小説版 師匠と弟子

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  11 大魔法使いの愛弟子   

 一人前になってから、数ヶ月後。
「クロートゥル。そろそろ行くぞ。」
「はーい。」
 エイラルソスの言葉に、クロートゥルは自分の箒を手にして部屋を出る。
 二人は1週間に一度、一つの町に訪れる小旅行をしていた。一人での旅行を怖がるクロートゥルの為に、エイラルソスが同行してくれていた。
 故郷に帰省した時のように、まずは地図で位置を確認後、エイラルソスの瞬間移動で目的の町や村のある大陸に移動する。島から大陸まで箒で飛ぶと、クロートゥルのMPが足りなくなるので、こういうやり方なのだ。その後、クロートゥルが先に飛びながら町を目指す。後ろをついて行くエイラルソスは、クロートゥルが間違えている場合、注意をするだけという、あくまで補佐だ。エイラルソスがついているので、強いモンスターが出る大陸へも行っていた。
 万が一、モンスターがエイラルソスのレベルも気にせず襲いかかってきた場合は、エイラルソスの指示に従い、クロートゥルは安全なところに逃げる。戦うのはエイラルソスの役目だ。そんな時クロートゥルは、怖いことは怖いのだが、自分もいずれ師匠のように格好良く戦ってみたいと憧れの気持ちも持つようになっていた。攻撃&回復魔法を習い、モンスターとの戦いを経験し始めたのも大きいのだろう。
 エイラルソスに依頼がある時は、城や貴族の館にも訪れていた。クロートゥルをエイラルソスの弟子と紹介する為だ。庶民のクロートゥルとしては臆するが、エイラルソスに言わせると、大魔法使いになれば、どうせ自分のように依頼が来るから、今のうちに慣れておけということらしい。
 王族や貴族達は、エイラルソスの手前だからなのか、それとも本心なのか、クロートゥルを見下すこともなく、普通に接してくれた。値踏みされるような目で見られたりもするが、それくらいは当然なので、すぐに気にならなくなった。


 そんなある日。用事があるから待っていてくれとエイラルソスに言われたクロートゥルは、町をぶらぶらしていた。エイラルソスの愛弟子として有名になってきていたクロートゥルは、時々、エイラルソス様に取り次いで欲しいと願い事をされたり、ジロジロと見られたりする。大分慣れてきたが、気後れする。
 『師匠は、弟子になる前の俺に、珍しい動物を見るみたいな目で見られても平気そうだったけど……。俺もそのうち、そうなるのかなー。』
 そんなことを考えていると、目の前に機嫌の悪そうな男が現れた。クロートゥルは相手を刺激しないように、脇にそれた。それなのに、男の腕が伸びてきて、突き飛ばされた。
 『避けたのになぁ。そんな邪魔だったんだろうか。ってかこの服装、貴族様とかじゃ。偉い人は、馬車で移動したりするんじゃないのか。』
 不思議に思いつつも立ち上がろうとしたクロートゥルは、お腹を蹴られてうずくまった。
「どうしてお前みたいな庶民が、エイラルソス様の弟子になれるんだ。貴族の僕の方がずっと相応しいだろう!」
「いつつつ……。やっぱ貴族様だったか。……あー、とうとう、こういう人、出たか……。」
「こういう人って何だ! 僕を馬鹿にしているのか!」
「師匠に、弟子になりたい人が沢山居たって言われてたからさ。俺の名とか顔が売れたら、絶対そういう人達に何か言われたりするって思ってたんだ。」
「!」
 胸ぐらを掴まれて、殴られた。
「ちょっ、いてーって。貴族様は幼い頃から鍛えていたりするから、力あるなー……。」
「どうして、お前なんだ。どうして、僕じゃないんだ!」
「俺が知るかよ……。師匠に訊いてくれ。」
 クロートゥルの返答が気にくわなかったのか、何度も蹴られたり、殴られたりする。手酷く殴られた所為でクロートゥルの意識が遠のいてきた。さすがに回復魔法を唱えようと思ったが、痛みで呻くことしか出来ない。
 『ヤバい……。これ、死ぬんじゃ……。』
 それなりに充実していた人生だったけど、心残りがあるなぁ……とクロートゥルが諦めかけていると……。
「クロートゥル! キュア!」
 エイラルソスの叫び声が聞こえた。師匠の回復呪文のお陰で、体の痛みが消え去った。「大丈夫か? どうして大人しく殴られているんだ。」
 エイラルソスに抱き起こされた。
「いや、最初は殴れば気が晴れるのかなって思ってたんですけど……。この人、中途半端に強くて、ヤバくなっても逃げられなくて……。」
「それなら、せめて回復魔法くらい唱えれば良いだろう。下手したら、気絶ではなく、死ぬんだぞ。」
 エイラルソスに睨まれた。
「思いついた時には、唱える余裕がないくらい、痛くて……。」
 クロートゥルは頭をかく。「いやー、モンスター相手なら怖くて回復しまくっちゃって、師匠に無駄打ちするなって怒られるのになぁ。人間相手だから、つい舐めてた……。」
「お前……。」
 エイラルソスが呆れ果てている。お尻をぺしぺし叩かれた。
「どうして、そんな奴を構うんですか!?」
 貴族の男が怒鳴る。
「どうしても何も、大切な弟子だから当然だろう。わたしの弟子に酷いことをして……。」
 エイラルソスが男を睨み付ける。
「そんな奴より、僕の方が、ずっと貴方様の弟子に相応しい。」
「前にも言ったが、お前には魔法の才能が皆無なんだ。だが、剣の才能はあるようだから、素直に剣士として励め。」
 エイラルソスが冷たく言い放つが、
「……ぼ・僕を、覚えていて下さっているんですか……?」
 男は喜びに震えている。
 『師匠にこんな怖い顔で睨まれてるのに、この人、嬉しそうだ……。マゾなのかな。』
「喜んでいるのは、わたしに覚えられていたことであって、わたしが怒っているのは関係ないだろう。」
「……当たり前のように心を読んで、ツッコミ入れないで下さいよ。」
「クロートゥルが馬鹿なことを考えているから、つい。」
 暢気な会話をしている二人に、男が顔を歪める。
「僕の前で、そんな親しげにしないで下さい。」
「弟子と会話して、何が悪いと言うんだ。赤の他人であるお前に、わたしの行動を制限することが出来ると思っているのか。」
「……師匠、きっつ。でも、ちょっといい気味。」
「何で、お前みたいな奴がエイラルソス様の弟子なんだ。どうして、お前みたいな奴に才能があって、僕にはないんだ……。」
 男は悔しそうに俯く。
「お貴族様に産まれただけでも幸せだし、更に剣の才能もあるんだったら、それでいいじゃん。贅沢言い過ぎ。」
「お前みたいな庶民に、貴族の何が分かるって言うんだ!」
「そりゃ、何も知らないよ。仰る通り、ただの庶民なんだから。美味しい物が食べられて、いい服が着られて、メイドとか顎で使えるってくらいしか。……いいよなぁ。巨乳のメイドちゃんの胸とか揉み放題なんだろうなー。抵抗したら、クビになりたくなかったら我慢しろ。お前の稼ぎで家族が何とか生活出来てるんだろうとか脅すんだろ。酷いなぁ。貴族様は。」
「庶民には品がないな……。」
「クロートゥルは、何でも発想が性的になるんだな……。」
「師匠まで引かないで下さいよ……。ちょっとふざけただけなのに。」
 クロートゥルは慌てて弁解するが、
「ふざけてなどいないだろう。目が真面目だった。」
 エイラルソスにばっさりと切り捨てられた。
「酷いっすよぉ。師匠ってたまに酷い。」
 クロートゥルは落ち込んだ。そんな彼を尻目に、エイラルソスは貴族に向き合う。
「見ての通り、クロートゥルはどうしようもない所もある弟子だ。しかし、それでも、お前よりも遥かにマシだ。」
「更なる追い打ち……。泣きそう。」
「何処がマシだって言うんですか。」
「クロートゥルは、無抵抗な人間を平然と殴るようなことはしない。その点だけでも、お前よりずっと、人としても上だ。」
「……。」
 男が顔を歪めた。
「クロートゥルはいい子だから、格下のお前に大人しく殴られていた。どんなに剣の才能があったとしても、丸腰の人間に負ける程、今のクロートゥルは弱くない。それなのに、会ったばかりのお前を気遣い、抵抗もしなかった。」
 クロートゥルは、エイラルソスに頭を撫でられた。「それで、死にかけるのもどうかと思うが……。」
「へへへ。」
「笑い事じゃない。用事足しを終えて戻ってきたら、可愛い弟子が死んでいたなどと、冗談でも嫌だ。」
「ご免なさい……。」
 クロートゥルは俯いた。
「いや……。謝らなければいけないのは、わたしの方だな。クロートゥルが有名になれば、こんなことも有り得ると、想定しておくべきだった。」
「まあ、そうですね。人の嫉妬心は怖いです。」
 クロートゥルは、貴族の男を見た。
「うう……。」
 貴族の男がふらふらと去って行く。
「心がボッキリいったようですね。あれ、立ち直れるのかな……。」
「自業自得だ。」
「師匠も怖いなぁ。」
 クロートゥルは苦笑した。


 そこまで酷いのはその時だけだったが、似たようなことは、それから何度も起きた。クロートゥル本人が思っているだけあって、他の人達も、何の変哲もない庶民がエイラルソスの弟子になっていることに、納得がいかないらしい。
「クロートゥルを連れて出かけない方がいいんだろうか……。将来を考えれば、上流階級の人間への接し方を学んで欲しいのに……。」
 エイラルソスが悩み始めた。
「まあ、俺としては想定内なので、別にいいんですけども。最初が酷かったお陰で、早めに回復魔法を使うとか、穏便に済ませるよう、会話を進めてみるとか、色々と出来るようになったし。」
「済まない……。」
 エイラルソスが申し訳なそうな顔で、深々と頭を下げた。
「いつも問答無用で尻を叩く師匠が、俺に謝るなんて! ああ、こんな貴重な姿はもう二度とないに違いないぞ。目に焼き付けておかないと。」
「クロートゥル! わたしは真面目に悩んでいるのに……。どうして、お前は、いつも、いつも……。」
 エイラルソスに抱えられて、べしべしお尻を叩かれ始めた。
「うん。これでこそ師匠だ。」
 痛みは感じるが、大して強くないのでクロートゥルは余裕である。
「クロートゥル……。」
 エイラルソスが溜め息をついた。しかし、お尻を叩く手は止めてくれない。
「だって、悩んだって解決しないでしょ。どうしたってついて回る問題だ。」
 クロートゥルはニヤリと嗤う。「……尤も、俺が弟子の価値がある人間だって思って貰えるように、難癖付けてきた人達をちょっと燃やしたりしたら、楽かもしれませんね?」
「お前は何てことを言うんだ……。」
 エイラルソスの膝に乗せられて、クロートゥルは慌てる。
「や、ちょっと。ほんの冗談ですって。いてっ、いてっ。師匠〜。ご免なさーい。」
「冗談でも、言っていいことと悪いことがある。」
 クロートゥルは、軽口をしっかり反省させられる羽目になった。パンツを下ろされて、真っ赤になるまで、たっぷりと叩かれてしまったのだ。



16年5月31日
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