小説版 師匠と弟子

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  10 一人前の魔法使い  

 クロートゥルがエイラルソスの弟子になってから換算すると、1年と2ヶ月程過ぎた頃。クロートゥルのレベルが20になった。それは喜ばしいことなのだが……。
「師匠ー、なんか変ですー。」
 クロートゥルは慌てて、エイラルソスの部屋に入った。
「こら、ノックくらいしろ。」
 お尻を1つ強く叩かれた。
「いてぇ……。ご免なさい。だって、一大事で。」
「どうした? ……ん。ああ、見習い魔法使いを極めたのか。予定より遅いな……。1年で極めて欲しかったのに。」
「極めたって何ですか?」
「見習いはレベル20が最高なんだ。次の一人前はレベル99。そして上級職は、言わなくても分かるだろうが、レベル255だ。」
「ってことは、次のレベルまでの経験値が表示されないのはバグとかじゃなくて、これ以上レベルが上がらないからだったんですね。」
 そう。それで慌てたクロートゥルは、エイラルソスの部屋に飛び込んだのだった。「おおー、これで俺も一人前。」
「そうだな。では、一人前への転職を行うが……。その前に。」
 エイラルソスの膝に寝かされ、クロートゥルは焦る。
「な・何ですか? いてっ、いてっ。ちょ、何で尻叩かれてるんですかー?」
「ノックをしなかった罰と、極めるのが遅い罰だ。真っ赤になるまで、たっぷりと叩いてやる。」
 エイラルソスにズボンを下ろされ、下着の上から叩かれ始めた。
「ノックのことは悪かったですけど、極めるのが遅いのはどうしようもないでしょう? 俺には師匠程の才能が無かったって事で。」
「才能は関係ない。真面目に復習をしていれば、ちゃんと1年で一人前になれていたんだ。それなのに、わたしが見捨てないと言ったからと安心してサボるから……。」
「ご・ご免なさい……。だって、師匠に甘えたくて……。」
「甘えるのにも限度はある。見捨てないと言った言葉に偽りは無いが、だからといって、何でも許すわけでは無い。今日はそれを尻にたっぷりと教えてやる。」
 下着を下ろされ、裸のお尻を叩かれ始めた。
「ひーっ。……うう、見習いを極めたのに、褒められるどころか、きつくお仕置きされるなんて……。」
 クロートゥルは嘆くが、
「わたしだって祝いたかった。お前が調子に乗るから、こんな結果になるんだ。」
 よりエイラルソスを怒らせてしまっただけだった……。


 手でうんと叩かれた後、鞭で5回打たれ、やっとお仕置きが終了した。
「鞭は辛い。鞭怖い。」
 クロートゥルはお尻をそっと撫でた。
「尻をしまって、跪け。」
「えー……。すっげー痛いのに……。」
「その痛い尻をまた叩かれたくなかったら、言う通りにしろ。」
 エイラルソスが鞭で、クロートゥルの腕を軽く叩いてきた。
「ひえっ。」
 慌ててお尻をしまった。お尻にパンツが擦れて痛いが、また鞭で打たれる痛さよりは遥かにマシな筈だ。跪くと、エイラルソスが手に持っていた鞭を元の場所に置いた。
「ではこれから、一人前の魔法使い職へ転職する為の儀式を行う。」
「はい。……見習いになった時は気付いたらなってましたけど、一人前は儀式とかあるんですね。」
「見習いは、普通の職業でいう試用期間なので、なるのが簡単なんだ。辞めるのも簡単だ。だが、一人前は本格的にその職業でやっていくということになり、辞めるのは難しい。ステータスから表示を消すこと自体は簡単だが、別の職につくとペナルティがあって、大変なことになる。だから、見習いのうちに、向き不向きなど、この職業でやっていくのかを判断するんだ。」
「へー。そっか……。俺はどの職でもすぐクビになってたから、全然知らなかった……。」
「だから、念の為に訊くが、クロートゥル。お前は一人前の魔法使いになることに異存はないか?」
「ないです。他に出来そうなことも無いし……っていうか、ここまできて魔法使い以外をやる気なんて無いです。」
「よし。」
 嬉しそうなエイラルソスにより、儀式が行われ……。クロートゥルは、“一人前の魔法使い”になった。
「おお、魔法系ステータスが少し上昇してる……。MPも増えた。あ、肉体系のは減ってる。魔法使いは打たれ弱いから、これは仕方ないな。」
「一人前になった褒美に、新しい装備をやる。」
 マジックステッキ、魔法使いのローブと魔法使いのサークレット、そして、“シールドリング”なるものを貰った。
「おお、かっこいい。師匠、有り難う御座います!……って最後のは何ですか? 盾指輪? ……うわっ、誰でも、どんなレベルでも装備出来るのに、すっげー防御力が高い……。何これ。激レアアイテムなんじゃ。」
 シールドリングは一見、男性でも身につけられそうな普通のお洒落な指輪だが、表示されているステータスがとんでもなかった。それこそ、勇者パーティくらいの大物でないと、手に入れられない貴重品に思えた。
「一人前になったので、これからは普通の魔法の他に、攻撃魔法と回復魔法を教えていく。魔物と戦うので、防御用装備が必要だろう。」
「その相変わらずのお気遣いは大変有り難いのですが……。貴重品過ぎて、持ってるのが怖いんですけど。」
「確かに、貴重品ではあるのだが……。お前はドジでも、物を無くしたりはしないだろう。」
「でも、怖いー。戦う時だけ貸して貰うって事で。」
 クロートゥルは、シールドリングを師匠の体に押しつけた。
「……小心者だな……。」
 エイラルソスが呆れた顔をしながら受け取ってくれたので、クロートゥルは、ホッと胸をなで下ろした。
「一人前になりましたけど、今までと、何か違ったりするんでしょうか。」
「さっき言ったように、攻撃魔法と回復魔法も教えるから、教える魔法の種類が増える。後、魔法薬についても教える。」
「おおー、魔法薬! 怪しい薬とか作ってみたい。」
 クロートゥルはわくわくしてきて、微笑んだ。
「怪しい薬……。まあ、いいが。」
 エイラルソスが苦笑している。「他には、以前お前がやろうとした、空を飛びながら魔法を使うってのも、レベル50を越えたら教える。」
「一人前ですらレベル50でやっと教えられることを、俺は見習いでやろうとしてたんだ……。そりゃ、師匠がキレるわけだ。」
「……キレると表現されるような状態で、お前を叱ったつもりはないが。」
 エイラルソスが不満そうに言う。
「えー、でも、たかが見習いって、師匠にしては過激な言葉を使ってましたよ。」
「……そうだったな。冷静さを大分欠いていたのは認める。」
 エイラルソスが素直に頷いた。
「いや、俺が悪いんですけどね。どれだけ無謀だったか、よく分かりました。あの時は、ご免なさい。」
 クロートゥルは、ペコッと頭を下げた。「で、俺としては一番大事なことも訊かなきゃ。」
「何だ? 何となく想像がつく気もするが……。」
 エイラルソスが顔をしかめているが、クロートゥルは構わず続けた。
「一人前になったってことは、もう師匠からの尻叩きも無いって事ですよね? さっき受けたのが最後ですよね?」
 期待に満ちた眼差しでエイラルソスを見た。
「やっぱり……。」
 エイラルソスが溜め息をついた。「そんなわけないだろう。これからは魔法を教える時に、鞭を使っていくか考え中だ。一人前になったということは、それだけ責任も重くなったんだ。扱う魔法も難しくなる。むしろ、体罰はより厳しくしていかないと。」
「えええええーっ!? そんなーっ。」
 期待が脆くも崩れ去り、クロートゥルはがっくりと落ち込んだ。そんな彼を無視して、エイラルソスが口を開く。
「それと、今後は過去に教えた魔法に関して、定期的にテストを行う。出題はランダムにし、出来てない問題に関しては……、そうだな、30発にしようか。」
 エイラルソスが顎に手をやり、考え事をしているような顔で言う。
「な・何の為に、そんな恐ろしいことを……?」
 クロートゥルは震えながら、エイラルソスを見上げた。
「お前が復習をサボらないようにする為だ。いつ、どの魔法のテストがあるか分からなければ、復習を真面目にするしかなくなるだろう。」
「う……。お手数おかけします……。」
「感謝する気持ちがあるなら、言われなくてもやってくれ。今のままだと、一人前を極めるのに、何十年もかかってしまう。」
「そ・そんなにかかりますかね。」
「かかるな。大魔法使いになる前に寿命がくる。それでは困る。」
 エイラルソスが溜め息をつく。
「……それを聞いて、師匠って何百年も生きてるって聞いたことがあるのを思い出したんですが……。本当ですか?」
「本当だ。不老長寿の薬を作って毎日飲んでいる。魔法を極めたかったので、研究の上、完成させた。」
 エイラルソスが事もなげに答えた。
「不老長寿の薬って……。権力者が喉から手を出して欲しがりそうなものじゃないですか……。本当にそんなものがあるんですか?」
 クロートゥルは信じられない思いで、エイラルソスをまじまじと見つめた。
「あるから、わたしは何百年もの間、生きていられる。だが、もう新たな魔法も思いつかないし、生きるのに飽きてしまった。それで、後継者を探し、その者に全てを託してから死ぬことにしたんだ。」
「それが俺なんですね……。」
「ああ。」
「それって、俺が師匠の魔法を全て覚えた日が、師匠の命日になるってことじゃないですか。師匠を殺す為に魔法習ってるみたいだ。そんなの嫌だ。」
 クロートゥルは、顔をしかめて俯いた。
「それは違う。済まない。説明の仕方が悪かったな。誤解させてしまった。」
 エイラルソスに頭をぽんぽんと叩かれた。「不老長寿の薬は、その名の通り、年を取らなくなる薬なんだ。だから飲むのを止めた瞬間から、普通に年を取り始める。」
「……?」
 エイラルソスの言いたいことが分からず、クロートゥルは首をかしげた。
「今のわたしが、飲むのを止めた途端、すぐに死ぬような年寄りに見えるか?」
「見えません。40代くらいですよね……。ってことは、俺が師匠の魔法を全て覚えた後、師匠は20年くらい、ゆっくり余生を過ごすって事でいいのかな。」
「そういうことだ。」
「良かった……。俺が殺すことになるわけじゃないんだ。」
「当たり前だ。弟子にそんな重い荷を背負わせるわけがないだろう。」
「そうですね。でも、吃驚しちゃって。」
 クロートゥルは頭をかいた。「安心した所で気になってきたんですけど、不老長寿の薬っていくらくらいで売ってるんですか? すげー高そう。」
「売ってない。毎日飲むので、頻繁に作る必要があるからだ。作ることそのものは慣れたから大変ではないが、量が必要になるから、人の分まで作っていられない。」
「師匠だけの秘密の薬……。」
 師匠ってケチだなーとクロートゥルは思う。
「それに、お前も言っていたが、欲しがる人も多いだろう。争いの種になるから、そんなものは門外不出でいいんだ。」
「ケチじゃなかった。……確かに、戦争とか起きそうだ……。」
「ただでさえ魔物やら魔王が居て、人々が苦しんでいるのに、人同士で争ってられないからな。」
「そうっスね。じゃあ、俺が教えて貰ったとしても、秘密にしなきゃ。秘薬って奴だ。」
「そうしておけ。」
 エイラルソスが頷いた。



16年5月28日

※シールドリングの元ネタは、テイルズ オブ ファンタジアの隠しダンジョンに出てきた、誰でも装備出来る、攻撃を受けると盾が出現する指輪。かっこいいので、出しちゃいました。
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