小説版 師匠と弟子

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  6 初めての鞭  

 夕食後。暫く部屋で復習をしていたが、MPが尽きてしまった。暇になったクロートゥルは、やはり、エイラルソスへ言ってみることにした。
 『叱られるのは嫌だけど、叱られるってことはつまり、やったらまずいってことなわけだし……。』
 エイラルソスはすぐ手を上げるが、それは、あくまでクロートゥルの為を思った体罰であって、理不尽な暴力を受けたことはない。
 エイラルソスは地下に居た。
「師匠、少しは休んだ方が良くないです?」
「お前が1週間も間が開くのは嫌だと言うから、頑張ってるんじゃないか。」
「師匠……。俺の為にそこまで……。」
 涙が溢れてきた。
「……何も泣くことはないだろう。」
 驚いた顔のエイラルソスに頭を撫でられた。
「だって……。ただの我が儘だって、いつもみたいに尻叩かれてもおかしくないことなのに……。俺、師匠に口答えばっかしたり、仕事もサボるし、駄目な奴なのに。師匠にそこまでして貰う価値もない……。」
「またそういう事を言う。自己嫌悪するのは、わたしへの侮辱になっていると言っただろう。」
 エイラルソスに屈まされ、ぺしぺしとお尻を叩かれる。
「ご・ごめんなさいっ。もう言いませんっ。」
 服の上からのまま、お尻が痛みを持つまでたっぷりと叩かれた後、クロートゥルはやっと解放された。
 『これパンツ下ろされてから叩かれた方が、早く終わったんじゃ……。』
「……それで、何しに来たんだ? 休めと言いに来ただけではないんだろう。」
「は・はい……。」
 少しお尻が痛くなってしまったので、より言いたくなかったが……。「そのさっき泥だらけになってた理由なんですけど……。」
 勇気を出して告げると……。
「お前は本当に……。どうしてクロートゥルは、頭の良さが悪い方向にばかり働くんだ……。」
 エイラルソスが深い溜め息をついた。
「悪い方向……。ってことは、やっぱ。」
「二つの魔法を組み合わせて行うなんて、一人前の魔法使いが更に上級を目指す為にやることであって、たかが見習い魔法使いの領分ではない! 物事には順番があると言っただろう。」
 クロートゥルが思っていた以上に、エイラルソスは怒り、こっぴどく叱られてしまった。お説教が済んだ後、地下室を出て、師匠の部屋まで連行された後、むき出しのお尻を酷く叩かれた。
「こんなに早く出番があるとは思っていなかったが……。使った方がいいだろうな。」
「な・何をですか……。」
 クロートゥルは不安に怯える。
「半年ぶりにお前を帰省させた時、わたしは買い出しに出たが、その時、鞭を買っていたんだ。今日からは鞭も使うことにする。」
「む・む・鞭ーっ!?」
 クロートゥルは仰天して飛び上がった。
「ん? 何だ、その大袈裟な反応は。お前の村は躾で鞭を使わないのか?」
 エイラルソスが顎に手を当てる。「……そういえば、お前の村では武器用しか売っていなかったな……。仕方ないから、他の町に買いに行ったんだった。」
「そ・そ・そんな恐ろしい躾があるんですか……?」
「わたしが育った国では、今わたしがお前にしているように普段は手で叩くが、厳しく罰したい時は鞭を使う。しかし、隣の国では手で叩くのは子供に良くないとの考えで、鞭を使うのが当たり前だ。だから、体罰に鞭を使うのは当然だと思っていたんだが……。」
「……えー……。」
「ともかくそういうことだから、鞭で打つ。ほら、立て。」
 クロートゥルは、エイラルソスに背中を軽く叩かれ、立ち上がった。
「ベッドに手を付け。」
 体を軽く押されたが、クロートゥルは、膝をつくとエイラルソスにすがりついた。
「師匠……。お願いですから、鞭で打たないで下さい。充分反省しました……。もう師匠に言われた以上のことを勝手にしたりしませんから、鞭は勘弁して下さい。」
「駄目だ。今までの経験からすると、お前が口頭注意だけで素直にわたしの言う通りにした事なんて一度も無いし、鞭は必要だ。ほら、立って、ベッドに手を付け。」
 エイラルソスに腕を引っ張られたが、クロートゥルは、いやいやと首を振る。ますます子供扱いされてしまうだろうが、鞭を食らうよりは遥かにマシだ。
「口頭注意じゃないでしょう。手で散々ぶたれました。尻が凄く痛いです……。」
「手でいくら叩いても、相変わらず口答えをしているじゃないか。手で叩くだけでは効果が無いのは明らかだ。」
「く・口答えに関しては言い訳しようもないですけど、今回のこれは初犯ですー。……いってぇ。」
 今までに無いくらいの強烈なびんたが飛んできた。「いってー。目から星出た……。」
「同じのをもう一度受けたくなかったら、ベッドに手を付くんだ。」
「きょ・今日の師匠、いつもと違う……。」
 クロートゥルは諦めて、言われた通りにした。
「お前はそれだけのことをしたんだ。よし、では行くぞ。覚悟しろ。」
「はい……。」
 クロートゥルは歯を食いしばった。細い鞭がお尻に食い込む。「いってぇっ。」
 激痛にのけぞったが、エイラルソスの手が伸びてきて、姿勢を正された。
「こ・こんなの、もう無理……。」
「まだ始まったばかりだ。」
 エイラルソスの声が妙に冷酷に聞こえた。
 鞭で15回打たれた後、もう二度としないと誓わされたが、内心では言わされなくても頼まれたって二度とやらないと考えていた。こんな酷い目に合わされたら、さすがの自分でも学習すると。


 やっと解放されたクロートゥルは、よろけながら部屋へ戻ってきた。ローブとズボンとパンツを脱ぎ捨て、ベッドに上半身を乗せる。
「殺されるかと思った……。尻が凄いことになってそうだ。しっかし、いいアイディアだと思ったのに、めっちゃくちゃ叱られた上に、こんな目に合わされる程、悪いことだったとは。」
 クロートゥルは、深い溜め息をつき、お尻を撫でる。「……師匠、“たかが見習い魔法使い”って言ってたな……。たかが……。俺が卑下すると、自分への侮辱って怒るし、俺のこと見下してるのかな……。可愛がってくれては居るけど、所詮、代わりが居ないから仕方なく選んだ弟子ってことなのかな。俺の我が儘を訊いてくれるのだって、要は自分の目的を果たす為であって、俺自身の事なんてどうでもいいのかも……。」
 胸がズキズキと痛んだ。真摯に自分に向き合ってくれて、大切にしてくれている師匠に対して酷い言い草だと自分で思う。多分、自分なりに考えたことを否定されただけでなく、酷く叱られた上に辛いお仕置きをされたから、逆恨みしているだけだろうと思いつつも……。
「考えてやったことが裏目に出る……。人間関係とは難しいな。」
 エイラルソスの声がして、クロートゥルは、ドアの方を見た。エイラルソスが切なそうな顔で入ってくるところだった。「たかがが言い過ぎだったのは認めるが……。魔法は取り扱いを間違えると、危険なんだ。だから、つい言い過ぎてしまった。」
 エイラルソスは、クロートゥルが脱ぎ捨てたローブを拾ってたたみ、椅子にかけた。
「だらしなくして、ご免なさい……。」
 叩かれるかと思ったのに、エイラルソスがズボンにも手を伸ばしたので、クロートゥルは慌てて、パンツを拾って穿いた。お尻が痛いので辛いが我慢する。
「普段なら叱るところだが、鞭が初めてなのに、たっぷり打ったからな。今回だけは見逃してやる。」
「すげー痛かったです。……あ・あの、裏目に出たって何ですか。」
「卑下することを止めさせようと思って侮辱と言っていたのに、悪く取るし……。弟子にしてくれと言う人間を断り続けてやっと見つけたのに、他に誰も居ないから仕方なく選んだなんて言われるし……。」
 エイラルソスが溜め息をついた。
「……そりゃ、大魔法使い様の弟子になりたい人間なんて、山程いますよね……。わざわざ探し出したり、俺しか弟子がいないってことは、実は人望無いのかなーとちょっと思ってました。」
「失礼な。」
 エイラルソスに睨まれて、クロートゥルは身を竦める。
「ご・ご免なさい。じょ・冗談です。冗談。」
 クロートゥルは俯く。「ってか、さっきの言葉だって、自分なりに考えた魔法の復習を否定されて、きっつい説教と仕置きされたから、ただ拗ねてるから出ただけです。本気で師匠をそんな酷い人だなんて、思ってるわけないです。」
「……そうなのか?」
「師匠は、親にすら見捨てられかけてた俺のことを、こんなに大事にしてくれてるんですよ。感謝しかないです。」
「そうか。」
 エイラルソスがホッとした顔になる。「クロートゥル、もう遅いからお前は寝るんだぞ。」
「はい。尻が痛いけど……。明日寝坊したくないし、何とか寝ます。……あの師匠は?」
「わたしはもう少し頑張る。」
「そこまでしなくていいです。ちゃんと寝ましょうよ。きちんと寝た方が結果的には早いですし。」
「くくっ。それくらいちゃんと知っている。ただ、今の工程は一気にやってしまった方が後が楽になるだけだ。」
 頭を撫でられた。
「そ・そうなんですか。」
 クロートゥルは、赤くなった。


 4日が過ぎた。お尻はまだ少し痛んでいたが、復習にすっかり飽きてしまったクロートゥルは、またたっぷりと叩かれるのを覚悟で、師匠に文句を言うことにした。地下室に入る。
「こらっ、地下室は立ち入り禁止だろう。最近はいい子にしていたのに。鞭の痛みはまだ残っている筈だが……。」
 階段を降りきる前にエイラルソスに気付かれ、叱られた。
「確かにまだ尻は痛いです。でも、復習ばっかは飽きちゃったんです。師匠、何か、新しい魔法を教えて下さいよ〜。ちょっとくらい、いいじゃないですかぁ。」
 何処かにぶつかって怪我をしても嫌なので、一番下まで降りきった状態のまま動かずにクロートゥルは、我が儘を言う。
「しょうがない奴だな……。どうして、後たった2日間が我慢出来ないんだ。」
「……あれ、3日ですよね?」
 クロートゥルは、首をかしげた。
「頑張ったから1日減らせた。それなのに、我が儘を聞かされるだけとは。割に合わんな。」
 エイラルソスが溜め息をつく。
「すげー。さすが大魔法使い様。」
「褒めなくて良いから、我が儘を言うのを止めろ。」
 エイラルソスは苦い顔のままだ。別に褒めて欲しかったわけではないらしい。クロートゥル自身、お世辞のつもりで言った訳ではなく、素直な感想だったので、師匠がどんな反応でも構わないのだが。
「それは嫌です。」
 エイラルソスがつかつかと側にやって来たのを見たクロートゥルは、思わず手を上げて顔を庇った。
「……そういう反応されると、虐待しているようで嫌だと言っただろう……。」
「わざとじゃないんです。体が勝手に。それに、前回のびんたはとても痛かったし。」
「そうか。防衛反応か。なら、仕方ないな。」
 抱き寄せられ、屈まされた。ローブの上からぺしぺしとお尻を叩かれる。一発、一発はそれほど痛くないが、前回、そうされた時はとても沢山叩かれたので、最終的には普通に叩かれるくらいは痛かった。普通に叩く時との違いは何だろうと思ったが、パンツを下ろされて叩かれるよりずっと楽なので、何も言わないことにした。
「どうしても駄目なんですか? 師匠は大魔法使い様で偉いんだから、約束なんてちょっとくらいなら、伸ばせるでしょう?」
 それを聞いた途端、エイラルソスが叩く手を止めて、階段に座り込んだ。クロートゥルは腕を引っ張られ、彼の膝に寝かされた。下着まで下ろされた後、手がとても強くお尻に飛んできた。「ひっ、イダッ、いだいっ。」
「お前は交流関係が広いのに、そんなことを平然と言えるのか。約束を反故にしていて、友達を無くさないのか?」
「仰る通り、友達相手にはそんなことは出来ないっつーか、しません。でも、師匠に依頼をしてくる人は立場が下なんだし……。ひーっ、超・痛いっ。」
「……これは魔法よりも、人としての教育の方を優先した方が良さそうだな……。こんな考え方のまま、大魔法使いにするわけにはいかない。」
 力一杯叩かれてるのではと思うくらい痛い。治りかけているお尻があっという間に痣だらけになってしまいそうだ。これが攻撃だったら即死していると思われた。クロートゥルは、焦って叫ぶ。
「偉い人はそうするイメージがあるってだけで、例え俺が大魔法使い様になれたとしても、そんな態度とりませんよ! つーか、ただ単に、俺を構って欲しくて拗ねてるだけですって。」
 エイラルソスの手が止まる。ホッとしていたら、今度は最初に叩かれていたくらいの弱さで叩かれ始めた。弱いのだが痛みはしっかり感じる。怒りは収まったらしいが、お仕置きは終わってくれないようだ。
「それならいいが……。しかし、またしても聞き捨てならないことを言ったな。大魔法使いへは、“なれたとしたら”では無くて、“なる”んだ。なれるように努力しろ。」
「皆が皆、師匠みたいな努力家じゃないんですよ……。少なくとも、俺には無理です。」
 クロートゥルは顔をしかめる。
「家事や雑事に関してはサボり魔のお前も、魔法に関しては違うだろう。復習のような新鮮味のないことは苦手のようだが、新しい魔法に関しては意欲的だ。復習そのものも、今回はそればかりしているから飽きてるだけとわたしは考えている。新しい魔法の学習の合間になら、少しずつでもこなせる筈だ。今はMPも少ない分、そんなに沢山出来るわけでもないから、飽きにくいしな。ほら、立て。」
 やっと許してくれる気になったようだ。クロートゥルは今度こそ安堵する。エイラルソスの膝から立ち上がると、パンツを穿きながら、師匠を見る。
「じゃあ、新しい魔法……。」
「今は駄目だ。今回の依頼は緊急性が高いんだ。努力して1日減らしたのも、その所為でもある。こういう事を言うと、お前は更に拗ねるんだろうが……。」
「確かに、あまり面白くは無いですけど……。でも、それよりも、どんな依頼なのかって方が気になります。」
「ある町が、モンスター由来の伝染病で滅びかけている。勇者達がモンスターを退治してくれたので、これ以上被害が広まる心配はない。だが、病原菌そのものは生きたままのようで、病気が治ることはなかった。困った勇者達の知らせによって、その事が発覚した。すぐ完全に治す薬も作られた。」
 エイラルソスが息をつく。「問題は結構大きな町なので住民が多く、薬の作り手が足りないんだ。早く治療薬を飲まさないと、町人が死んでしまう……。ということで、わたしにも声がかかった。」
「一大事じゃないですか。そんな大変なこと、何で言ってくれなかったんですか!? ちゃんと言ってくれてれば、我が儘言ったりして邪魔するなんて、馬鹿なことはしなかったのに。」
 クロートゥルは、エイラルソスを睨み付けた。
「そ・それは悪かった。クロートゥルは子供だから、どうせ伝わらないかと。」
「確かに、師匠の前で俺はガキっぽい言動ばっかしてます。ですけど、それでも27歳です。そんな話を聞かされても我が儘言う程、子供じゃありませんよ!」
 クロートゥルは、溜め息をつく。「そんな一大事なら、師匠には薬の作成に専念して貰わないと。これから、飯は俺一人で作ります。師匠と一緒の時のような、栄養バランスのいい美味しい物は作れませんけど、緊急事態だから我慢して下さい。」
「クロートゥル、有り難う。いい子だ。」
 とても嬉しそうなエイラルソスに、何度も頭を撫でられた。
「その町の人達の為ですよ。さ、師匠、感動してないで続きを。」
「そうだな。頑張るか。」
 エイラルソスが机に向かった。



16年5月18日
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