小説版 師匠と弟子

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  9 故郷の村 再び  

 人前だというのに、最終的にパンツまで下ろされて散々叩かれたクロートゥルは、皆に笑われてるだろうなぁと周りを見回した。だが、皆は恐れたような顔でこちらを見ているだけだ。友人ですら、真面目な顔になっていた。
「あ・あれ……? 子供みたいに尻叩きされてるって、笑われると思ったのに……。」
 クロートゥルは戸惑いながら皆を見たが、特に反応が変わることは無かった。
「村に帰って来たわけだが……。また家に戻ったりしたいか?」
 エイラルソスが訊いてきた。
「えっと……。友達には会えたんで、家族に会いたいです。後、師匠から貰ったお小遣いで、エロ本を買いたいです。」
「そうか。なら、わたしは時間を潰しているから、気が済んだらここに戻ってこい。」
 野次馬に囲まれて困っていたらしいのに、エイラルソスはそんな事を言ってくれる。
「はい。有り難う御座います。師匠の優しさに感謝しつつ、甘えさせて貰いますー。」
「そこまで言って貰う程のことか?」
 エイラルソスが不思議そうにしている。
「だって、師匠は、皆に囲まれて困ってたように見えたんで……。なのに、俺の為に時間を割いてくれるから。」
「ああ、それは……。まあ、いつものことだ。有名税ってやつなんだろう。……お前の友達は、お前が誇らしい反面、心配でもあるんだな。色々訊かれたぞ。良い友達を持ったな。」
「はい。お礼を言っておきます。」
「……それにしても、お前の金の使い道はそれしかないのか?」
 エイラルソスが呆れた顔になっている。
「エロは大事です! ってか風俗行くには時間的に早いし、師匠に一杯お仕置きされたから、尻も痛いし……。」
「わたしは風俗の話なんてしていない。お前の頭には性的なことしかないのか。若いな……。」
「だってー、師匠の島には娯楽が無いし、師匠と二人っきりで、魔法の勉強ばっかしてるんですよ。色々と溜まりますって。俺が特別エロいわけではないんです!」
 クロートゥルは力説するが、
「そうなんだろうか……。」
 エイラルソスは懐疑的な表情を浮かべただけだった。
「師匠も男でしょ。どうして分からないんですか。……うーん、師匠って、やっぱ中身爺さんなのかなー。」
「そうだな……。そんな気持ちはとうに忘れたよ。」
「へー。俺も年を取ったらそうなるんですかね。」
「好色な年寄りもいるからな……。年齢を重ねたからといって枯れるかどうかは……。クロートゥルは、年寄りになっても、若い娘の尻を撫でたりしそうだ。」
「う……。凄いリアリティある未来……。」
 会話を終えた後、クロートゥルは我が家へ向かった。
 家に入ると、エイラルソスに叱られたことについて、両親に殴られながら酷く責められた。
「折角、エイラルソス様の弟子になれたっていうのに。クビになったらどうするんだい。」
「お前みたいなドジを雇ってくれる所なんて、二度と無いんだぞ。分かっているのか。」
「わ・分かってるよ……。前は喜んでくれたのに……。」
「ちゃんとやってるのかと思っていたのに、あんな風に叱られているところを見て、安心なんて出来るものか。」
 更に怒り出す両親に、帰ってこなかった方が良かったなと、クロートゥルは後悔するのだった……。


 気分直しにお小遣いでエロ本を2冊買い、再び友達に会って礼を言った。
「いつもあんな風に、ケツ叩かれて怒られてんのか?」
 友達が真面目な顔で言った。やはり、子供のお仕置きと馬鹿にする気配は無い。
「いつもって程じゃ……ないと思いたい。」
 クロートゥルは自信なげに言う。
「何だ、それ。」
「いや、師匠は厳しくて、すぐ手が飛んでくるから……。でも、俺がドジなのもあるからなーって。」
「へー、大変だなー……。」
「でも、お前等も、親方に鉄拳制裁食らうとか言ってたじゃん。叩かれるのが尻ってのが子供っぽくて、ちと切ないけど、体罰くらいは普通なのかなって思ってるよ。」
「俺は最近仕事に慣れてきたから、もう殴られることは殆ど無いかな。」
「俺んとこは、まだ蹴りが飛んでくる。」
 両親とは違って、友達とは笑い合うことが出来た。


 存分に満足したクロートゥルは、エイラルソスの所へ戻った。彼は未だに人に囲まれていた。この名も無き村に、エイラルソスのような著名人が来るなんてことは大事件なので、仕方ないのだろう。
「師匠、有り難う御座いました。概ね、楽しめました。」
 クロートゥルが声をかけると、またしても人だかりがさっと割れた。「な・なんつーのか、俺、危ない人とかになった気分……。」
「わたしはお前の為にここに居るから、気を遣ってくれているだけだろう。」
「それは分かっているんですけど、なんか避けられてる感じがして寂しいなぁって。」
「……それより、あまり満足していないかのような言い方をしていたが、何かあったのか?」
「あー。師匠に叩かれたのを、親が見ていたらしくて……。次は無いんだから真面目に勤め上げろって、すっげー怒られました。」
 エイラルソスの手が顎に伸びてきて、顔を持ち上げられ、首を左右に動かされた。
「痣が出来ているぞ。殴られたのか。」
「ええ、まあ……。師匠と違って尻叩きはされて無いですけど。」
「そんなに尻叩きが嫌なのか。」
 エイラルソスが顔をしかめる。
「だって、小さい子みたいで……。師匠が育った国では、鞭で叩くくらいだから違うんでしょうけど。」
「そうだな。わたし育った所での尻叩きは、親元を出るまで続く普通の体罰だ。だから、お前が、そんなに嫌がる気持ちが理解出来ない。」
 エイラルソスが腕組みをする。「それに、この村人達だって、お前が心配したのとは違って、笑ったりなどしなかった。」
「確かに、友達にも笑われてなかったですし、俺が気にし過ぎなんでしょう。ってか、俺が嫌がっても、師匠は尻叩きを止めるつもりはないでしょうから、気にしなくても良いのでは。」
「お前を子供扱いして、あえて酷い罰を与えているように思われるのが心外なんだ。」
「あー、そういうことですか。大丈夫です。理解しました。」
 クロートゥルは、エイラルソスを安心させる為に、うんうんと頷いた。
「そうか。では、そろそろ帰るぞ。」
 エイラルソスが腕を差し出しかけて、ふと、動きを止めた。「クロートゥル。」
「はい?」
「わたしは、お前がどんな態度を取ろうが、手放すつもりは無い。」
「……えっと、クビ、じゃなかった……破門だったっけか。……破門しないってことですか?」
 勇者達にクビという言い方は適切ではないと指摘された上に、常識知らずという目で見られたが、親はクビと言っていたなとクロートゥルは思う。
「ああ。お前が魔法の修行をサボっても。自己嫌悪を続けても。」
「……そっか。師匠は、勇者達と一緒に過ごしたところを水晶玉で見ていたんですよね……。えっと、家事とかサボっても大丈夫だろうけど、魔法の修行をサボるのはさすがにまずいってのは、口に出した記憶無いんですけど……。何で知ってるんですかね。それとも、ただ単に、俺を安心させる為に言ってるんでしょうか。」
「魔法の復習をあれだけ嫌がっていたのに、それでも真面目にこなしていたので、容易に想像がついた。」
「そりゃそうですね。サボり魔の俺が、嫌がりつつも真面目にやってたら、気になりますよね……。」
 クロートゥルは、頭をかく。「それはともかく……。有り難う御座います。不出来な弟子でご免なさい。」
「逃げたくても逃げられないという意味にもなるな。」
「何で、上げて落とすんですか……。いや、実際、物理的な意味でも逃げられませんけど。師匠の島のモンスターを何とか出来るレベルにならなければ……。」
「そうなる前に、瞬間移動を教えるつもりでいる。こういう風に。」
 一瞬眩暈がして、クロートゥル達は、自分達が住む島に帰ってきていた。エイラルソスに手を引かれ、クロートゥルは、家の中に入った。
 腰を落ち着けてから、クロートゥルは会話を再開した。たっぷりと叩かれたお尻が痛いが、座りたかったので我慢する。
「それは、どういう意味で言ってるんですか。」
「お前が、娯楽も無いし、わたしと魔法の修行しかすることがないと言っているのを聞いて……。息抜きも出来た方がいいんだろうかと思ったんだ。」
「ああ、そういう意味ですか。それは嬉しいですね。でも……。暫く旅行は懲り懲りです……。」
「どうしてだ。」
「だって、師匠が言ってた通り、勇者達が親切だったから良かったものの、そうじゃなきゃ、今頃は迷って、師匠に助けに来て貰うことになってましたよ。旅行は難し過ぎます。申し訳ないですけど、師匠の期待に応えられそうもありません……。」
 クロートゥルは頭を下げた。
「そうか。要求難度が高かったか。なら、慣れるまでは二人で飛んで、実際に経験していくのが良いかもしれないな。」
「……師匠は、どうしても俺に旅行出来るようになって欲しいんですね。」
「ああ。お前には、わたしと違って、親しみやすい大魔法使いになって欲しいんだ。」
「えっと……?」
 旅行の話ではなかったのかと、クロートゥルは混乱してきた。
「わたしは魔法研究に集中する為に、この島に引き篭もって、人との接触を極力避けた。その甲斐あって、大魔法使いと呼ばれるまでになれた。そのことについて、殆ど後悔はしていない。だが、その所為で、お高くとまっていると陰口を叩かれることにもなってしまった。」
 クロートゥルは、エイラルソスにぽんぽんと頭を軽く叩かれた。「だから、クロートゥルには、色んな町や村で些細な願い事を叶えて回り、便利で親しみやすい大魔法使いさんと呼ばれるようになって欲しい。クロートゥルにはわたしのような引き籠もりは無理だろう。それに社交的だから、そういうのも上手くいくだろうし、楽しくやっていける筈だ。」
「……ああ、師匠は俺が一人前になった後、つまり将来を見据えてくれているんですね。」
 クロートゥルは、ぽんと手を叩いた。
「そういうことだ。お前がわたしの手を離れた後、どう生きるかはお前が決めること。ただ、だからと言って、何も示さずに投げ出すのも酷だろう。そういう生き方もあるという、道は作っておきたいんだ。」
「有り難う御座います……。師匠が俺を弟子にしてくれて、ほんと良かった……。こんな俺のこと、そんなに考えてくれるのなんて、師匠だけだ……。」
「また泣く……。」
 頭を撫でられた。
「だって、親にすら酷いこと言われて……。」
「何と言われたのかは知らないが、わたしに叩かれている所を見られて叱られたのなら、それだって、お前のことを思ってのことだろう。顔を痣が出来るまで殴るというのは、わたしの感覚には沿わないが。」
「言われてみれば、そうですね……。でも、前に帰った時は褒めて貰えたから、ショックで。」
 クロートゥルは涙を拭いた。「……尻に痣が出来るまで叩くのはいいんですか。」
「尻は丈夫だから酷く打っても問題ない。」
 エイラルソスがきっぱりと言ったが、
「そ・そうですか。」
 クロートゥルにはよく分からなかった。



16年5月27日
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