小説版 師匠と弟子

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  8 勇者一行  

「ん? あれは、もしかして、勇者一行じゃ……。」
 南に向かって真っ直ぐに飛んでいたクロートゥルは、男性1人、女性2人の3人パーティの旅人を見つけて、止まった。男性は派手目の鎧を身につけた赤い髪の剣士、女性の1人は黒装束で白の短髪の魔法使い、もう1人は白装束で、緑の長髪の魔法使い。クロートゥルの知る勇者パーティとよく似ていた。
「なーなー、あんた等って、勇者パーティ!?」
 彼等の視界に入る位置まで降りたクロートゥルは、問いかけてみた。
「そうだが……。」
 勇者らしき青年が、女性二人を後ろに庇いながら返事をした。左手で庇いつつも、右手はいつでも引き抜けるように剣の柄に触れている。それを見たクロートゥルは、慌てて弁解し始めた。
「け・警戒しないでくれよぉ。俺は、野次馬根性で声をかけた、罪のない一般人! 戦闘力皆無だから。」
「普通の人は、箒に乗って空から降りてきたりはしない。」
 青年に冷静に突っ込まれた。世界を救う勇者なのに熱血とは縁遠い性格のようだ。まだ、本当に勇者なのかは確定していないが……。
「ってか、あたし等でもそんな事出来ないし。」
 白髪の少女が言う。さばさばした性格のようだ。
「出来たら魔女っぽくて素敵ですよね。」
 緑の髪の少女が仲間に微笑みながら言う。穏やかな性格らしい。
「3人とも若いなー。10代後半くらい? 実は爺さんらしい師匠と一緒に居るから普段は若者の気分だけど、俺、もうおっさんだよなー……。」
 クロートゥルは肩を落とした。「あー、だから王様が信用しきれなくて、師匠の助言を聞き入れずに、討伐隊を作っちゃったのか。」
「……あんたの師匠って、大魔法使いエイラルソス?」
 青年が訊いてきた。エイラルソスの助言を聞いていたのかも知れない。
「うん。俺、元はただの庶民だったけど、今はエイラルソス様の弟子。今、師匠からの命令で、実家に一人で帰る所なんだ。」
「破門されちゃったの?」
 白髪の少女が小馬鹿にしたように嗤っている。
「破門? クビじゃなくて?」
 クロートゥルは、首をかしげた。
「弟子入りは就職ではないので、クビは違うのではないでしょうか。」
 緑の髪の少女が控えめに言った。
「へー……。だから師匠は給料をくれないのか。師匠と一緒に暮らしてるから生活費は要らないし、娯楽どころじゃ無いから金要らなくて、欲しいと思ったこと無かったけど……。」
 クロートゥルは感心していたが、3人には何とも言えない目で見られた。「……う。年下に常識無しって思われた……。」
「それで。」
 青年に先を促された。
「あ、師匠が、地図だけであちこちの町なんかに行けるようになって欲しいって言い出して、その練習として実家のある村に行く所なんだ。自分が住んでた村なら、遠くからでも分かるだろ?」
「へー。」
「で、空から、あんた達を見つけて、勇者パーティに会ってみたい! って野次馬根性が出たから、今降りてきたとこ。」
 クロートゥルは、3人をじっくりと眺めた。「で、あんた等って、勇者パーティでいいの?」
「ああ、そうだ。」
 青年……勇者が肯定した。
「おおー! すげー、勇者に会えた。皆に自慢しちゃえ。」
 クロートゥルは、喜びに飛び跳ねた。「故郷に良い土産話を持って行けるぜー。」
「……エイラルソスが弟子を取ったとは噂に聞いたけども……。」
「こんな人だったんですね……。」
 勇者と緑の髪の少女は遠回しに言ったが……、
「エイラルソスって見る目ないんじゃないの。それともマゾとか。」
 白髪の少女は遠慮の欠片もなく言い放った。
「ひ・ひどっ。」
 クロートゥルは落ち込んだ。「……俺だって、俺みたいな駄目な奴に、大魔法使いエイラルソス様の弟子が務まるわけ無いって自覚してるんだ……。そう言うと、師匠にわたしを侮辱するなって、叱られて叩かれるけど……。」
「……。」
「あー、悪い、悪い。見知らぬおっさんの自己嫌悪なんて聞かされても困るよな。気にしないでくれ。」
 クロートゥルは頭をかきながら箒に乗る。「勇者一行に会えて嬉しかった。ありがとな! 冒険、大変なこともあるんだろうから、無理せずになー。」
 クロートゥルはそのまま、飛んでいこうとしたが……。
「ちょっと待った!」
 勇者に呼び止められた。
「えっ、何?」
「あんたさ、名前は何て言うんだ?」
「クロートゥルだけど……。」
 クロートゥルは、戸惑いながら答えた。
「そっか。名前と顔を覚えたよ。これから、あちこちに出かけるなら、また会うこともあるだろ。今回みたいに、いつでも気軽に声をかけてくれよ。」
 勇者が優しい笑みを浮かべた。
「何で? そんな風に言って貰えるようなことは、何にもしてないけど。」
 いきなり声をかけて不安にさせた挙げ句、自己嫌悪で空気を悪くしただけなので、クロートゥルは不思議である。
「なんか和むから。それに、エイラルソスが、数々の依頼を断ってまで手塩にかけて育ててる弟子とは、仲良くなっても損はないし。」
「勇者君、先を見てるねー。」
 白髪の少女がクロートゥルを見た。「確かに、あのエイラルソスの愛弟子だもんねー。実は隠れた凄い能力とかあるのかも。」
「これから、宜しくお願いしますね。クロートゥルさん。」
 緑の髪の少女にぺこっと頭を下げられた。
「う・うん……。凄い能力とかはないから、期待されても困るけど……。」
 クロートゥルは、照れ笑いを浮かべた。
「ねえ、クロートゥルの故郷の村は、何処にあんの?」
 白髪の少女が訊いてきた。
「呼び捨てかよー。まー、いいけど。……俺の村はここ。」
 地図を取り出し、クロートゥルは村の場所を指した。
「……呼び止めて良かった……。」
 勇者が苦笑いを浮かべた。
「え? 何で?」
「クロートゥルさんが向かおうとした方向が、間違っていたのです。」
 緑の髪の少女が優しく言う。
「あり、そうなんだ……。変だな。師匠に連れてきて貰ったところから、真っ直ぐ南でいい筈なのに、何でだろ。」
 クロートゥルは首をかしげた。「師匠が嘘吐く訳もないし……。」
 連れてきて貰った? と訊かれ、師匠と住んでる島のモンスターが強いので、この大陸までは連れてきて貰ったと答えた。
「だったら、俺等に声をかける為に、場所移動したから、ずれたんじゃないのか。」
「……あ。」
 また勇者パーティに呆れられてしまったクロートゥルだった。


「……ん、腹減ってきたな。ミスヴィス、マーフリナ、そろそろ昼にしないか。ここ、ちょうど開けていて、良い場所だしさ。」
 勇者がお腹を撫でた。
 『ミスヴィス、マーフリナってのが二人の名前なのか。』
 クロートゥルは、女の子達を見た。
「んー、そうだね。じゃ、あたしは水汲んでくるよ。勇者君は薪拾って、マーフリナは料理ねー。」
 白髪の少女は分担を言うと、返事も待たずに桶を手に歩き出した。彼女がミスヴィスなのだろう。
「俺も飯にするか……。ミスヴィスちゃん、俺に手伝わせてー。」
「たった1回聞いただけで、即、名前を把握とか怖いんだけどー。」
 ミスヴィスが震えた。とはいえ笑っているので、本気ではないようだ。
「仲良くなってくれるって言うから覚えただけで、他意は無いって……。」
 クロートゥルはミスヴィスに笑いかける。それから、勇者の方を見て言う。「あ、俺、師匠が作ってくれた弁当を持ってるから、図々しくご相伴にあずかるとかはないから、安心してくれ。」
「エイラルソスに弁当を作らせるとは。愛弟子、凄いな……。」
 勇者が驚いている。
「つ・作らせたわけじゃない。師匠が入れてくれただけで……。いつもは二人で作ってるよ。つーか、師匠は超・怖いのに、作らせるとか有り得ないって。」
「……。」
 勇者とマーフリナが何とも言えない表情を浮かべたが、
「え、何、何? 弟子ってだけじゃなく、恋愛関係なの? 愛妻弁当? そーゆー関係なんだ。」
 ミスヴィスは楽しそうに言う。
「ミスヴィスちゃんは何、訳の分からないことを言ってるんだ。師匠は中身じーちゃんみたいだし、俺は男だぞ。俺、年上は好きだけど、胸のでかい女がいい。」
「だって、一緒にご飯作ってるって言ったじゃん。」
「それは……。家事とかは弟子の仕事って師匠に言われたけど、俺、弟子入するまでは実家で母親が作ってくれたご飯食べてただけのふつーの男だったから、飯を作る能力なくてさ。初めて作ってみた飯が人の食べられる物じゃ無くて……。師匠に食材が勿体無いから、料理教えるって言われて……。」
 クロートゥルは頭をかく。「魔法使いの弟子なのに、最初に教わったのが料理っていう間抜けなことになっちまったよ……。で、そのままずるずると二人で作ってるだけ。だから、変な想像しないでくれよ。」
「ふーん。で、何であたしの手伝いなの? 手伝ってくれるなら、勇者君と一緒に薪拾った方が良くない?」
「女の子が水汲みって大変じゃん。俺、毎朝、畑と魔法薬用の植物園の水やりしてるけど、重労働だし……。」
「じゃ、クロートゥルは、一人で水汲み担当してよ。」
「それは駄目。だって、俺、旅したことないから、飲み水の見分け方とか分からない。だから、運ぶ人で。」
「クロートゥルは、使えないなー。」
 クロートゥルとミスヴィスが去って行くのを見た、勇者とマーフリナは……。
「エイラルソスって、城で見かけた時は、厳格で冷たそうに見えたけどな……。それだけ、あの弟子が可愛いんだろうか。」
 勇者が不思議そうに首をかしげた。
「ミスヴィスも楽しそうですし……。人を和ませる力がある方なんでしょう。」
 マーフリナが微笑んだ。
 お昼を食べながら他愛も無い話をした後、クロートゥルは、村への正しい方向を教えて貰った。勇者パーティに別れを告げ、クロートゥルはその方向へ向かって飛び出した。
「勇者達と仲良くなれたなー。ミスヴィスは生意気だったけど、まあ、可愛いし。」
 クロートゥルは、ふうと息を吐く。「しかし、あんな若い子達が魔王退治の為の旅か……。師匠は辛く苦しく、しかし、華々しい行為って言ってたけど……。遊び盛りの年頃なのに、可哀想だな……。討伐隊を結成したのも、不安ってだけじゃなく、そういう気持ちも合ったんじゃ無いのかな……。」
 物思いに耽りながら、クロートゥルは村を目指して飛んでいた。


 故郷の村に無事辿り着き、クロートゥルは胸をなで下ろした。
「良かったー。無事に着いたぜ……。ん?」
 人だかりが出来ているのが見え、クロートゥルは首をかしげた。「今日は祭りとかでも無いし……。何だろ。MPはまだあるし、空から眺めちゃうか。特等席、特等席。」
 人だかりの側に行くと……。
「あっ、師匠! どうして居るんですかー!?」
 少し困ったような顔をしたエイラルソスが輪の中心に居た。彼が居るので、村人が集まっていたのだ。それは分かるが、彼がここに居る理由が分からない。慌てたクロートゥルは彼の側に降りた。
「お前を待っていた。水晶玉で見ていたが、それだけでは不安でな……。」
 頭を軽く撫でられた。
「えっ? 見ていてくれたんですか?」
「当然だろう。見ていないと、お前に何かあったら、助けられないじゃないか。」
 エイラルソスが何を当たり前のことを言っているんだと呆れた顔をしているが、クロートゥルは、とても嬉しい。
「いやあ、嬉しいなぁ……。勇者達に言われたけど、俺って、師匠に愛されてるんですね。」
 クロートゥルの言葉に、村人達から驚きの声が上がる。クロートゥルは腕を引っ張られ、そちらを見た。友達が興奮したような顔で口を開く。
「おい、クロートゥル。お前、勇者様に会ったのか?」
「会ったぜー。若くてハンサムでクールでなぁ。10代後半くらいなのに、俺よりよっぽど大人でさ。さすが世界を救う勇者様は違うって思ったぞ。」
 クロートゥルは、胸を反らす。「ミスヴィスちゃんとマーフリナちゃんは美人でなぁ。ミスヴィスちゃんはすっげー生意気で、俺のこと呼び捨てにするわ、使えないって道具扱いするわ……。彼女にしたくないタイプだな。マーフリナちゃんは神に仕える身だったっけ? そんなだけあって、清楚で大人しくて控えめで……。ああいう子におっさんはやられるよなー。……いや、俺まだ27だけど、10代と一緒に居ると、さすがに歳を感じたぜ。」
「クロートゥル、お前っ。勇者様達3人に会っただけじゃなく、そんな親しげに名前呼びやがって。お前ばっか狡いぞー。」
「いてっ。お前、それは痛いだろ。狡いって言ったって、偶然会っただけなんだから、しょうがないだろ。それに、エイラルソス様の弟子だって、結構大変なんだぞ。師匠は超・厳しいし、すぐ叩くし……。役得ばっかじゃ無いっての。……ちょ、いてえ。」
 自慢げな態度が気に障ったらしく、直接声をかけてきた友人以外の知り合いにも、クロートゥルは殴られてしまう。抗議しても聞いてくれない。
「……勇者が親切で良かったな。」
 エイラルソスが口を開くと、クロートゥルをもみくちゃにしていた友人達がさっと離れた。
「師匠、助かりましたー。もー、皆、ちょっと自慢したくらいで、そんなに怒んなくてもいいじゃん。……えっと、何でですか?」
「勇者が教えてくれなければ、明後日の方向に飛んでいただろう……。」
「あ、そうなんですよね……。勇者達には呆れられちゃったけど、旅自体が初めてだし、仕方ないと思うんですよねー。」
 クロートゥルは溜め息をついた。エイラルソスの眉がつり上がる。
「何、甘えたことを言ってるんだ。たまたま運良く順調にいったからといって調子に乗るな!」
「師匠……。」
 クロートゥルは青ざめた。
「旅に危険はつきものなんだぞ。迷って食料が無くなって餓死したり、モンスターに襲われて殺されたり、そこまでいかなくても怪我をしたり……。なのに、助けて貰ったことに感謝もせず……。」
 エイラルソスに屈まされて、ローブの上から叩かれ始めた。
「ご・ご免なさい……。あ、感謝はしてるんですー。ちゃんとお礼も言いました。呆れられたから恥ずかしかっただけで……。ってか皆の前で、尻叩きは勘弁して下さいー。せめて、びんたとか……。」
「お前は反省する気があるのか!」
「あります、あります。ご免なさいー。」
 痛いやら、恥ずかしいやら、エイラルソスが怖いやらで、クロートゥルは、一杯一杯になってしまった……。



16年5月26日
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