゥルのお仕置き 前編  

 今日は出張何でも屋さんの日。クロートゥルは、町を目指して箒で森を飛んでいた。低いと木にぶつかってしまうが、だからといってあまり高く飛びすぎると空中にいる高レベルモンスターに攻撃される為、ちょうど良い位置を飛ぶ。
 行っていない町の方が少なくなっている為、出張何でも屋さんをするのに困ることは殆どなくなっている。説明すら要らないのだ。たまに、まだエイラルソスから許可の出ていない貴族などからも依頼があることに困るくらいだろうか。それ以外は、人に感謝されるので、気分よくやっている。クロートゥルは、いつも自分のことを気にかけて色々してくれる師匠に、改めて感謝していた。
 そうやって飛んでいたクロートゥルは、信じられないものを目にして、慌てて空中に静止した。
 なんと、勇者がミスヴィスを膝に乗せてお尻を叩いていたのだ。マーフリナは二人に背を向けて俯いている。
「危険だから、前に出過ぎるなっていつも言ってるだろ。」
「だってぇ……。勇者君ばっか傷つくことないじゃん。ここのモンスターなら、あたしでも、そんなダメージ受けないし。や、痛いっ。勇者君にぶたれる方が、よっぽど痛いって。」
「屁理屈を言うな。反省しないなら、こうだ。」
 勇者がミスヴィスの下着を下ろし、裸のお尻を叩き始めた。
「どうして、そう堅物なのよー。痛いってー。」
 『おおお……。紫だ……。10代の癖に派手じゃね……。』
 クロートゥルは、木に隠れてマジマジとその光景に見入っていた。
 『ってか、勇者って、仲間の子を叩いたりするんだ……。叩いてる理由は、怒って当然だけど……。尻叩き自体、これが始めてって雰囲気でもないな……。よく手を上げてるんだろうか。』
 師匠並みに頻繁に叩いていたら嫌だな……と思いつつ、赤くなっていくお尻につい魅入っていると……。
「クロートゥルさん!」
 マーフリナの声がした。お仕置きを見ないように目をそらしていた彼女に、見つかってしまったようだ。
「えっ!?」
 勇者が驚き、
「やだーっ! 見られた!」
 ミスヴィスが悲鳴を上げた。彼女は勇者の膝から起き上がると、スカートを下ろし、お尻を隠した。「いつから見てたのよ!?」
「ご・ご免なさい。パンツ下ろされる前からです……。」
「ずっと見てたわけ? 何それ、信じられない! 変態!」
「うう……。返す言葉もありません……。」
 クロートゥルは俯いた。
「こんな所で叩いてた俺も俺だし、クロートゥルは箒で空飛んで移動する人だから偶然見てしまうってのはしょうがないが……。ずっと見てたってのは、さすがに擁護も理解も出来ないな。」
「クロートゥルさん、酷いです……。」
 勇者とマーフリナにまで冷たい目で見られてしまう。
「最悪だー……。クロートゥルって面白い奴だって思ってたのに、酷いよ……。あーん。」
 ミスヴィスが声を上げて泣き出した。
「ご・ご免なさい。な・泣かないで……。」
 クロートゥルは青ざめた。「そ・その言い訳させて貰うとですね……。お・俺さ、しょっちゅう師匠に尻ひっぱたかれてて……。まさか勇者までそんな人だとは思わなくて、吃驚して見てました……。」
「え。」
 クロートゥルの言葉に驚いたらしく、ミスヴィスの涙が引っ込んだ。軽蔑した表情だった勇者と、怯えていたマーフリナも驚いた顔でこちらを見ている。
「最初に叩かれた時は、俺が余りにも餓鬼っぽい所為だったから、子供に相応しいとか言われたけど……。何か師匠の育った国では成人するまで尻叩くそうでさ。俺が悪い時以外にも、魔法を教えて貰う時まで尻叩かれるんだ。」
「エイラルソスって、そんな怖い人だったんだ。」
「厳格な人だなとは思っていたが、思った以上に厳しいんだな……。」
 ミスヴィスと勇者が冷や汗を流した。
「でも、だからといって、ずっと見ている理由になるのでしょうか。」
 マーフリナは冷静だった。
「ぐ。お・俺も男なので、女の子のお尻が目に入って、目をそらせなくなりました……。」
「やっぱ変態だ。」
 ミスヴィスに睨まれたが、そんなに怒っているわけではないようだ。「勇者君はお堅くて真面目だから忘れそうになるけど……。男って皆デリカシーもないし、変態だよね。」
「済みません、ご免なさい。ミスヴィスちゃんが可愛いからー。」
「それで許されると思ってるわけ?」
「思ってません。」
「まあ、いいや。元はと言えば、あたしが勇者君に叩かれていたからだし……。」
 ミスヴィスに許して貰えたようで、クロートゥルは、ホッとした。
「落ち着いたところで……。誤解を解きたい。」
 勇者が口を開いた。
「誤解?」
「エイラルソスがどれくらいの頻度でクロートゥルを叩いてるかは知らないけど……。少なくとも俺は、すぐ手を上げるわけじゃない。」
 勇者が顔をしかめている。
「あ……。変な言い方して、ご免……。いくら焦ってたからって、勇者を悪者みたいに言っちゃ駄目だよな。」
「いや、別に怒ったわけじゃないんだけどさ。」
 勇者が苦笑いしている。
「でもぉ、厳しいことは厳しいよねー。」
 ミスヴィスが笑っている。
「ミスヴィス。そういえば、クロートゥルに邪魔されてしまったが、仕置きはまだ終わってないな。」
「え!?」
 ミスヴィスが固まった。
「クロートゥル、悪いけど、そういうことだから……。」
「はいはい。じゃ、俺は行くな。ミスヴィスちゃん、なるべく早く謝った方が、尻が楽だぞー。じゃあな!」
 クロートゥルは箒にまたがると、浮き上がった。
「やーん、勇者君、もう許してー。」
「だったらちゃんと謝って、もう危ないことはしないと言ってくれ。」
「えー。」
 ミスヴィスの抗議の声が遠くなる。
 『あれじゃ、尻が真っ赤になるまで叩かれそうだな……。』
 呆れたクロートゥルは笑っていた。


 それから数日後。クロートゥルはエイラルソスに連れられて、城下町を歩いていた。
「師匠ー。どうしてもお城に行かないと駄目ですか?」
「今更、何を言ってるんだ。」
 エイラルソスが呆れ顔になる。
「俺のお披露目なんて、もうやらなくていいと思うんですよ。師匠の手伝いなら喜んでやりますけど、顔見せの意味なら、もうお城に行きたくないです。」
「どうして、行きたくないんだ?」
 エイラルソスが不思議そうな顔で言った。
「だってー、お城とか気を遣うし……。王族とか貴族とかの相手はしたくないです。」
「また我が儘を言って……。今のお前にはそういった相手は早いが、いずれは彼等からの依頼も来るようになるんだぞ。今のうちから慣れておけば、後から楽に……。」
「慣れなくて良いです。俺、庶民の相手だけで充分だし。俺も庶民。そういう人達の相手をするつもりはないです。」
 エイラルソスの言葉を遮り、クロートゥルは首を振る。
「クロートゥル! 大魔法使いというものはだな……。」
 エイラルソスに鋭く名前を呼ばれ、クロートゥルは身を竦めた。エイラルソスのお説教が始まりそうだったので、慌てて遮る。
「俺は、師匠みたいな威厳たっぷりの大物にはなれないです。師匠だって、それが分かってるから、親しみやすい魔法使いになれるように、出張何でも屋さんを勧めてくれたんじゃないですか。それで充分ですよ。」
「……確かにそうだが、それは王族や貴族の相手をしなくていいという意味ではない。」
 エイラルソスに睨まれたが、クロートゥルは納得することが出来ない。
「どうしてしないと駄目なんですか? 別に義務じゃないでしょう? 王族には雇われ魔法使いだっているし、俺じゃないと駄目だなんて事は無いですよね?」
「義務とまでは言わないが……。」
「だったら、別に良いですよね。」
 クロートゥルは断言する。
「クロートゥル……。お前は忘れているかも知れないし、偏見があるのかも知れないが……。王族の依頼は個人の我が儘だけではなく、お前の大好きな庶民を救うことになる場合だってあるのだぞ?」
「……。」
「相手をするのが気が重いという理由で断って、以前、お前が見習いの頃にあったような、依頼をこなさなければ大量の死者が出るような事態も放置するというのか? 罪もない人達が自分の怠慢で死んでもいいと言うのか? お前は大好きな筈の庶民より、自分の我が儘を優先するのか?」
「そ・それは……。」
 クロートゥルは焦る。
「確かに王国、大貴族などになると、お抱えが一人どころか複数人も居る。でも、その者達だけでは足りないからこそ、大魔法使いにも依頼が来るんだ。……勿論、お前が思うような下らない我が儘のこともあるさ。体面があるから、給料を払って雇っている魔法使いを使わず、あえてわたしに……なんてことがないとは言わない。それは認める。だが、そればかりではないのも確かなんだ。」
 俯くクロートゥルに、エイラルソスが優しく言う。「だから、わたしはお前に身分が上の者への対応を覚えて欲しいんだ。我が儘な依頼が嫌なら断ればいい。それこそ義務じゃないのだから、選べばいいことだ。だが、聞きもせずに断るのだけは駄目だ。誰が死んでもどうでもいいと割り切るような、冷酷な人間になりたければ別だが、わたしはお前に、そんな人間にはなって欲しくない。」
「はい、俺もそんな人間にはなりたくないです。我が儘を言ってご免なさい……。」
「分かってくれたか。では、行くぞ。」
「はい。」
 クロートゥルはエイラルソスの後をついて行く。
 そこで終わってくれれば良かったのだが、エイラルソスはそんなに甘くないのである……。



17年2月12日
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