小説版 師匠と弟子

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  5 箒での空中浮遊  

 故郷の村から師匠の島への帰り道は道を覚える為、クロートゥルは無言で景色を眺めていた。
「覚えられそうか?」
「特徴的なものがないので、中々厳しいです。勇者とか旅人とか商人って、よく分かるなぁ。」
 クロートゥルは溜め息をついた。
「そこら辺は経験もあるし、仲間内で情報を共有したり……。旅慣れてくると、何処に村や町があるのか分かるようになってくる。例えば、生活用水になる水場があるとか。」
「はー……。経験が一番物を言うんですね。」
 師匠は一時期旅人だったので、そういった知識も豊富なんだろうなとクロートゥルは思う。
「そうだな。今日はお前用に地図を手に入れたから、後で見方を教えてやる。最初はよく分からないかもしれないが、何もないよりはずっといい。」
「はい。」
「他にもお前の為に買った物はあるが、それは使う時でいいか。」
 エイラルソスは少しだけ楽しそうだ。
「……思わせぶりですね。」
「まあな。」
「楽しみにしておきます。」
 クロートゥルは微笑んでおいた。


 次の日。クロートゥルは箒を手に外に立っていた。
「そういえば、師匠は箒の準備が終わるとかって言ってましたけど、箒に何かしたんですか?」
「飛べるようになるまでは何回も転ぶから、丈夫な箒を自作していたんだ。普通の箒だとすぐ折れてしまって、使い物にならないからな。」
「な・成る程……。」
「では、飛ぶ訓練を始める。」
「はい……。」
 エイラルソスの言葉通り、上手く飛べずに、すぐ落ちては地面に転がる。呪文を教えられる時に叩かれるよりずっと痛いし、正直、それ程、空を飛びたいとも思っていなかったので、やる気が出ない。が、エイラルソスが怖いので、クロートゥルは我慢して練習を続けた。
「そろそろ昼だな。今日はわたし一人で作るから、お前は休んでいていいぞ。」
「……有り難う御座います……。」
 クロートゥルはよろよろとよろけながら、家に入ると、居間に敷いてある敷物の上に寝転んだ。
「だらしがない。」
 お尻をべしっと叩かれた。
「ご免なさい……。」
 いつもなら、だってーと口答えして更にびんたを食らうところだが、今日はそんな余裕すらなかった。
「言い訳しないくらいに疲れ果てているのか。うーむ。あちこち痣だらけだな……。昨日叩いた尻まで治ってしまうから使いたくなかったが、仕方ないな。……ヒール。」
「おっ、体が痛くないっ。尻も痛くない。」
 クロートゥルは飛び起きた。「回復魔法って、ここまで凄いんですねー! 有り難う御座います、師匠!」
「ああ。回復する部分を限定出来れば、言うこと無いんだがな……。尻まで治ってしまったから、何か別の罰を与えようか。それとも、もう一度叩くか……。」
「えー……。」
 クロートゥルはお尻を押さえて後ずさる。
「まあ、それは後で考えることにしよう。元気になったんだから、昼は一緒に作るぞ。」
「はい。」
 昼食の後も訓練が続いた。午前中よりは浮いていられる時間が長くなったので、転ぶ前に足を付けられるようになったが、それでもまだまだだ。
「これって、コツの問題なんですかね。」
「まあ、慣れだな。実際お前も、始めた時よりは長く飛べるようになっているだろう。」
「そうですね。」
 夜。別の罰を思いつかなかったらしいエイラルソスに、クロートゥルはお尻を叩かれることになってしまった。
「尻が治ったのは俺のせいじゃないのに……。」
 叩かれる痛みに耐えながら、クロートゥルは愚痴る。
「仕方ないだろう。そもそも、お前が口答えするから悪いんだ。わたしに逆らうなと口を酸っぱくしてるのに。」
 怒らせたらしく、バチンッ、バチンッと痛いのが飛んできた。
「ひーっ、痛いですっ。もう口答えしませんっ。」
 痣は出来なかったが、かなり叩かれてしまった。


 1週間後。クロートゥルは、家の周りを飛べるようになっていた。
「最初は、すぐ落ちるから体は痛いし、何が楽しいか分からなかったけど、これはいいなぁ。」
 自在に飛べるようになった今、とても楽しいと感じていた。
「クロートゥル、家の外……庭の範囲から外には出るなよ。」
 自身は飛ばず、クロートゥルを見上げていたエイラルソスが大きな声を出す。
「何でですか? まー、植物園の方は落ちたら、育ててる奴が駄目になるから分かるんですが。」
 クロートゥルは首をかしげた。
「モンスターに殺されるからだ。」
 エイラルソスが顔をしかめながら言う。
「そうでした……。この島のモンスターはすげー強いから、俺、一撃で死ぬ……。」
 クロートゥルは青ざめた。
「残りMPにも注意しろ。箒での浮遊ではMPは一定時間ごとに1ずつ減る。それだけ飛べるようになったら、もう飛び方が原因で落ちることはない。だから、MPの残量に注意が必要だ。」
「はい。……って、そろそろなくなるじゃん。じゃ、降りよう。」
 クロートゥルはエイラルソスの側に着地した。「師匠、飛ぶの楽しく思えるようになったんで、もっと飛びたいです。レベルって、どうしたら早く上がりますか?」
「モンスターと戦うのが手っ取り早いが、今のお前にはまだ無理だから、今まで教えた魔法の復習を地道に頑張れ。使えば使う程に熟練度が上がって、威力が上がるし、必要MPも減る。経験値も僅かに入る。」
「近道はないんですねー……。」
 クロートゥルは肩を落とした。
「何事もそうだな。ちなみに、箒での浮遊は魔力の上昇に比例して、分単位の飛距離が伸びる。だから、レベルが上がって魔力が増えれば、飛べる時間も長くなる。」
「へーっ、レベルアップの恩恵はMP上昇だけじゃないんですね。……ん? ってことは、例えば、10分ごとに1減る状態の時に、9分で飛ぶのを一旦止めて、また飛べば少ないMPでも永遠に飛べるかも。」
「……お前、頭の良さを詐欺など悪事に使うタイプだな……。そんな都合のいい話があるわけないだろう。」
 呆れたエイラルソスにお尻を叩かれてしまった。


 次の日もMPが無くなるまで空中浮遊をした後、エイラルソスが言った。
「MPの残量への注意も出来ているし、箒での練習はもういいな。」
「じゃあ、また新しい魔法を教えて貰えるんですね。」
 クロートゥルは期待に目を輝かせた。
「そうしてやりたいのは山々だが……。そろそろ依頼を受けろとせっつかれているんだ。前にチラッと言ったが、お前を弟子にしたのを理由に、依頼は全て断っていた。だが、もう半年以上も経ったんだからいいじゃないかと言われて、そろそろ断るのも難しくなってきた。悪いが、1週間程は復習でもしていてくれ。」
「えーっ!! 1週間も? そんなの嫌です。」
「昨日説明した通り、復習にはメリットしかないんだから、我慢しろ。」
「でも……。いいえっ、分かりました! 口答えしません!」
 エイラルソスが手を振り上げたので、クロートゥルは顔を庇いながら後ずさった。「だから、びんたも尻叩きも無しで。」
「……そんな反応をされると、まるで虐待しているようで気分が悪い……。」
 エイラルソスが顔をしかめた。
「だって、師匠はすぐ叩くし。」
 クロートゥルはぶうぶう言ったが、
「口答えするお前が悪いんだろう。」
 エイラルソスに睨まれてしまった。
 エイラルソスが地下の魔法研究室にこもってしまい、暇になったクロートゥルは、ベッドにごろりと横になった。
「復習とかつまらないなー。まあ、師匠の言う通りメリットしかないけど、それはパラメータとかの数値的な意味であって、精神的には……。かと言って、何もやらないで遊んでたら、尻叩かれまくるだろうなー……。まー、今はMPないから、復習したくても出来ないけど。」
 MPは大人しくしていれば少しずつ回復していくので、2時間程待てば何か出来るくらいにはなるだろう。「ということで、昼寝、昼寝……。」
 クロートゥルはグウグウと眠り始めた。


 目が覚めた。思った以上に寝てしまったらしくMPが満タンになっている。それでも、夕飯を作り始めるには早い時間だ。
「時間あるから、復習しないと駄目だけどやる気が……。でも、やらないと、師匠に尻叩かれる……。確定して無いけども。けど、やる気が無いと思われて、弟子をクビってのも最悪の結果としてありえるよな……。」
 雑用や家事をサボってもお尻を酷く叩かれるだけだが、それは弟子としての本来の役割ではないからと、クロートゥルは考えている。兄弟子などが居る場合、そういうことをやるのは新入りの仕事だからだ。だから、サボっても叱られるだけで済む。が、魔法使いの弟子なのに、魔法の練習や修行をしないというのは致命的だと考える。「ってことで、魔法に関してサボりは無し。楽しくなってきてるし、クビは嫌だ。」
 一旦起き上がったのに、クロートゥルはまただらしがなくベッドに横になった。
「……かといって、復習をするやる気が出るかって言うと、それはまた別の話なわけで……。うー、めんどくせー。……あ。」
 クロートゥルは飛び起きた。「そうだ。いいこと思いついた。復習してなおかつ楽しくて、空も飛べる方法! 一石二鳥どころか、三鳥だぜ!!」
 箒を手に外に飛び出した。
「まずは空を飛ぶ。ただ、落ちたら痛いから、低くしよう。高く飛んでも、熟練度に影響しないようだし。」
 クロートゥルは初めて飛んだ時のように、足がつくかつかないかくらいの低い位置を保つ。「そして、飛びながら更に別の魔法を使う。……えーと、MP消費を抑える為にも、復習らしくする為にも、最初に習った魔法にしとこ。……ぶつぶつ。」
 呪文詠唱を始めたが……。予想通り、飛ぶ方への意識が薄れ、クロートゥルは、地面に転がった。
「ってー。足を出してたのに、立つことすら出来なかった。1度に2つのことをするって、思った以上に難易度が高いな。」
 そう言いながらも、クロートゥルは笑っていた。「でも、面白い。空飛びながら別の魔法使うとか、絶対かっこいいし。師匠も普通にやってるしな。いてーけど、飛ぶ練習してた時はもっと痛かった。我慢出来なくなるか、MPが尽きたら出来なくなるんだし、もうちょっと、続けよう。」
 MPが尽き、更にそろそろ夕食の支度をする時間になったので、クロートゥルは、独自の訓練を終了し、家の中へ入った。
「ただいまー……って師匠は地下だから返事があるわけ……。あれ?」
 夕食の支度の時間だからなのか、エイラルソスが地下の魔法研究室から出てきていた。
「お帰り、クロートゥル。どうしたんだ。泥だらけじゃないか。MP切れに気付かずに落ちたのか? 高く飛べるようになった今、命の危険があるのだから、気をつけろ。」
 エイラルソスに睨まれた。
「……いえ。」
 “素晴らしい訓練方法を思いついたんでやってました”……と言いかけたクロートゥルは、本当に、そう自慢げに言ってしまっていいのか、迷った。
「違うのか。ならいいが。空中浮遊もいいが、他の魔法の練習もした方が経験値も入るし、結果的に早くレベルアップ出来るぞ。復習はつまらないかもしれないが、習得しただけの状態の魔法では大したことは出来ないし、使い込んで熟練度を上げた方が何かと便利だぞ。」
「そうですね……。」
 『言っていいのかな……。褒められる気もするし、教わっていないことを勝手にやったって、すげー叱られる気もするんだよなー……。』
「反応が良くないな。やっぱり嫌なのか。」
「……あ、いえ……。」
 きゅるるるる。クロートゥルのお腹が切ない鳴き声を上げた。
「腹が減ってるから元気がないのか。じゃあ、食事を作ろうか。わたしも腹が減ってきたところだ。」
 エイラルソスが微笑んだ。「あー、お前は汚れてるんだから、軽く風呂に入れ。」
「はい。」
 『さ・先延ばしでいいや……。』
 クロートゥルは、お風呂場に向かった。



16年5月8日
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